インフレ・物価高よりも環境や気候変動が大きな懸念…EUの懸念事項(2022年1月調査版)
欧州連合欧州委員会(European Commission)は2021年9月に、同会が毎年2回定点観測的に行っているEU全体における世論調査「Standard Eurobarometer」(※)の最新版となる第96回分の結果を発表した。それによると、現在EU全体の最大の懸念として挙げられたのは環境や気候変動に関する問題で、全体の26%が懸念を表明していた。インフレ・物価高、移民がそれに続いている。
2015年以降外電でたびたび伝えられている通り、欧州諸国の経済問題が最悪期を脱したように見えたことや、中東情勢問題の悪化を受け、EU諸国への移民(難民)問題が大きな社会問題化している。
さらに移民が移民先にたどり着いても地元住民との間での対立も絶えず、文化的衝突も多々生じ、社会的公平性の概念による保護への理不尽さを感じる地元住民の不満の増加も併せ、大きな社会問題の火種となり、物理的衝突が生じている。
他方2020年の春先から新型コロナウイルスの世界的流行により保健衛生への関心が高まり、また生活活動全般において厳しい規制が設けられることで、経済も大きな影響を受けるようになっている。2021年春ぐらいからはワクチン接種の広まりで感染状況も鎮静化に向かい、それに伴い流行で生じた経済の停滞化に注目が集まるようになっている。
一方でロシアによるウクライナへの強圧行為や、それに伴うロシアの外交的強硬姿勢はEUにおいても大きな懸念状態となっている(ロシアのウクライナへの侵略開始は2022年2月24日で、今調査時点ではまだ戦端は開かれていない)。
このような状況の中で調査対象母集団に対し、EU全体における大きな懸念事項は何かについて、選択肢の中から2つ選んでもらった結果が次のグラフ。変化がよくわかるように、過去4回分も併せ都合5回分の動向をまとめている(順位は直近分の回答値順)。また、直近調査の上位陣について、過去の調査分からの動向もグラフ化する。なお保健衛生は93回調査から新規に加わったもの、環境や気候変動は92回まで気候変動・環境問題と別々の選択肢だったものが統合したものである。
回答個数無制限の複数回答ではないため、それぞれの項目の値は多分に相対的な動きを示すことになるが、経済状況や失業、公的債務といった、数年前までEU全体で問題視され、世界経済にも大きな影響を及ぼしていた問題への懸念はかつては低下する傾向にあった。その他経済関連の値も概して鎮静化、つまり強く懸念する状況からは外れつつあった。
それに連れ、相対的に、あるいは経済的な復興感に引き寄せられる形なのか、移民問題への懸念が急激に上昇していたことが分かる。単なる犯罪項目にはほとんど変化がないことから、単純な治安の悪化ではなく、対外組織、あるいは国際問題的な事案への不安が感じられた。
移民問題は2015年11月にピークを迎え、それ以降は下落する動きを示している。状況に改善が見られたわけではないが、これ以上の悪化の動きもないため、少しずつ心境的に慣れてきたのかもしれない。
他方、2020年7月調査から新規に保健衛生の選択肢が加わったことからも分かる通り、新型コロナウイルスの影響によるものと思われる懸念が大きな値を示していることが分かる。さらに最近ではロシア・ウクライナ問題に連動する形でエネルギー供給の問題やインフレ・物価高が生じており、それらの値が急激に跳ね上がっているのも確認できる。
国単位での動向を見ると、新型コロナウイルスの流行やインフレ・物価高による懸念の違いが微妙に異なることが見て取れる。
それぞれの国のトップ2の問題を挙げると、ベルギーではインフレや物価高・保健衛生、ドイツではインフレや物価高・保健衛生、ギリシャでは保健衛生・経済状況、スペインでは保健衛生・失業、フランスではインフレや物価高・保健衛生となっている。ピックアップした国では度合いの違いこそあれど、新型コロナウイルスの流行が大きな懸念となっていることがうかがえる。それと連動する形でインフレや物価高、経済状況の問題が大きな懸念となっているが、国によって失業が経済状況以上の懸念問題として挙げられるなど、国により経済が受けているダメージに構造的な違いが生じていることがうかがえる(あるいは元々国による経済構造の違いが、新型コロナウイルス流行で明確化したまでの話かもしれない)。特にスペインでは保健衛生よりも経済状況や失業の方が懸念の値が大きいことから、元々不安定だった経済状況が新型コロナウイルスの流行で懸念に拍車をかけた状態となってしまったのだろう。
他方、かつていずれの国でも上位に上がっていた移民やテロへの懸念が大きく減少し、複数の国で上位にすら顔を見せなくなっている(テロは1ケタ%台、移民は10%前後)。相対的に懸念対象としての優先順位が下がっただけなのか、問題が本当に沈静化したからなのかは、今調査だけでは推定が難しい。
次回調査(2022年夏予定)の時点では新型コロナウイルスの流行による影響がある程度沈静化している可能性はある。一方で、ロシア侵略戦争による直接的・間接的影響が大きなものとなっているため、インフレや物価高やエネルギー供給、さらにはEUの影響力などの値がさらに強い懸念として認識されることだろう。
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※Standard Eurobarometer
欧州連合欧州委員会によって毎年2回行われており、直近分が96回目となる。今調査の直近分は2022年1月18日から2月14日にかけて直接面談のインタビュー方式でEU加盟国および候補国内において行われたもので、回答者数は合計で3万7506人、EU27か国に限定すると2万6696人。
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