【渡瀬恒彦さん死去】胆のうがんとは何か 医師の視点
俳優の渡瀬恒彦さんが14日、多臓器不全のため亡くなりました。2015年から胆のうがんで闘病中だったそうです。
参考記事;渡瀬恒彦さん死去…72歳、15年から胆のうがんで闘病(スポニチアネックス 3/16)
本記事では医師の立場から、胆のうがんについて説明します。胆のうという臓器自体、あまり知られていないのでそちらも解説しましょう。
本記事内には渡瀬恒彦さんのご病状に関する推測などはありません。また、一番最後には胆のうがんの生存率などの情報がありますので、知りたくない方はお気をつけ下さい。
胆のうがんとは?その頻度は?
胆のうがんとは、文字通り「胆のう」に発生したがんのことです。
やや珍しい種類のがんと言ってよく、その頻度は「男女ともにがん罹患(りかん)全体の3%」を占めます(2013年、※1より引用)。罹患(りかん)とは、がんなどの病気にかかることです。つまり、1年でがんにかかった人が100人だったとしたら、だいたい3人が胆のうがんということになります。そして同様に、1年でがんで死亡する人が100人だったとしたら、男性だと4人、女性だと6人が胆のうがんだったというデータもあります(※1)。人数でみると、1年間で胆のうがんとその近くにできる胆管がんをあわせた死亡数は男性が約8,900人です。
そういう胆のうがんですが、次に胆のうという臓器について解説しましょう。
胆のうはどこにある?
胆のう。名前は聞いたことがある人が多いかもしれません。医学用語では「胆嚢」と漢字で書きます。この「嚢」という字は、袋という意味です。
胆のうは、どこにあるのでしょうか。胆のうは、体の外からみるとおへそから右ななめ上に握りこぶし一個分くらいの場所にある臓器です。そのあたりにはあばらぼね(=肋骨)があり、健康な人ではちょうどその肋骨の一番下にガードされているような具合で存在しています。ですから体の外から触るためには、ちょっとコツがいります。
お腹の中からみると、お腹のスペース(腹腔;ふくくうと言います)の中で右上に存在します。胆のうは肝臓の下面にめり込むようにしてへばりついていて、そのすぐ近くには十二指腸、大腸などがあります。
胆のうの役割は?
胆のうの役割は、簡単に言えば「消化液を貯めておく袋」です。人間は口から実にいろいろなものを食べますよね。動物の肉も野菜も、穀物も炭酸飲料も入ってきます。それらは口や胃である程度消化液と混ざり、人体に吸収しやすい形にまで分解されます。そして、胃の次の通り道である十二指腸で「胆汁(たんじゅう)」という消化液と混ざります。この消化液は胆のうに貯まっていて、人がご飯を食べるとこの胆のうがぎゅっと縮まり、中に貯まっている胆汁が十二指腸に出て食べ物と混じりあうのです。この胆汁が消化するのは、脂肪です。
ちなみに、この胆汁という消化液は胆のうが作っているのではありません。実は肝臓が作っていて、肝臓から管で繋がっている胆のうに一時貯蔵庫として貯められているのです。とても良くできたシステムです。
大きさはだいたい8cmくらいで、人によって少しずつ形は違いますがひょうたんや洋梨のような形をしています。
胆のうにできる病気、胆石って聞いたことがありますか?
胆のうにできる病気に、胆石(たんせき)というものがあります。胆石とは文字通り胆のうという袋の中に石ができてしまうものです。大きさは数ミリから2,3cm、個数も1個から100個以上と様々です。石があるだけではそれほど問題はないのですが、これがたまに痛みや熱の原因となることがあります。そうなると胆のう炎という状態になり、手術などの治療が必要になる事があります。胆のう炎の手術では胆のう自体を全部取ってしまいます。胆のうは手術でとってしまっても、日常生活にそれほど支障が出る事はありません。また、現時点では胆石があれば胆のうがんが出来やすいとは証明されていません。
胆のうにがんが出来ると
このような胆のうという臓器。これにがんが出来る事があります。「ただの袋なのにがんが出来るのですか」と質問されそうですが、人間の体はどこにでもがんが出来る可能性があります。内臓だけではなく、骨でも脳みそでも皮膚でも、液体である血液でも、です。
では胆のうにがんが出来ると、どんなことが起こるか。
何か症状が出れば病院で検査をして早くみつかりますから、発見する側の医者としては逆に助かるのですが、この胆のうがんの多くは最初は症状が出ることが少ないのです。ちょっと医師向けの治療手引書である「ガイドライン」を紐解いてみましょう。引用の後に解説をつけます。
わかりやすい言葉で解説します。
胆のうがん患者さんが一番初めに気づく症状には、右上腹部の痛み、黄疸(皮膚が黄色くなることです)、悪心嘔吐(はきけや吐いてしまうことです)、体重減少、食思不振(食欲が減ることです)があります。
そのうち、黄疸をきっかけに見つかる患者さんは進行しているがんのことが多く、長生き出来ないことが多い。がんが胆のうという袋の壁を突き破らずに留まっているうちでは症状がでないことが多く、検診の検査や胆石に対して手術で胆のうを取ったら、偶然がんが見つかるなどのケースがあります。
胆のうがん、治療は?
専門的なことは省略して説明します。
まず、胆のうがんが他の臓器(肝臓、肺など)に転移していなければ、基本的に手術で胆のう及びその周囲を切り取ります。しかし「他の臓器には転移していないが、胆のうの壁にどれくらい深くがんが広がっているかで手術するかどうか」については、これは医師によって判断が異なり、外科医やがんの専門医などの間でも結論が出ていません。
他の臓器に転移していたり、手術で取り切れないと判断した場合には、抗がん剤による治療となります。ただし、治療の戦略は患者さん一人一人の体力や年齢、そしてがんの状況などで異なります。
しかしその治療によっても生存率はあまり芳しくなく、最も早期のStage Iでも5年生存率は約60%にとどまり、他の臓器に転移したStage IVではわずか2.9%です(※1)。これは、胆のうがんが他のがんよりもタチが悪いことを示しています。ただしこの数値は2005年から2007年のものであり、10年後の今では改善している可能性があります。
以上で、胆のうがんについての解説を終わります。
「多臓器不全」とは?
最後に、良く報道で死因として使われる「多臓器不全」という表現について。
この用語は、感染症や進行したがんなどの重症なものにより起こる、制御不能な2つ以上の臓器のダメージのことを言います(※3)。わかりやすく言えば、「2つ以上の臓器の機能がだめになった」という状態であり、がんや感染症などで亡くなる多くの方は最後には「多臓器不全」に陥ります。それゆえ、死因としてはまずがんなどの病気があり、それが進行したり悪化した結果、「多臓器不全」になったという考え方です。
最後になりますが、渡瀬恒彦さんのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族や近しい方々へ心からのお悔やみを申し上げます。
※本記事は一般の方へ向けてわかりやすさを優先したため、医学的に厳密でない表現があります。
(参考)
※1国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービス 胆のうがん(たんのうがん)
※3 多臓器不全について、医療関係の皆さんへ
近年、救急医学の領域では多臓器不全にかわり多臓器障害という用語が使われてきています。日本救急医学会のホームページから引用します。