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ウクライナ戦争の陰で行われている壮大な安倍外し~岸田首相は安倍元首相を超えることができるのか~

安積明子政治ジャーナリスト
記者会見する岸田首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

エマニュエル大使と広島訪問の意味

 岸田文雄首相は3月26日、任命されたばかりのエマニュエル・アメリカ大使とともに被爆地の広島市を訪れ、平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花した。

 アメリカ大使がその任期中に広島を訪問することはほぼ通例。しかし日本の首相が同行することはあまりない。だが広島は岸田首相の地元であり、外相時代の2016年にはアメリカのオバマ大統領(当時)を招待したこともある。

オバマ大統領(当時)の広島訪問には、外相だった岸田首相の思いが存在した
オバマ大統領(当時)の広島訪問には、外相だった岸田首相の思いが存在した写真:アフロ

 オバマ大統領が「核のなき世界」を提唱したのは、2009年4月5日。チェコの首都プラハで数万人を相手にした演説だった。そして同年12月にオバマ大統領はノーベル平和賞を受賞。この時の演説のタイトルは「正義として持続する平和」だ。

「私たちはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをはせるために訪れたのです」

 オバマ大統領は6年前に広島でこう述べている。そして現在、ロシアはウクライナを侵攻し、その思いと裏腹に核兵器の使用すら仄めかしている状態だ。

「今日、エマニュエル大使との間においても、核兵器のない世界を目指す、そういった思いを共有させていただいた」

 原爆資料館で岸田首相が記者団に語った言葉は、唯一の被爆国として平和を願うという世界に向けたメッセージであるとともに、国内政治への強烈なアピールともいえるだろう。

 というのも2月27日に民放テレビ番組に出演した安倍晋三元首相が、日本にアメリカの核兵器を配備し、日米が共同で運営する「核シェアリング」を取り上げたからだ。そして安倍元首相の発言をきっかけに、「少なくとも核保有について議論すべきではないか」という意見が出てきた。もちろん議論自体は悪くはない。だが非核三原則が作られた歴史的な意味をどうとらえるのか。軽薄に形式的な民主主義に流されては困る。

 そもそもNATOにおける核シェアリングとは、もっぱら侵入してくる外敵に対して核兵器が自国領土内で行使されるもので、それを日本国民が受け入れるのか。さらに領土を拡張しつつある中国に、それが通用するのだろうかという問題もある。尖閣諸島の領有を主張する中国に予防効果があるのかどうかは不明だからだ。エマニュエル大使とともに原爆死没者慰霊碑に献花した岸田首相には、そうした核シェアリング論とは一線を画したい思いが見える。

安倍元首相に3度裏切られ

 それはとりもなおさず、安倍元首相からの決別に思えてくる。岸田首相は少なくともこれまで3度、安倍元首相から裏切られたという経緯がある。ひとつは2020年の自民党総裁選で、支援してくれなかったことだ。

 この時、安倍元首相の健康状態を知る菅義偉官房長官(当時)が出馬準備を進め、いちはやく二階俊博幹事長(当時)らの支持を取り付けたため、たとえ「岸田を応援したい」と安倍元首相が願ったとしても叶わなかったという事情もある。

 次は2020年4月のコロナ対策としての給付金問題だ。安倍元首相は当初、岸田政調会長(当時)が提案した減収世帯に30万円支給する案を閣議決定したが、後にひっくり返し、1人一律10万円支給に切り替えた。背後に公明党と二階氏からの圧力があったためだ。

 そして昨年の総裁選だ。4人の候補者のうち、2度目の出馬となった岸田首相は優位な立場にあったが、それを引きずり降ろそうとしたのが安倍元首相だった。高市早苗元総務大臣を支援していた安倍元首相は、投票権を持つ自民党の国会議員ひとりひとりに電話をかけて、岸田票を剥がそうとした。もっともこれについておひざ元の清和研内でも批判が大きかったために、「高市氏を連れて清和研に復帰する」という安倍元首相の予定は実現していない。

 にもかかわらず、岸田政権と岸田執行部の中心に、安倍元首相は手を突っ込もうとした。政府の要である官房長官に腹心の萩生田光一元文科大臣を、人事とカネを一手に握る党の幹事長に高市氏を押し込もうとしたのだ。

 当然岸田首相は却下した。そもそも幹事長ポストは、総裁選で応援してくれた甘利明氏に決めていたが、憲政史上最長の総理大臣就任記録を持つ元首相の意向はなかなか無視できるものではない。そこで高市氏には政調会長、萩生田氏には経済産業大臣のポストを割り振った。政調会長は党三役のひとつだが、権力とは無関係。同じ開成閥の嶋田隆元経済産業省事務次官を秘書官に据えた岸田首相には、萩生田大臣は掌中にあるのも同然だ。

 また福田達夫氏を総務会長に、松野博一氏を官房長官に抜擢した。福田氏も松野氏もともに清和研所属だが、安倍元首相とは系統が異なるため微妙な距離がある。

ロシアへの経済制裁は安倍元首相へのリベンジか

 さらにプーチン大統領が率いるロシアへの大きな経済制裁に踏み切ったという点も、安倍元首相へのリベンジになる。岸田首相は初めこそドネツク人民共和国やルガンスク人民共和国への経済政策に押しとどめ、2014年のクリミア騒動で安倍元首相が採用した「真空斬り」を踏襲したが、ロシアがクリミアへの侵略行為を開始すると、ロシアに強く抗議するG7の他の国と足並みを揃えた。ロシアは日本を非友好国リストに入れ、平和条約締結に向けた交渉を中断。「プーチン大統領と27回も会った」ことが自慢の安倍元首相は、まったく立場を失った。

安倍・プーチンは蜜月関係だった
安倍・プーチンは蜜月関係だった写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 そして岸田首相の何よりの支えは、安定した内閣支持率だ。いずれも支持率が不支持率を上回り、さらに自民党の政党支持率より優っている。たとえばFNNの3月の世論調査では、内閣支持率は65.8%で、不支持率は27.9%。自民党支持率は37.1%で、内閣支持率が政党支持率を28ポイントも上回っている。

 もっとも「他に良い人がいないから」が最大の41.8%と消極的支持が目立つが、それは安倍元首相を含めて、他に有力なライバルがいないことに他ならない。今夏の参議院選を乗り切れば、後3年間は安泰だ。その間にこれまでの安倍カラーを払しょくすることも不可能ではない。

 世界が注目するウクライナ戦争の陰で、凄惨な政局が動いている。いままさに時代が変わる分岐点であると同時に、日本の政治の分岐点でもあるのかもしれない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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