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カブスがファンから最も嫌われた男に優勝リングを授与

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
2003年にカブス最大の“黒歴史”を引き起こしたスティーブ・バートマン氏(写真:ロイター/アフロ)

 スティーブ・バートマン(Steve Bartman)という名を聞いたことがあるだろうか。

 改めてカタカナでネット検索をしても最初のヒットが「スティーブ・バートマン事件」が登場するくらい、当時は日本でも話題になった人物であり、長年カブス・ファンから忌み嫌われてきた名前でもある。

 事件は2003年に起こった。この年のカブスは14年ぶりに地区優勝を飾り、プレーオフでもナ・リーグ優勝決定シリーズに進出しマーリンズと対戦。第5戦をおえ3勝2敗とリードして迎えた本拠地リグリー・フィールドでの第6戦。7回を終わって3-0とリードし、58年ぶりのワールドシリーズ進出まであと一歩に迫っていた。

 ところが、だ。8回1死二塁から左翼ファウルエリア付近に飛んだ打球を捕球態勢に入った左翼手が捕る前に上方の観客席に座っていたファンが先に手をが出してしまったのだ。その場面は今もMLBの公式アカウントがYouTube上で公開している。

 もちろん判定はファウルとなり、打者は生き延びて四球を選び出塁に成功したばかりか、このピンチを足がかりにカブスは大量8失点を許し逆転負けを喫した。さらに第7戦も落とし、結局ワールドシリーズ進出を果たすことができなかった。この当事者こそがスティーブ・バートマン氏なのだ。

 シカゴ近郊に住んでいた当時26歳の若者に過ぎなかったバートマン氏が背負った十字架はあまりに大きかった。1908年のワールドシリーズ制覇以来、“ヤギの呪い”に苦しめられてきたカブスに、あまりに衝撃的な新たな黒歴史を誕生させてしまったのだ。この事件以降長年の間、ファンの怒りを一身に浴びる存在になってしまった。

 そんなバートマン氏の苦しみを解放するため、昨年ヤギの呪いを打ち破り108年ぶりにワールドシリーズを制覇したカブスから、2016年の優勝リングがバートマン氏に授与されたのだ。

 MLB公式サイトが報じたところでは、贈呈されたリングは選手たちと同じもので、バートマン氏の名前もしっかり刻まれている。事件以来メディアやファンの批判を受け続け、ずっと静かに暮らしてきたバートマン氏は以下のような声明(内容は抜粋したもの)を発表している。

 「自分がこのような栄誉に値するとは思っていませんが、このようなかたちで2016年の優勝リングを頂戴でき、シカゴ・カブスに感謝するとともに感動に耐えません。2003年の事件を機に私と家族に起こったサガがこれで終わりを告げたことを期待し、安堵するばかりです」

 カブスの粋な計らいで、長年苦しんできたバートマン氏が安らぎを取り戻せたことを切に願うばかりだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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