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子どもたちに必要なのは『遊び』だよ~世田谷区長に『教育』を訊く~

前屋毅フリージャーナリスト
保坂展人・世田谷区長        撮影:筆者

 東京都世田谷区の保坂展人区長は教育ジャーナリストとして活躍した経験もあり、教育に関しての造詣は深い。それだけに、今後の世田谷区の教育は大いに期待できそうなのだ。

「新学習指導要領では『主体的・対話的で深い学び』が掲げられていますが、これは『遊び』の経験がないと無理なんですよ。そこが、ほとんど論じられていないのが、おかしいと思っています」

 保坂区長は、そう言った。新学習指導要領のテーマを達成するためにも、そして現在の子どもたちにとっても必要なのは『遊び』だ、という。彼が続ける。

「明治政府後の日本の教育は、起立、礼、着席で始まって、教員が黒板に板書して、それを子どもたちはノートに写して暗記し、その結果をテストで調べるというスタイルが定着していました。それで、うまくいっていた時期もありました。工業化に向かうなかで、そういう教育で育つ、素直に覚えて、正確に仕事を処理し、規則的に同じことをやる若者が求められたからです」

 しかし、「学びの質の転換が必要な時期にはいった」と保坂区長は言う。同じことを産業界も言い、文科省(文部科学省)も言っている。だからこそ、新学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」が浮上してきてもいる。

 ただ新学習指導要領で注目されているのは、英語やプログラミングといった「知識」のほうばかりで、「学びの質」が重視されているようにはみえない。質が大きく変わっていくようにはおもえない。子どもたちと、そして教員の負担ばかりが増しているだけの印象である。

「遊び、たとえば芋虫をジッと3時間も見ているとか、クモが巣を張るのをじっと見ているとか、子どもが好きに過ごしている時間が遊びですよね。一見、何もしていないようにしかみえないし、学びというには効率が悪いようにおもえるかもしれない。でも、子どもの内側では何かが熟成しているし、何かを自分のものにしている。まさに、成長の過程なんですよね」

 保坂区長は言って、さらに続けた。「そういうところから独自性が生まれて、それまでなかった製品を生みだしたり、ノーベル賞につながるかもしれない。こうやって楽しかった、しびれたとか、そういう内面的なものが成長につながるし、力になっていく。学びを、そういう質のものにしていかなければいけない。だから、『遊び』を見直すべきだと考えています」

 とはいえ、世田谷区の教育は区長一人で変えていけるものではない。いろいろな人たちと一緒になってやっていかなければならないことでもある。それを今、保坂区長は一歩ずつやろうとしている。

 そういう区長の思いを受けとめる素地が世田谷区にあるのも事実だ。この2月には、全国的にも珍しい官民共同のフリースクールが開校するのも、その現れのひとつといえる。

 これまでも、世田谷区には「ほっとスクール」が2ヶ所ある。自治体の教育支援センターが運営する、不登校の子を受け入れるフリースクールのようなものだ。保坂区長が次のように説明する。

「ただ、ここは適応指導教室と呼んでいて、不登校の子を学校に戻すための施設です。しかし新しいフリースクールは、学校に戻すことより、子どもが学び、成長していくほうに重きを置いています。いずれ、ほっとスクールもそちらの質に変えていくことになっています」

 従来とは違う、学びの質の変化が、起きつつある。「ただし」と言って、保坂区長は続けた。「教育を改革するということで、いろんなメニューを上から学校現場に降ろしていけばいいというものでもありません。いまでも働き過ぎの教員を、さらに疲弊させるようでは、子どもたちのためにもならない。改革には、慎重さも必要だと思っています」

 世田谷区の教育が、どう変わっていくのか。とても興味ぶかい。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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