『ミュージックステーション』初の放送枠移動 リニューアルの方向性は?
Mステ、初の放送時間変更
以前から噂になっていたテレビ朝日の音楽番組『ミュージックステーション』(以下『Mステ』)の放送時間変更が正式に発表になりました。
テレビ朝日の小田隆一郎ゼネラルプロデューサーは、
「時間帯が1時間遅くなり、かつ前枠の番組が変わることで、Mステを見てくださる視聴者の方々の層が大きく様変わりすることになると思います」
としたうえで、
「そうした“新しいお客様”に対して、「はじめまして」という気持ちで魅力的なコンテンツを新規開発しなければいけません」
「一方で、今まで同様にこの番組をご愛顧してくださる視聴者の皆さんの“Mステイメージ”を壊す訳にもいきません」
といういわば背反する取り組みを何とか両立させようという意気込みを公式コメントで語っています。
この枠での放送は10月から。面白いかどうかは実際に見てみないことには…という話ではありますが、『Mステ』=日本の音楽シーンにおける「メインストリーム」がこのような変化にさらされることに幾ばくかの不安も覚えます。
進む「バラエティ番組」化
長年続いている番組だけに『Mステ』に対するイメージも人によって異なるとは思いますが、「ゴールデンタイムに生放送でアーティストのパフォーマンスを放送する」というフォーマットを基本的には維持してきたこの番組は、
「『Mステ』を見れば流行っている音楽がわかる」
「『Mステ』から流行りが生まれる」
という重要なポジションを確保し続けてきました。
それは昨今のインターネット全盛の時代でも変わっていません。昨年大ブレイクしたあいみょんのヒット街道にも、『Mステ』は大きな役割を果たしました。
また、2010年代を賑わせた48グループ、坂道グループの出演回数も彼女たちの人気や勢いとほぼ比例しており、この番組が「時代の流れ」を示す一つの基準であったことは間違いありません。
■参考記事:数字が物語っていた!『ミュージックステーション』出演回数で見る、AKB48・乃木坂46・欅坂46の勢い(M-ON! MUSIC 2019年8月12日)
一方で、ここ1、2年ほど前からかと思いますが、『Mステ』では「生放送でアーティストが旬の音楽をパフォーマンスする」という元来のコンセプトとは異なる企画も目立ってきました。
たとえば、古い曲を何らかのランキングにして子どもたちに聴かせるVTR企画。もしくは、一般募集したダンス部のパフォーマンス。
こういったコーナーが、いわば「アーティストの生パフォーマンスの時間を奪う」形で放送されてきました。
また、生パフォーマンスに関しても、「新曲ではない曲を披露する」ケースが放送時間の一定ボリュームを占めてきています。
今年8月のMステには4回の放送それぞれにキマグレン「LIFE」、フジファブリック「若者のすべて」、CHEMISTRY「Point of No Return」、真心ブラザーズ「サマーヌード」がラインナップされていました。
どれも「夏の名曲」であり(フジファブリックのパフォーマンスは特に素晴らしかったです)、また「新曲ばかりが聴かれるわけではない」という今の世の中の趨勢を表しているとも言えますが、『Mステ』として新しい曲を紹介する代わりにやるべきことなのかというのは個人的には疑問が残らないでもありません。
今回発表されたリニューアルの方針から読み取れるのは、一言で言えば「『Mステ』のバラエティ番組化」です。そしてそれは、「“最新の音楽”の生パフォーマンス」を必ずしも最重要ポイントとしていないように見えるここ最近の『Mステ』の方向性をさらに推し進めるものとも言えます。
そんな流れが進んでいったときに、今後『Mステ』が「今の音楽シーンのリアルタイムを伝える中心地」であり続けることはできるでしょうか。
若者シフト?高齢者シフト?
当初今回の放送枠移動が報道された際には、「若者がより見やすくなるように」というような理由がセットになっていました。
ですが、正式に発表されたリニューアル方針を見る限り、番組内容が若者向けにシフトするという匂いは(現時点では)感じられません。
『Mステ』を放送しているテレビ朝日が進めているのは、むしろその逆の方向。テレビ視聴者の中心となりつつある高齢者に対して積極的なアプローチを行っています。
2017年には平日日中に高齢者を対象としたドラマ『やすらぎの郷』を放送して話題を呼びました。また、直近の世帯視聴率の好調さが高齢者に支えられたものであることが複数のメディアでも報じられています。
■参考記事:役者も視聴者も高齢者『やすらぎの郷』 なぜヒット?(NIKKEI STYLE 2017年5月26日)
■参考記事:絶好調のテレビ朝日「視聴率三冠」奪取に向けた難題と危機感 (現代ビジネス 2019年8月12日)
■参考記事:世帯視聴率トップを独占 テレ朝ドラマ「勝利の方程式」の落とし穴 (FRIDAYデジタル 2019年7月4日)
今回のリニューアル方針には「番組ならではのスペシャルコラボやカバー」とありますが、往々にしてこの手の企画は「懐メロの再発掘」になりがちです。テレビ局全体の動きと照らし合わせると、『Mステ』も「シニアが喜ぶ歌番組」にシフトしていくのでしょうか。
また、放送枠の後ろ倒しに伴い、10代前半のアイドルが出演しづらくなるという影響も考えられます。
これまではデビュー前のジャニーズJr.の少年が先輩のバックで場数を踏むステージとしても機能してきた『Mステ』ですが、そういった道も閉ざされてしまうかもしれません。
若い女子たちが変わらずジャニーズを応援している状況を鑑みると、そんな変化は「若者の『Mステ』離れ」を加速させる可能性があります。
「迷走」にならないことを願う
今回のリニューアルは当然熟考の末の結果でしょうし、「これで離脱する人」「ここから新たに番組のファンになる人」のうち後者が優勢になるという読みがあっての判断だと思います。
また、音楽という娯楽そのものの位置づけが「誰でもCDを買っていた時代」とは変わってきている中で、「音楽+α」で付加価値をつけるという方向性自体が全面的に間違っているとは思いません。
ただ、『Mステ』に生パフォーマンス以外の企画を付与していくことで、「音楽に興味のある人にとって見るのがしんどくなる」「音楽に興味ない人はそもそも見ない(他のバラエティ番組でいい)」という構造が生まれる危険性も非常に大きいです。
前述したあいみょんのケースのように、『Mステ』という看板には「素晴らしいアーティストが生でパフォーマンスを行う」というシンプルな仕掛けだけで大きなムーブメントを作れるパワーがいまだ備わっています。
どんなに老舗のテレビ番組であっても結局のところは「テレビ局が広告を売るための放送枠の一つ」なので、視聴者が特定の番組に崇高な志を負わせるのは身勝手な話でしかありません。それを承知でではありますが、昭和、平成、令和と時代が移り変わる中で変わらず音楽シーンの空気を伝えてきた『Mステ』という番組には、この先もその役割を担ってほしい。そう強く思います。
今年の年末ごろ、本稿の内容を「杞憂だったね」と笑って振り返れるような状況になっていることを願っております。