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元日本代表によるサッカー中継革命「裏解説」、見る側が解説者を選ぶ新時代の幕開け

小澤一郎サッカージャーナリスト
元サッカー日本代表、現解説者の戸田和幸氏(撮影:David de Harro)

サッカー中継において「見る側が解説者を選ぶ時代」の幕が開いた。

 2002年の日韓W杯で中盤のボランチとして大車輪の活躍をした戸田和幸氏は、「URA_KAISETSU/裏解説」というコンテンツを新たに立ち上げ、既存のサッカー解説、スポーツ中継に革命を起こしつつある。

 18年10月に行われた日本対ウルグアイの親善試合では、初めて裏解説配信の有料化に踏み切る。1試合で1,000円という金額でチケットを販売しながら、793名もの視聴者(購入者)を獲得した。

 ””解説という名の通り、あくまで主役は地上波などで放送されるサッカーの試合映像で、戸田氏は副音声的にプレーや現象が持つ意味合いを解説する。通常の中継との違いについて、戸田氏はこう説明する。

通常の中継のように、「一つ一つの事象を実況の方とのコンビネーションで追いながら伝えていく」のではなくて、「その試合を伝える上で重要だと考える戦術的なポイントや攻守におけるポジショニング・テクニック・判断を取り上げ言及していく。ここはしっかりと伝えたい、というポイントについては深く掘り下げていく」、これを裏解説配信ではやっていきます。

出典:裏解説をやる意味(URA_KAISETSUより)

 続く11月の日本代表の親善試合(ベネズエラ戦とキルギス戦)では、TBSのサッカー中継において表解説を担当した戸田氏は、昨年のロシアW杯でも同局にて数多くの試合の現地解説を担当した。

 「オモテとウラ」という形でどうしても周囲は対立軸として見てしまいがちだが、戸田氏はマス向けの中継作りや日頃サッカーを視聴することが少ない層向けの解説には最大限の理解と敬意を払っている。

彼の真意、狙いはこうだ。

この裏解説を通じて、サッカーの持つ魅力や本質を伝えることで、視聴者の方々に今まで観ていたものとは違うサッカーをお見せすることが出来るのではと考えています。サッカーの捉え方が変わり、もっとサッカーが楽しく、もっとサッカーに対して前のめりになるキッカケになれば、そう思っています。

出典:裏解説をやる意味(URA_KAISETSUより)

 戸田氏の裏解説については、サッカーメディア業界内でも賛否両論あるが、同じく欧州サッカーの解説業を行う筆者は戸田氏のようなトップ解説者が裏解説に踏み切った事実を3つのポイントで評価している。

■視聴者に実況、解説のキャスティング権を譲り渡した

 そもそも、試合中継における実況と解説のキャスティング権は放送局、配信元の制作担当者、一部の人間に委ねられたものであった。だからこそ、一度局や権利元がキャスティングをして試合中継を行えば、基本的(※)に視聴者には他の選択肢はない。

※副音声や現地映像に付いてくる英語コメンタリーを選択できる中継も一部ある。

 今や日本では国内外のサッカー情報が数多く飛び交い、世界中のリーグ・大会を視聴できる環境が整備されている。そのため、すでに多くの中継において解説者よりもファンとしてずっと贔屓のチームの試合を見続けている視聴者の方が多く、新鮮な情報を持っているケースが散見される。

 実際、マス向けの地上波だけではなく、専門性の高いCS放送、有料チャンネルにおいても特に解説者のキャスティングに対する視聴者からの不満の声はSNSにおいて日常的に挙がっている状況だ。

 その意味で戸田氏が立ち上げた裏解説は、サッカー中継という枠組の中においても趣味趣向が多様化している視聴者に一つの選択肢を与え、視聴者にキャステング権を譲り渡す画期的な取り組みなのである。

■「戦術解説は難しい、マス受けしない」の常識を覆す可能性

 解説者としての戸田氏の特長の一つが、的確な戦術解説だ。一般的な解説者と違って情報量も圧倒的に多く、その分早口には聞こえるが、難解な横文字ではなく意図的に平易な言葉を選んで話している。

 瞬時にその状況を見極め、的確な戦術解説をすべく、戸田氏の1試合(仕事)に向けた準備はどこまでも入念だ。

 対戦する2チームの直近2,3試合、合計4〜6試合をフルでチェックすることは当たり前。その過程で戦術的なポイントや監督の采配の傾向、選手の特徴を事細かにノートへメモしている。

 そんな戸田氏ではあるが、たとえば地上波で代表戦の中継を担当する時などは「戸田さんの解説は大衆受けしない」といった意見が挙がる。

 実際、マスを意識する地上波のサッカー中継においては「チーム対チーム」の構造、戦術解説よりも、ネームバリューのある選手個人をフォーカスした「1対1」の構図、抑揚の付いた応援型解説が編成側から求められる傾向にある。

 しかし、サッカーとは11対11のチームスポーツであり、個人のパフォーマンスはチームとしての戦い方、監督の采配、戦術といった「チームとして」のフレーム内でしか評価できないものである。

 だからこそ、戸田氏のように「そもそもサッカーとは、難しいスポーツ」という前提に立った上で、その難しさ、戦術をどうわかりやすく、目の前で起こっている現象を用いながら平易な言葉で伝えるか、ということこそサッカー解説者に求められるタスクであるはず。

絶対的チームスポーツであるはずのサッカーを、個人とチームとに切り離して考える事なくチームスポーツとして正しい認識を持ち、この素晴らしいスポーツを伝えていく事がメディアの役割であり責任だと考えます。

出典:裏解説をやる意味(URA_KAISETSUより)

 戸田氏の裏解説がサッカー中継のメインストリームとなることはないだろうが、サッカーの難しさや競技の魅力を伝える上でも欠かせない戦術解説に真正面から向き合う解説者とサッカー中継が彼の取り組みに感化され、今後増えてくる期待を持っている。

■いいものを作って終わりではなく、「届ける」作業にも注力する業界を促す

 ロシアW杯以降、長谷部誠、本田圭佑、香川真司といったサッカーファンでなくとも日本国民なら「誰もが知っている」選手が日本代表から去ってしまった中、森保一監督率いる代表に中島翔哉、南野拓実、堂安律といった若手が定着した。

 彼らは「新ビッグ3」、「新三銃士」といった呼び名を付けられるほどの存在として一躍注目を集めている。

 しかし、日本代表というブランドを持ってしてもこの時代、サッカーコンテンツをマスに流通させることは難しい、と筆者は考えている。

 W杯のように地上波が一斉に取り上げる大会は確かに日本全体での盛り上がりをみせるが、かといって昨年のロシアW杯がサッカーメディア業界でW杯特需となったかどうかと聞かれるとはっきり「NO」と言える。

 長く代表人気に支えられてきた日本のサッカー(メディア)業界だが、そろそろ「届ける」作業にも注力する必要があるだろう。

いいものを作る、作ろうと努力する、のは当たり前。

 今の時代に求められるのは、それをどう届けるか、届けるための努力をどのように行うかだ。

 業界内の話で大変恐縮だが、サッカー雑誌が売れず休刊が相次ぐ、サッカー関連書籍が売れずロシアW杯以後はますますサッカー本の出版数と売り場の面積が減る。こういった暗い話ばかりが飛び交っている。

 戸田氏は業界のトップ解説者でありながらも自らが担当する中継をきちんとTwitterで告知し、裏解説のチケット購入者(希望者)に対してもTwitter上で「1対1」のコミュニケーションを取っている。

 裏解説というオリジナルコンテンツを製作するのみならず、チケットをまるで「手売り」するかのような彼の圧倒的な届ける作業と努力はいまだ「いいものを作れば売れるだろう」、「日本代表が強ければサッカー人気が出るだろう」という業界に根付いた固定概念をいい意味で打ち砕く可能性を秘めている。

 1月5日に開幕するアジアカップでは日本代表の勝ち負けにかかわらず決勝までの6試合を裏解説する戸田和幸氏と、新たな時代の幕が開けた2019年のサッカー中継、そしてサッカーメディアに注目してもらいたい。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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