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『紅白歌合戦』と『FIRST TAKE』 対極の2番組から誕生するYouTube時代の国民的ヒット曲

谷田彰吾放送作家
(写真:西村尚己/アフロ)

 特別な1年の『紅白歌合戦』は成功に終わった。第2部(21:00~23:45)の平均世帯視聴率は40.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。2年ぶりに40%台に回復し、国民的番組の威厳を示した。NiziU、瑛人というフレッシュな2組で幕を開け、朝ドラ主題歌のGReeeeN→ラスト紅白の嵐→『鬼滅の刃』のLiSAと畳み掛けた怒涛の構成は見事だった。

 改めてテレビの力を見せた放送だったのではないか。今、テレビはYouTubeとライバル関係の構図で見られている。芸能人が大量参戦し、インターネットの広告費がテレビのそれを抜いた昨年、YouTubeのメディアとしての影響力は急上昇した。しかし、紅白はYouTubeではできない。テレビでしかできないコンテンツだ。

 大人数が同じコンテンツを同時に楽しむという点において、現時点ではテレビの右に出るものはない。YouTubeは「興味のあるものしか見ない」という視聴スタイルのため、みんなで同じものを見るという行為が成立しづらい。スマホ視聴が多いのも一因だ。

 また、現状のYouTubeでは、紅白レベルのセットや衣装を作る予算も成立しづらい。仮に今年の紅白の水森かおりの衣装がYouTubeで実現しても、スマホで見たら引きの映像の顔がゴマレベルの大きさになってしまう。演出面でも、テレビだからこそできる日本最高峰のリッチコンテンツと言えるだろう。

 そんな中、2020年の紅白はYouTube時代の音楽の売れ方を明確にしたという点でも画期的だった。その象徴が、YOASOBIの『夜に駆ける』と瑛人の『香水』。この2曲は、CDが売れ、オリコンチャートで上位に入り、テレビの音楽番組に出て有名になり、紅白に出場するという従来の王道とはまるで違う道のりを歩んできた。どちらもYouTubeを発信源として拡散され、YOASOBIに至ってはテレビ番組で歌唱したことがなかった。それでも、日本のミュージックシーンの最高の舞台に辿り着いた。

 まず、紅白に出るためにはCDを発売するのが常識だ。しかし、『夜に駆ける』も『香水』もCDではなく配信限定シングルとしてリリースされた。特に、瑛人はメジャーレーベルはおろかインディーズレーベルにも所属せず、個人で配信した曲が革命的な大ヒットとなった。今や3歳の子供でも口ずさむ。誰でも音楽制作を個人で完結でき、曲をデジタル配信で販売できる時代のシンボルと言える。

 これまでは、ネット発の音楽シーンはアンダーグラウンドという印象が強かった。アーティストごとに熱狂的なファンがついていても、その界隈で限定的に人気があるだけ。音楽シーンにうといオジサンやオバサンでも耳にしたことがあるというネット発の楽曲は、なかなか生まれなかった。あの米津玄師もニコニコ動画で楽曲を投稿していたネット発のアーティストだが、ブレイクしたのはメジャーデビューから時間が経った後だ。

 それだけに、YOASOBIや瑛人の台頭はセンセーショナルだった。躍進の背景には、YouTubeとTikTokの存在がある。

 『夜に駆ける』も『香水』も、他人に歌われることで拡散した。いわば「歌ってみた」動画だ。どちらもたくさんのYouTuberやインフルエンサーが動画を投稿し、流行した。もはやこの2曲を歌えば再生回数が伸びるという神話的な印象すらあった。

 また、芸能人のYouTube進出が重なったのも好影響だった。ネットカルチャーで終わらず、メジャー化するためには「みんなが知っている人」が紹介すると効果が大きい。国民的タレントである香取慎吾は2曲とも歌ってみた動画を投稿したし、チョコレートプラネットや四千頭身などの人気芸人たちは黒い背景が特徴的な『香水』のMVをある種“ネタ”にした。テレビを主戦場にしてきたタレントのファンは、ネットカルチャーから比較的遠いことが多い。タレントたちの動画で2曲を知った人も多かっただろう。

 そして、歌ってみたに拍車をかけたのが、ある人気YouTubeチャンネルの存在だ。『THE FIRST TAKE』。毎回異なるアーティストが、一発勝負で歌収録に挑む。その緊張感と高いパフォーマンスが人気となり、チャンネル登録者数は300万人を超える。

 『THE FIRST TAKE』と『紅白歌合戦』は対極にあると言ってもいい。まるでタワーのようなドレスや巨大な竜が舞い踊る紅白とは対照的に、FIRST TAKEは真っ白なスタジオに1本のマイクが置かれているだけ。実にYouTubeらしいシンプルな設定だ。だが、その情報量の少なさがスマホ視聴に向いているし、音楽に集中できるため「一発録り」という企画にマッチしている。

 情報量が少ない、それはすなわち「真似しやすい」ということだ。スタイリッシュな演出で、一目でFIRST TAKEとわかる単純明快さは真似しやすく、YouTuberたちがこぞって動画を投稿した。これは瑛人の『香水』のMVにも通じる。「真似しやすい」は拡散を目指すコンテンツにおける重要なキーワードだ。特にTikTokという「みんなと同じことをして遊ぶコンテンツ」が生まれてからは、より大切になった。「真似していい」とわかると拡散は早い。

 そして、YouTube時代のヒット曲にはビジュアルの「クセ」が欠かせない。今の若者は曲とMVをセットで楽しむ。『香水』の真っ黒なMV、『夜に駆ける』のアニメーションが無ければ、ここまでのヒットは生まれなかったかもしれない。もはや音楽ビジネスは映像やSNS戦略も含めた「クリエイティブの総合格闘技」の様相を呈している。

 だが、FIRST TAKEでバズっただけでは、国民的なヒット曲にはなりえない。YouTubeの視聴者層はまだまだ若く、幅広い世代には届かない。

 そこで、紅白の出番だ。紅白は同じ時間に幅広い年代が同じものを見る日本最大級の「拡声器」だ。FIRST TAKEで歌われ、たくさんの人に真似をされ、紅白で国民に知れ渡る。これが、YouTube時代のヒット曲の王道になっていくのではないか。対局にある2つのコンテンツが重なった時、とてつもなく大きなうねりが生まれる。どちらも欠かすことができない関係性になりつつある。

 よく「テレビは終わった」などと言われる。私は今もテレビの現場で働く現役の放送作家として、テレビのシステムは古いと思うが、「終わった」とは思っていない。なぜならテレビのクリエイターのスキルは、やはりレベルが高いからだ。紅白のようなお祭り番組にこそ、テレビの可能性がある。テレビにしか作れない現象、テレビでしか味わえない体験を、どう研ぎ澄ましていくかがこれからの課題だ。

 さぁ、2021年はどんなヒット曲が生まれるのか。YouTubeという視点から追いかけると、楽しみ方が変わるのではないかと思う。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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