ほっこりオランダのクリスマス旅 Dordrecht【ドルトレヒトのクリスマスマーケット】
前回ご紹介したゴーダの翌日に訪ねたのがドルトレヒト。この町にはオランダ最大級のクリスマスマーケットが立ちます。
普通クリスマスマーケットというと、広場や一定の場所に限定して開催されることがほとんどですが、ここでは去る金、土、日曜の3日間、車の通行を封鎖して旧市街全体がクリスマスマーケットの舞台になりました。2.5キロほどの街路に並ぶスタンドの数は350。3日間で35万から40万人の人が訪れるそうです。
ところでここドルトレヒトの町の歴史は古く、およそ900年前くらいから湿地帯の比較的地盤の良いところを選び、人々が家を建てて住み始めたと言います。海につながる4つの川の交差点にあることから、交易の要所として栄えました。
町へ入るには今でも必ず橋を渡る、つまり町そのものが島という構造で、かつては17の門が町を取り囲んでいましたが、現存するのは2つ。その立派な構えをみれば往時の繁栄ぶりが想像できるような気がします。
ちなみに、幕末期、江戸幕府がオランダに発注した軍艦「開陽丸」は、ここドルトレヒトで造艦されたもの。日本との浅からぬ縁がある町なのです。
当時の留学生たちも歩いただろう旧市街。レンガ造りの建物の壁には、「ワイン通り」「肉屋通り」など、通りの名前が掲げられていて、昔そこで何が荷揚げされ、商われていたのかがわかります。ワイン通りは川に最も近い立地で、裕福な商人が館を構えたエリア。現在それらの建物にはギャラリーなどが入り、文化的な香りがします。
しゃれたウィンドーに引き寄せられつつ右に左にはしごしながら歩いていると、通りはどんどん賑わいを増し、クリスマスの装飾やイルミネーションも華やかになってゆきます。そして行き当たった市庁舎前には、サンタに扮装した集団が…。よく見ると彼らはミュージシャンで、ここでビールを一杯引っ掛けてから町に繰り出すところのよう。それにしても彼らの大きいこと。聞けばオランダでは身長2メートルを超す人も珍しくないのだそうです。
市庁舎前からマーケットの続く通りがいわばメインストリート。町のシンボルである立派な教会が間近に見えてきました。
じつはこの教会、一見したところではわかりませんが、塔のてっぺんと地面との間でなんと4メートルもの斜度がある、つまり傾いた教会なのです。当初の予定では、110メートルの塔が建つはずでしたが、地盤が弱いために建築中にどんどん沈んで傾きが生じてしまい、70メートルの高さでやめてしまったのだとか。もっとも、旧市街は海抜マイナス2メートル。つまり海面より低い位置にあるという町の成り立ちからしてすでに、いかにして水と生きるか、苦心を重ねてきた歴史の土地なのです。
さて、教会の中へ入ってみるとパイプオルガンや天井などは見事なのですが、カトリックからプロテスタントへ改宗した地ゆえ、偶像崇拝につながるものはすっかり取り払われ、なんとはなしにガランとした感じがします。
案内してくれた地元の方は、堂宇の一角にあるステンドグラスの前で足を止めました。
「この教会にはもっと古い時代の見事なステンドグラスもありますが、私はこれが好きです」
外がすっかり暗くなっていたので、残念ながら意匠の細部まで見ることはできませんでしたが、それは1953年にこの辺り一帯を襲い、1400人の命を奪った大洪水をテーマにしたものでした。
「600年前にも、聖エリザベスと名前のついた大洪水に見舞われていて、そのときの死者はさらに大変な数だったと言われています」
どの土地にも悲しい記憶があり、人はそれを内に抱えながら生きていることを、このステンドグラスは教えてくれます。
そしてふたたびマーケットの並ぶ通りの賑わいに包まれれば、こうして無事に祝祭の季節を迎えていることに、感謝の気持ちが湧いてくるのでした。