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衆議院「一票の格差」是正にかこつけた定数削減で焼け太りする「穀潰し議員」

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
国会審議でもこの手の風景をよく見ますね(写真:アフロ)

現在、国会では、衆議院の一票の格差の是正の議論が行われています。

これは、最高裁判所が、直近の2014年12月14日の解散総選挙のうち、小選挙区選挙(全国の300の各選挙区から一名の国会議員を選ぶ選挙)について、有権者が持つ一票の価値の格差(要するに選挙区ごとの有権者の数の格差)が最大で2倍を超える状態になっているのが、法の下の平等を定めた憲法14条1項との関係で「違憲状態」とする判決を出したこと(最判平成27年11月25日。判決文はこちらで読めます)に対応したものです。

最高裁判所は同判決で、2014年総選挙が憲法14条の要求に反する、としながら、国会で格差是正をするのにそれなりに議論が必要で、そのためにそれなりに時間が必要であることから、ただちに憲法違反とはしませんでした。実は、最高裁判所は、その前の2012年の総選挙(民主党等が下野したときの総選挙)、2009年の総選挙(自民党・公明党が下野したときの総選挙)についても「違憲状態」の判決を出しており、国会は、かろうじて、首の皮一枚で最高裁判所から「お目こぼし」してもらっている状態なのです。

本稿の主題ではないですが、安倍首相は、小選挙区の一票の格差が「違憲状態」であることを知りながら、一票の格差是正をせずに2014年に不意打ちの解散総選挙をやって、与党3分の2の多数議席を手に入れ、その多数をもって違憲の疑いが指摘されている安保法制の制定したので、この総理大臣が憲法をどれだけ軽視しているかが分かるエピソードだと思っています。

なぜ議員数を削るのか

まず、一票の格差の是正は、衆議院との関係でいえば、小選挙区選挙特有の現象です。並立する比例代表選挙では現在11あるブロックごとに人口比例で議席を配分する限り、有権者の一票の格差は端数程度にしか起こりません。そして、ちょっと考えれば分かりますが、選挙区の区割りの設定について複雑な利害関係がある小選挙区選挙では、議員定数が多いほど一票の格差の是正はしやすく、議員定数が少ないほど一票の格差の是正は困難となります。

今、自民・公明の与党がやろうとしている格差是正は「0増6減」というもので、衆議院議員の削減を伴うものです。定数を減らす方向で格差是正をしようとするほど、区割りは困難になり、また、今後のちょっとした人口移動等ですぐにまた一票の格差の問題が生じます。

さらに、与党は格差是正を2020年の国勢調査まで先送りしようとしており、この国勢調査の結果がでて、それに基づく格差是正が実際に行われるのはさらにその先ということになります。現在から5年以上「違憲状態」を放置し、是正してもまたすぐに違憲状態が生じるような提案をしているのです。与党が国民の権利(法の下の平等)を守ろうとしていないことは明らかです。

たちが悪いのは、2009年総選挙で、票差はそれほどついてないのに小選挙区制における地滑り的勝利で政権を手にした経験がある旧民主党を中心に、このような方向の是正を許容する動きがあることです。「夢よ、もう一度」といった感じでしょうか。しかし、客観的には、今の民進党が小選挙区で地滑り的に勝利する展開は夢のまた夢なので、客観的には自殺願望に近い愚かな行為に思えます。また、そもそも、有権者は票差が大してつかないもとでの地滑り的勝利で与野党が逆転する展開を望んでいるのでしょうか。

関係ない比例代表を削って制度を歪める火事場泥棒

現在の国会で行われている議論でさらにたちが悪いのは、最高裁が憲法違反だとした小選挙区の一票の格差とは何の関係もない比例代表の議員定数を削減しようとしていることです。新聞報道によると、東北、北陸信越、近畿、九州の4ブロックで1ずつ減らす「0増4減」が提案されています。

比例代表選挙は、選挙における各政党の獲得票の比率で議席を配分する制度ですが、この比例効果は、議員定数が多いほど発揮され、議員定数が少ないほど「比例」の看板に反する結果となります。現に、現在の11のブロックの制度の場合、一番定数の少ない四国ブロック(6議席)では足切りを考慮しないと16%前後(100%÷6議席)の得票率を得ないと議員を当選させることができない一方、一番定数の多い近畿ブロック(29議席)では、3.5%前後(100%÷29議席)の得票率があれば議員を当選させることができ、この定数配分が、足切り効果を生み出しています。このような足切りを「阻止条項」としてパーセントで明示する立法例は諸外国にも沢山あるようですが、日本のように不明瞭な形で事実上の阻止条項が存在し、しかもそれが選挙区ごとに大きくことなり、足切りラインが最大で10%を大きく上回る立法例はどれだけあるのでしょうか。

比例代表選挙にこのような弊害があると、選挙で有利になるのは、当然ながら足切りライン以上の得票率を得られる政党であり、一番利益を得るのは比較第一党(現在は自民党)です。2014年総選挙の比例四国ブロックでは、自民党は34.85%の得票率で3(50%)の議席を得ています。

与党の提案は、一票の格差の是正にかこつけた火事場泥棒的なものといわざるを得ないでしょう。ここでも、野党の側に「夢をもう一度」の問題がありますが省略します。

国民の声を聞かない政治家が焼け太りする

国会議員の削減は、最高裁のオーダーとは関係なく、「居眠りをして、ヤジばかり飛ばし、問題発言をし、汚職まみれの穀潰し議員を削れ」という素朴な世論に依拠しているように思います。

確かに、日本の国会議員の報酬(歳費)は、諸外国に比べても高額と言われ、筆者も減額するのには賛成します。しかし、それは、定数を10減らすようなチマチマしたことをやるより、一気に4分の3くらいにバッサリ切ってしまう方がいいと思います。そういう議論をすべきです。一方、今回の提案に沿って議員定数が削減されても、300億円以上ある政党助成金や議員ごとの報酬(歳費)が削られるわけではありません。議員削減による財政の抑制効果はほとんどないのです。

そして、現行制度の下、定数削減により、小選挙区の一票の格差を生み出す構造が増大し、また、比例代表選挙が比例的でなくなるほど、国会は与党執行部のイエスマンばかりになる可能性が高まります。議員定数の削減は、役に立たない穀潰し議員を増大させ、その人たちが、議員の数が少なくなった状態で、今のままの政党助成金を山分けする、という目も当てられない状況を生み出す可能性があるのです。

日本に現在の小選挙区制が導入されたのは1994年のことですが、これが失敗であったことは、当時の与党の責任者であった細川護煕氏も、野党の責任者であった河野洋平氏も、認めるに至っています。そして、最近筆者が目にしたところでは、読売新聞の編集委員が署名記事で

参院選でも改選定数1の1人区の戦いでは同じことで、当選者が1人の小選挙区選では、候補者が2人なら当選には原則として相対得票率(投票総数に対する得票数)50%以上が求められるが、野党乱立で候補者が増えれば、得票率が低くても当選できる。投票率が低迷する近年は、絶対得票率(有権者総数に対する得票総数)が25%未満でも比較第1党の地位を占めることがある。今の衆院の自民党がそうだ。その仕組み自体に疑問はあるものの、選挙制度の抜本改革には時間がかかる以上、現行制度で自民党に対抗するには、野党の数を減らす再編が早道だ。

出典:民進党に“勝機”あり? 期待不足の新党、夏の選挙の皮算用

と述べ、小選挙区制への疑問と制度の抜本改革を唱えるようになっています。小選挙区制の弊害はもはや立場を超えた共通認識と言えるでしょう。

国会議員の定数、という、国民主権や議会制民主主義の土俵ともいうべき部分について、与党がいうがままの「改革」を行い、より一層制度を歪め、国民の声を聞かない政治家の焼け太りを許すようなことはもう止め、国民の声が反映する比例的な選挙制度にするべきです。国民の声をよく聞かなければ当選できない議員は、国民の声を聞き、(比較的)居眠りしないはずです。もちろん、それにあわせて、国会議員の歳費削減、政党助成金の削減も行うべきでしょう。

2016.4.14追記

自民党の谷垣禎一幹事長が、共産党の志位委員長に対して以下のように語ったことが産経新聞で報道されました。やはり、小選挙区制の弊害は党派を超えた共通課題になっていると言えるでしょう。

《衆参両院が一体となった選挙制度改革の議論を提案した谷垣氏に対し、志位氏も呼応した》

志位氏「私たちは小選挙区制を続けていいのかというのをずっと言ってまいりまして。御党にもそういう意見があると思う。やはりこの制度のいろんな弊害もはっきり現れてきたと思いますので、それを含めてもっと根本からの議論ができたらなと」

谷垣氏「それはそう思っています。昔の制度なんかを思い浮かべて。共産党がどういう中選挙区にスタンスをお持ちかよく分かりませんが、私は中選挙区のほうが良かったんじゃないかなあと。わが党も小選挙区の…」

《残念ながら、ここで報道陣は退出させられた。果たしてこの後、どのような議論が交わされたのか…》

出典:産経新聞2016.4.14「宿敵の自共、選挙制度改革で意気投合?」

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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