人事の「一貫性」の軸をどこに置くか〜自社において「容易に変わらないもの」とは何か〜
■人事で最も重要なのは「一貫性」
人事において最も大切なことは、人事の各領域の戦略に「一貫性」があるかどうかということです。しかし、実際には、人事諸領域がバラバラに部分最適化してしまうことで、「一貫性の無い例」が散見されるのが実情です。
<「一貫性」の無い例>
●採用ではポテンシャルを重視した戦略を採って、中途採用よりも新卒採用の比率を上げているにもかかわらず、育成にはパワーやコストをかけず、自力で這い上がってきた者だけを選抜してすくい上げる(本当は、採用した原石たちを磨くために一定のコストをかけて育成するという体制を作り上げていかなければ、ポテンシャル採用の効果を生かせない。そうできないのであれば、即戦力採用へシフトした方が一貫性のある戦略と言える)
●採用ではパーソナリティを重視した選考基準を採っていながら、配置ではスキルのみでマッチングをしているとか(スキル最適で構成したチームよりも、パーソナリティ最適で構成したチームの方が成果を上げるという研究もある)
●採用では大器晩成型の人材を求めているのに、評価報酬制度では短期の成果によって報酬が上下し、長期間に渡る継続的貢献度などは評価に考慮されない
このように、人事における各機能の戦略に一貫性が無いと、それぞれの効果を打ち消し合うことになり、最終的に有効な人事になることはありません。採用の戦略を軸とするとしても、すべての人事領域の戦略を視野に入れていくことが大事になってくるのです。
■「一貫性」の軸足は「事業」に合わせるのが理想
では、そもそも何に合わせて「一貫性の軸足」(戦略全体を貫く共通した考え方、コンセプト)を置けばよいのか。何に最適化させて、人事戦略を考えるべきか。理想的にはもちろんそれは「事業」です。「組織は戦略に従う」という有名な言葉通り、事業戦略を最もうまく遂行するような組織が求められます。
例えば、マーケットが成長している際には、単品商品毎の営業組織を作って個々人の業務をシンプル化することで、営業組織全体の行動ボリュームを最大化し、市場内シェア確保に努める。一方で、マーケットの成長が鈍化してきた際には、複数商品を総合的に扱える営業組織を作って、希少な顧客のどんなニーズでもワンストップで対応できるようにして、ニーズの取りこぼしを最小化する、などです。この組織戦略に対応して、採用戦略も、新卒採用で素直でフットワークの軽い人材を大量に採用したり、中途採用で即戦力のプロを採用したりと、変化させていくということです。
■しかし、理想通りにできないこともある
しかし、残念ながら、ここにはそうそう理想通りにいかない落とし穴があります。それは、近年の各業界の事業環境の変化の激しさです。Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をつなぎ合わせた造語で、「VUCA」という言葉がよく使われていますが、現在の企業を取り囲む環境がきわめて予測困難な状況に直面しているという時代認識を表す言葉です。そんな言葉が生まれるぐらい、時代の変化はもはや当然の前提となっています。
もし、事業を取り囲む環境(経済などのマクロ要因や、競合企業や消費者の動きなどのミクロ要因等)が変化しなければ、事業戦略はあまり変化しないでしょうが、環境が変われば適した事業戦略も変化してしまいます。変化していく事業戦略に正確に合わせて組織を都度変化させていくことができればよいのですが、組織には「慣性」があるため容易ではありません。例えば、事業観点から最適な人材像が変わっても、現状の組織の成員を総入れ替えすることはできません。ある時期の事業戦略に合わせた組織作りを行っている半ばで、当の事業戦略が変わってしまう状況では、いくら理想と言っても事業戦略に最適な観点だけで組織人事戦略を考えていては、一貫性を保つことは難しくなってしまうからです。
■自社で「容易に変わらないもの」を軸とすべき
では、他に何を一貫性の軸を考える拠り所とすべきでしょうか。それは一概には言えず各社で異なると思うのですが、要は「自社の中で容易に変わらないもの」です。ある会社では、カリスマ経営トップの価値観や考え方かもしれません。他にも、強烈で濃い組織文化や、特徴ある人材の傾向、社会に提供したい価値、などが考えられます。
こういった「変わらないもの」に合わせて人事戦略、ひいては採用戦略のベースを作り、短期的な事業戦略にも、可能な範囲で一貫性を損なわないように合わせていく、というスタンスが、結局は最も効果的です。
繰り返すと、人事戦略を策定する際に、まず徹底的に考えるべきことは「時代が移り変わっても、自社にとって容易に変わらないものは何か」です。それを認識することで、ブレない戦略を継続的に実施でき、最終的には強い組織を作ることになるのです。