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「ピンチはチャンスだ」というよくある激励の言葉が、今この未曾有のピンチのときにはあまり刺さらない理由

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「え、これが本当にチャンスなんですか・・・?」(写真:Paylessimages/イメージマート)

■未曾有の緊急事態「コロナ禍」

言うまでもなく我々は未だに、世界を襲う未曾有の危機の中にあります。新型コロナウィルスによるパンデミックです。

そんじょそこらの緊急事態ではなく、一生に一度あるかないかのものではないかと思いますし、何度もこんな目に遭いたくないので、そうあってほしいものです。

さて、ビジネスシーンにおいて、よく「ピンチはチャンスだ」という言葉が使われます。今もこの「コロナ禍」という大ピンチの最中で、不安に苛まれている部下を鼓舞しようと、「こんな緊急事態だからこそ、何かできることがあるのではないか」と力説している上司の皆さんも多いのではないでしょうか。

■「ピンチ」とはどんな状態か

しかし、そもそも、なぜ「ピンチ」が「チャンス」なのでしょうか。まず、「ピンチ」とは、想定外の出来事が起こって、目的や目標が達成できなくなりそうな危険な状態のことです。加えて言いますと、英語のpinchは「つまむ」という意味ですが、要はつままれて狭くなった隘路やどん底に入り込んだということです。つまり「逃げ場がない」状態のことです。

なんとか活路を見出そうと、いろいろ手を尽くしたあとにやってくる境地、それが「ピンチ」という状態です。こんな状態が「チャンス」と言われると、「いやいやいや、どれだけ対策をやり尽くしたかわかっていますか。ピンチはピンチです」と思うのがふつうです。

■なぜ「ピンチはチャンス」なのか

それなのに、なぜ多くの上司は「ピンチはチャンス」と言うのでしょうか。よく言われるのは、「ピンチに陥ったのはチャレンジの結果。しかも、ひとつの選択肢がダメだとわかった。だから、別のチャレンジをすればよいというチャンスだ」ということです。

エジソンも「私は失敗したことはない。うまくいかない方法を何百通りも見つけただけだ」と超ポジティブに言っています。他にも「ピンチこそ能力開発の場。次の機会にそれを発揮できるからチャンスなのだ」とか「ピンチのときには、最後に守るべきものに目が行き、自分の本当に大事なものがわかり、その後の指針になるからチャンスだ」などがよく言われることです。

■ピンチの最中にいる若者に通じるか

私のようなおじさんには、これらの言説は「確かに」と思えます。実際に、過去を振り返れば、あのときにピンチだと思っていたことがきっかけとなって、今のこの状態があるという「ピンチはチャンス」であったことはいくつも思い浮かびます。

しかし、それを若者にそのまま言ってしまうことには、重大な問題があるのです。

それは、最終的にそう思えるようになる前に、深い絶望に陥り苦しんだという経験を「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で失念してしまっているということです。先にどん底から登りきって、上から涼しい顔で「上がってくればいいこともあるさ」と、底にいる人に言っても、腹が立つだけでしょう。

■ポジティブになるのは簡単ではない

受け入れがたい出来事(死、失恋、不合格、失敗等)に遭遇したとき、まさにピンチのときに、人がその状態から抜け出すプロセスをエリザベス・キューブラー=ロスは「悲しみの5段階」と呼びました。

まずは「①否認」、その状態を認めず、嘘と信じる段階です。その後、本当とわかると「②怒り」、なぜ自分がそんな目に遭うのかと激昂します。そのうち「③取引」、なんとかできないかとジタバタし、どうしようもないことがわかると「④絶望」、何もできない抑うつ状態になります。ここまで来てようやく「⑤受容」、状況を受け入れて「もう前を向いて歩いていくしかない」とポジティブになることができるのです。

■まずは、しっかりと「絶望」に寄り添う

このプロセスの興味深いところは、最終的にピンチをチャンスに思えるようなポジティブな状態になる前に、一度徹底的に絶望を味わわなくてはいけないということではないかと思います。大切な人を亡くした際にも「喪に服す」わけですが、似たようなことではないでしょうか。

ピンチに陥った人とは、希望を失った人です。それを認めて前に進むためには、先に述べたような感情の段階を一歩一歩進んでいかなくてはなりません。つまり、上司はピンチの状態の部下にしてあげられるのは、その「絶望」の状態に寄り添って、共感や理解を示してあげることではないでしょうか。

■激励するのでなく一緒に悲しめば、人は自然に歩き出す

「ピンチはチャンスだ」とか「緊急事態だからこそ、できることがある!」とか鼓舞する前に(それがダメというわけではありません。タイミングの問題です)、こんな状況に陥ってしまったことに対して、部下と一緒に悲しみにくれてみてはどうでしょうか。

「なんでこんなことになったのだろうね」「本当につらいな」と。そうすれば、その後「でも、もうどうしようもないな」「起こったことは仕方ない。前向きにがんばります」となるはずです。

上司になるような人は問題解決志向が強く、先を急ぎたがります。しかし、「急がば廻れ」ということもあることを、こんなときこそ再認識してみてもよいかもしれません。

OCEANSにて若手のマネジメントに関する連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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