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萩生田文科相「身の丈」発言で英語民間試験の延期論も~問題・欠陥はどこにある?

石渡嶺司大学ジャーナリスト
安倍首相側近で入閣した萩生田光一文科相。「身の丈」発言で批判が広がる。(写真:ロイター/アフロ)

24日番組で「身の丈に合わせて」

物言えば唇寒し、と昔から言います。

と言って、発信しないわけにはいかないのが政治家。ただ、いくら何でもまずかったのが萩生田光一・文科相の「身の丈」発言です。

10月24日、BSフジの番組で、萩生田文科相は英語民間試験の利用で不公平感について問われたところ、次のように発言しました。

「それを言ったら『あいつ予備校通っていてずるいよな』というのと同じ」と反論。「裕福な家庭の子が回数受けてウォーミングアップできるみたいなことがもしかしたらあるのかもしれない」と述べた。試験本番では、高3で受けた2回までの成績が大学に提供されることを踏まえ、「自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえれば」と答えた。

(2019年10月28日朝日新聞朝刊「萩生田文科相『身の丈に合わせて』発言を謝罪 英語試験」)

これに野党側が猛反発。

河野太郎・防衛相の「雨男で台風3回」発言と合わせて攻撃材料となってしまいました。

雨男発言は、まだジョークと言えなくもありません。もちろん、被災者感情を無視しているとの批判はあるでしょう。が、この発言で辞任相当か、と言えば、さすがに無理があります。

一方、萩生田文科相の「身の丈」発言は、教育機会の公平性を無視した発言でもあります。

日本国憲法第26条1項

「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」

教育基本法4条

「1 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」

「2 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。」

「3 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。」

萩生田文科相の「それを言ったら『あいつ予備校通っていてずるいよな』というのと同じ」は、私費負担についてです。

私費負担については、格差や不公平感があったとしても、どうしても個人差が出るのは致し方ありません。それは萩生田文科相の発言通りです。

ところが、BSフジのインタビュアーが質問しているのは共通テストにおける英語の民間試験について。

つまり、公費負担の部分での不公平感・格差について質問しているのに対して、私費負担と同列の論じるのは、無理がありました。

日本国憲法や教育基本法の該当部分を読んでいないとしか思えず、所管大臣としての適性を疑うに十分な発言です。

野党が反発で謝罪・撤回

案の定、野党側は猛反発。

立憲民主、国民民主両党など主要野党は、2020年度から始まる大学入学共通テストで導入される英語民間試験の延期を求め、政府・与党に攻勢をかける構えだ。

「不公平」と指摘される新制度の問題点をあぶり出すことで、受験生に「身の丈に合わせて頑張って」と発言、撤回した萩生田光一文部科学相を辞任に追い込むことを目指す。

(中略)

立憲の枝野幸男代表は29日の常任幹事会で、新制度が教育の地域・経済格差を助長させかねないと指摘。「党を挙げて英語試験を延期させる」と強調した。

野党は、既に提出した導入延期法案の審議入りを要求。また、新制度に反対する世論を喚起するため、所属議員が各地をめぐる「全国キャラバン」も検討している。 

(2019年10月29日 時事通信配信「英語民間試験の延期要求に軸足=野党、萩生田氏辞任へ徹底追及」)

まあ、野党側にツッコミを入れるとすれば、この共通テストや英語民間試験の導入については昨年、2018年ごろから専門家の間で懐疑論・延期論が強くありました。

今年、2019年6月には南風原朝和・元東京大学副学長、荒井克弘・大学入試センター元副所長ら5人が野党に英語民間試験の利用中止を求める請願書を野党に提出しています。

ただ、この時点で野党各党は共通テストや民間試験利用について、積極的には発言していません。

ようやく9月ごろから延期論が立憲民主党内でも出てきました。9月18日には会派内会合で延期論が出たとNHKが報じています。

「身の丈」発言の同日、10月24日には立憲民主党など野党4党が利用延期の法案を提出。

という流れのところに文科相発言がありました。

野党が反発を強めるのは政治闘争としては当然のことではあります。

ただ、それならもっと早く、問題点を指摘するのが責任ある政治ではないか、と思わないでもありません。

とは言え、強い批判を前に、萩生田文科相は発言の撤回・謝罪に追い込まれました。

読売新聞「政府内で延期論も」

いずれにせよ、政治の場ではそれほど注目されていなかった共通テスト・英語民間試験の導入の是非が大きく注目されることになりました。

そもそもセンター試験に代わる新試験・共通テストで英語民間試験を導入するのは、色々と問題点があります。

そのため、本日(2019年10月30日)の読売新聞朝刊は1面で「英語民間試験、延期論…20年度開始控え」と報じました。政府内でも、事態収束のために、英語民間試験の導入については、延期を検討する、とのこと。

では、共通テストにおける英語民間試験の導入は一体、何がまずいのでしょうか?

英語民間試験は何がまずい?

文部科学省はサイト内で英語民間試験を導入する理由を次のように説明しています。

グローバル化が急速に進展する中、英語によるコミュニケーション能力の向上が課題となっています。

現行の高等学校学習指導要領では、「聞く」「読む」「話す」「書く」の4技能をバランスよく育成することとされており、次期学習指導要領においても、こうした4技能を総合的に扱う科目や英語による発信能力が高まる科目の設定などの取組が求められています。

大学入学者選抜においても、英語4技能を適切に評価する必要があり、共通テストの枠組みにおいて、現に民間事業者等により広く実施され、一定の評価が定着している資格・検定試験を活用し英語4技能評価を推進することが有効と考えられます。

この「『聞く』『読む』『話す』『書く』の4技能」を育成する、という点では誰も反対する人はいないでしょう。

では、それがなぜ、高校の英語教育ではできないのか、共通テストで試験の他に英語民間試験を導入しなければならないのか、根本的な回答になっているとは言えません。

しかも、問題点が多すぎます。主なものでは5点あります。

問題点1:試験運営の公平・公正は担保される?

今年度(2020年1月実施)で最後となるセンター試験は、公平公正さを担保するべく、様々なトラブルに対応できるようにしています。

詳しくは私のYahoo!ニュース個人2014年記事「センター試験はトイレも行けない?~センター試験のトラブル、クレーム対応を考える」に書いたのでそちらをどうぞ。

受験生の貧乏ゆすりにまで対応する親切ぶり。

試験監督をする女性教員は、ハイヒールがはけない(靴の音がうるさいとクレームがあったため)など、監督マニュアルは相当、厳格に定められているそうです。

そのため、センター試験の監督でうんざりしない大学教員はいないとも言われています。

逆に言えば、それくらい、厳しく運営されています。

これと、同じレベルの対応を民間試験ができるのでしょうか?

「試験会場の壁が薄く、待機している受検者に丸聞こえだった」

「試験監督が少なく、カンニングができた」

「試験監督によって技量が違いすぎる」

など、どの試験が、というのはここでは控えますが、不公平感を訴える高校教員・高校生は少なくありません。

不公平感で言えば、民間試験を実施する各団体は試験に対応する参考書・問題集を販売しています。

これも、試験実施団体が販売するのは、経済格差を助長しないか、との批判が強くあります。

問題点2:受験料・交通費の負担が重い

共通テストで導入される英語民間試験は実用英語検定、ケンブリッジ英語検定など7種類あります。安くても5800円、高ければ2万5850円もします。

これを高校3年次の受験2回が大学入試に反映します。

となれば、安くても1万円以上、受験生は負担することになります。

しかも、受験会場は実用英語検定こそ260会場ですが、それでも全国をカバーしているわけではありません。へき地・離島の高校生は、英語民間試験を受験するだけで長距離の移動を強いられることになります。

問題点3:高校3年の結果のみ?

試験結果は高校3年生の結果、2回のみ、と現状では定められています。

そうなると、英語の成績優秀者が高校2年以前に高い成績を修めていた場合、改めて受験しなければならないのか、となります。

大学入試センターの「よくあるご質問/資格・検定試験」には、こうあります。

大学入試英語成績提供システムへの成績登録は、令和2年以降の4月から12月までに共通IDを記入して受験した資格・検定試験の成績が対象となります。令和元年度(令和2年3月まで)に受験した資格・検定試験については、共通ID取得前後に関わらず、原則登録の対象となりません。ただし、一部例外措置がありますので、詳しくは「例外措置」を確認してください。

では、その例外措置とは何か、QA集には、はっきりと出ていませんでした。

問題点4:複数試験の整合性

共通テストに導入される民間試験は、そもそも大学入試を想定した試験ではありません。そのため、各試験によって求める能力は異なります。

それを複数導入して整合性が取れるのか、という懐疑論は英語教育の専門家から出ています。

問題点5:大学によりバラバラ

どの英語試験を入試で利用するのか(あるいはしないのか)は、各大学によって大きく異なります。

そのため、受験生はどの英語試験を利用すればいいのか、調べる手間がかかります。志望校によっては、複数の英語試験を受験する必要も出てくるでしょう。

複数の問題点がぶつかる矛盾

以上が問題点ですが、実はこれだけではありません。

上記5点の問題点、どれかを解決しようとすると、他の問題点が大きくなる、つまり矛盾という問題点も見逃せません。

たとえば、問題点1「公平・公正さ」を担保するために試験監督を増員。マニュアルを現状以上に厳しくしたとしましょう。そうなると、その経費は誰が負担するのか、という話になります。国は経費負担を嫌うでしょうから、そうなると、試験実施団体となり、当然ながら受験料値上げにつながります。そうなると問題点2「受験料負担」がさらに悪化することに。

問題点3「高校3年の結果のみ」も同じで、高校2年以前の成績を認めると、これはこれで問題点1「公平・公正さの担保」が危うくなります。

指摘はいくらでもできるのでこの辺にしておきますが、要するに矛盾点と言いますか、欠陥が多すぎるのが民間試験の導入なのです。

共通一次試験は延期につぐ延期だった

共通テストについては、あまりにも実用文書解読に偏りすぎ、記述式は採点・自己採点とも個人差が大きすぎる、などの問題点も指摘されています。

英語民間試験の導入だけでも問題点が多すぎます。

そもそも、センター試験の前に実施されていた共通一次試験(1979年~1989年)は、当時の文部省や自民党内では1960年代から議論されていました。しかし、延期に次ぐ延期で慎重を期した、という歴史があります。

教育改革は必要ですし、これからグローバル化が現状以上に進む以上、英語教育がさらに必要になることは誰もが認識しています。

しかし、この英語民間試験についてはあまりにも欠陥が大きすぎます。それこそ「身の丈に合わせて」、一度、立ち止まって検討した方がいいのではないでしょうか。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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