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「男性保育士」についての「誤解」を解くために、知っておきたい3つのこと

猪熊弘子ジャーナリスト/駒沢女子短期大学 保育科 教授
*写真はイメージです。本文に登場する人とは関係ありません。(ペイレスイメージズ/アフロ)

1月19日、熊谷俊人・千葉市長がツイッターで以下の発言をして以来、「男性保育士」についての議論がネットやメディアで盛んに交わされています。

熊谷・千葉市長の発言は、「千葉市立保育所男性保育士活躍推進プラン〜男性も女性も心から子育てを楽しめる保育所を目指して〜」

https://www.city.chiba.jp/kodomomirai/kodomomirai/unei/documents/danseihoikusi.pdf

を紹介し、このプランの中に書かれた「性差に関わらない保育の実施」において、「保育士としてのキャリア形成のため、男性保育士も女性保育士と同じように、こどもの性別に関わらず、保育全般を行っていきます。保護者には市の方針であることを説明し、理解を求めます。」という部分について言及したものと考えられます。

これに対し、ネットでは「男性保育士が女児の着替えやおむつ替えをするのはイヤ」「着替えはいいけれど、おむつ替えはイヤ」などの意見、あるいは「男性差別だ」、「いや、性犯罪の危険を考えるべきだ」など、さまざまな意見が飛び交いました。

「男性保育士」への誤解があるのでは?

発端となった千葉市が発表した資料には、以下のように記されています。

保育士においては、長い間女性の職業と認識されていました。しかし近年、男女雇用機会均等法の施行や職名が<保母>から<保育士>に改正されたことなどにより、男性保育士の人数も徐々に増えてきています。

そもそも、これはあまりにザックリし過ぎた把握です。男女雇用機会均等法が施行されたのは1986(昭和61)年4月1日ですからもう31年も前、そして<保母>から<保育士>に名前が変わったのは1999年で、それもすでに18年も前の話なのです。まったく「近年」の話しではありません。正式の公文書でも、これほどアバウトな記載がなされるほど、「保育」について、実はよく知られていないことを知り、残念な気持ちになりました。

1月25日のNTVテレビ「スッキリ」では、この件に関して地デジ機能を使ったオンライン投票が行われていました。「男性保育士は女児にどこまで行っていい?」という質問への最終結果がこの数字。

着替えもおむつ換えもOK=57958票、着替えOK、おむつ換えNG=19189票、着替えもおむつ替えもNG=6564票でした。

この問題を最初に報道したJ-castニュースでも、同じような投票が行われています。

http://www.j-cast.com/2017/01/24288759.html

世論を巻き込んでこれだけ大きな議論になった背景には、男性保育士、あるいは「保育」そのものに対する、多くの誤解や認知不足があると思います。

問題なのは、

1男性保育士の社会的な認知度が低い。

2そもそも「保育士」の仕事の内容がよく知られていない

3性犯罪の問題と「男性」保育士というジェンダーの問題が混同されている。

ということなのです。

そこで、保育や幼児教育の歴史や男性保育者についての研究を踏まえ、上の3つについて明らかにすることで、今回の「男性保育士」の問題について、考えてみたいと思います。

1男性保育士の社会的な認知度が低い。

保育園にお子さんを預けている方の中にも、「うちの保育園には男性保育士さんがいる!」という方のほうが少ないかもしれません。先の千葉市の文書によれば、千葉市の公立保育所等に勤務する保育士の正規職員のうち<女性 650 人 男性 50 人>(平成 28 年 4 月 1 日現在) とあります。

厚生労働省の調査でも、平成25年に保育士登録している人118万6,000人のうち、女性が113万6000人(96%)、男性が5万人(4%)で、圧倒的に女性が多いことがわかっています。http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/s.1_1.pdf

「保育士」の多くが女性であることは、その歴史と大きく関わっています。日本では1891(明治23)年の小学校令により、「幼稚園」で子どもを教える「保姆」は「女性」と定められたことから、女性による保育の歴史がはじまりました。「資格」としては1926年に幼稚園令に基づいて「保姆」という名称が定められ、幼稚園のほか、幼稚園から派生した簡易幼稚園(保育園のルーツのひとつ)、あるいは地方で独自に発生したさまざまな託児所や保育施設でも、資格者である女性の「保姆」、または資格がなくても女性が保育にあたるようになっていきました。

戦後は、1947年に学校教育法に基づいて現在の「幼稚園」が生まれたときに、「幼稚園教諭は男女問わずになれる」と定められた一方で、保育園(保育所)は児童福祉法に基づいて形作られ、保育者は「保母」という名称で女性に限られた職業になりました。

経営者や用務員などの形で、男性も保育には関わって来ましたが、正式に資格を取れるようになったのは、1977年に児童福祉法が改正されてからです。当時もまだ正式な資格名は「保母」でしたので、「保父」という通称で、男性も資格者として保育に従事することができるようになったのです。

あまり知られていませんが、当時、先駆けだった世代の男性保育者の中には、シンガーソングライターの中川ひろたかさん、児童文学作家の杉山亮さんなど、「保父」からスタートして、今も子どもに関わる文化活動をしている人も多いのです。

その後、男女雇用機会均等法の施行(1986年)を受け、「保母」から「保育士」へと名称が変わったのは1999年、児童福祉法の改正によるものでした。それ以降は、男女問わず「保育士」という国家資格として保育に従事することができるようになったのです。

2そもそも「保育士」の仕事の内容がよく知られていない

保育士の仕事内容について語るときに外せないキーワードが「専門性」という言葉です。未だに保育士は子どもとただ遊んでいればいい、ご飯を食べさせたりおむつ換えをしたりという世話をしていればいい、と思っている人も多いのかもしれませんが、保育の仕事はそんな単純なものではありません。

実際、保育士の仕事は多岐にわたります。「遊び」は子どもの成長発達を促すためであるのはもちろん、人間関係を築くきっかけにもなり、また子どもが「まなび」を得るところでもあります。そこにはケガの心配もあり、細やかな配慮が必要です。子どもたちが自由に遊ぶためには、その準備をぬかりなくしなければなりません。

たとえば、子どもたちが自由にお絵かきしたいと思ったら、たくさんの画材や用具、材料を子どもが選びやすいようにあらかじめ配置しておかなければなりません。食事の介助といえど簡単ではありません。アレルギーの子や、体調の悪い子がいる集団の中で、一人ひとりの様子をしっかり確認しながら食事することが必要です。漫然とただ食べさせていたのでは窒息などの危険とも隣り合わせなのです。おむつ換えや着替えには、便や尿の様子や身体の様子をよく観察することで、病気ではないか、虐待の兆候などはないかなどを確認する意味もあります。

子どもは日々成長、発達し、昨日出来なかったことが今日突然できるようになる、ということの繰り返しです。大勢の子どもたちの中にあって、一人ひとりの子どもの成長発達をしっかり見守り、子どもの欲求を受け止め、子どもの言葉や様子を記録し、翌日の保育へとつなげていかなければなりません。保育士には、一人ひとりの子どもの存在を愛情深く受け止めることが求められるのです。さらに「保育所保育指針」にも定められているとおり、保護者支援も保育士に求められる仕事の一つです。保護者との信頼関係を築くため、これらのことを日々行っている保育士には、常に研修や勉強が求められます。

つまり、「男性」か「女性」か、という性差よりも、専門性を持って保育に当たることが出来るかの方が、よほど大きな意味があるのが「保育士」という仕事なのです。

3性犯罪の問題と「男性」保育士というジェンダーの問題が混同されている。

今回の「男性保育士」の件で、ツィッターなどに多く書き込まれていたのが「性犯罪」の問題です。確かに、これまでに保育施設で男性保育士による性犯罪が起きた事例もあります。小学校などでも同様の事件は起きています。

しかし、男性保育士と性犯罪を単純に結びつけるべきではありません。それは「女性の仕事にわざわざ男性が入ってくるなんて、何か特別な趣味があるのだろう」というような、ジェンダーによる偏見に過ぎません。

問題視しなければならないのは、男性保育士の存在ではなく、そういった「癖」のある人たちが誰でも入ってこられる日本の制度の問題なのです。海外では、虐待事件や性犯罪が表に出ることが多いことから、保育現場においてもそういった犯罪を防ぐための制度が設けられています。

たとえば、イギリスの保育現場では、保育従事者として働きたい人に対しては、必ず「前科」を調べることが法律で義務づけられています。これまでに何か子どもへの問題を起こしていないか、子どもに関わることが禁じられている人ではないか、確実に犯罪歴を調べ、その結果がクリアにならなければ、子どもに関わる仕事に就くことができません。海外から移住してきた人については、海外での以前の犯罪歴まで確実に調べられます。

日本ではそういった仕組みがないことが問題です。基本的に日本では「子ども好きな人はいい人」というような漠然とした性善説で保育が続けられてきており、子どもにとって危険な人を調べ、排除する仕組みが全くありません。男性を排除するのではなく、「危険な人」を排除する仕組みを作ることが早急に求められます。資格更新の仕組みなどを設けて、問題があった場合には排除していくことも必要です。そうでなければ、男性、女性に関わらず、子どもに関わってはいけない人を排除できないのです。

もともと「保母」という女性限定の仕事だったことから、今でも保育の世界にはジェンダーの問題がかなり多く残っています。「少数派」としての苦労もあります。男性の入職で初めて男性用のトイレを作ったり、物置のようなところを改造して男性の更衣室を作ったりする保育施設もあります。最近、騒がれている保育士の処遇の問題も、元々が女性の仕事だから賃金が低かったという歴史があります。処遇が悪いことから結婚と同時に「寿退職」した男性保育士もいます。「男性だから力仕事が得意でしょう?」と女性の同僚に言われ、庭仕事や力仕事ばかりさせられる、といった話しも聞きます。世間一般でも「女性の職場に来る奇特な男性」という色眼鏡で見る人がまだまだ多く、それが今回の議論が拡大した一つの要因になっていると思うのです。

男性でも女性でも、人間の人生の最初の5年間に関わる人の存在は極めて重要です。本来、男性だから、女性だから、ということではなく、専門性が高く、より保育士にふさわしい人がその人生最初の5年に関わるべきなのです。 

男性保育士さんたちはどう考えている?

では、今回の騒動について、実際に男性保育士さんはどう思っているのでしょう? 聴いてみると、こんな意見が返ってきました。

公立保育所で働く男性保育士さん(20代)です。

「まず、千葉市長が行政の長として保育と保育士にこれほど理解と配慮を示している事に嬉しく思います。市長に寄せられた意見に対しては頷くこと半分、一方で<よくも犯罪者予備軍にしやがって>という憤り半分ですね。もし、保護者から直接、否定の目を向けられた時、自分はどう対応出来るのか、職場ではどういう対応が成されるのか、と不安にもなります。性別云々という以前に、人間性と専門性で考えてほしいですね。結局、保育が仕事として低く見られている現状が根底にあるんじゃないかと思います。いま騒がれていることが、ただ騒がれて終わるのではなく、保育士という職業は、専門性豊かな人間が一生懸命やっているんだということが、もっともっと浸透してほしいなと思っています。」

男性保育士さんのツィッターから。

男性保育士で、今は私立保育園の園長先生(50代)はこう言っています。

「犯罪予備軍を男女の性差で論じていることが、根本的に無理がありますね。おむつ替えですか? よく私、若い女性保育士さんに、布おむつのあて方を教えていましたけどね(笑)。おむつ替えの時間って、子どもとの1対1のスキンシップの機会で、0歳児保育には欠かせない時間なんです。だから、もし保護者から<不安だ>という意見が届いたら、保育ってこういうものだからねと、保護者にきちんと説明して理解を得られるようにしたらいいんじゃないですかね?下手な保育士はどこにでもいるし、上手な保育士もいて、そうした人材を適材適所に配置していくのが園運営です。私は基本的に、男性保育者擁護はしません。知らないどこかの人が、犯罪予備軍かどうかなんてわからないですし、それは男女問わずいえることですからね」

私立保育園で働く男性保育士さん(30代)の意見です。

<男性か女性か>ということよりも、その<人>の問題なんじゃないなのかな?と思っています。自分に対しても、実は同じような意見や疑問は毎年保護者や時には同僚からあります。<誤解を生むから女の子の着替え、オムツ、トイレトレーニングはやめた方がいい、やめてほしい>と言われれば、一時的ですが、女の子の着替えやオムツ交換を控えるときもあります。私を守るために<控えた方がいい>と代わってくださる先輩もいました。でも、それも一時的なもので、同僚の先生方から<あなたなら任せられる>と信頼して頂けているので、今は特別なことはしていません。ただ保護者から要望があったときは上司と検討して個別に対応しています。男でも女でも、同僚や保護者から信頼してもらえる<人>であることが、自分は大事だと思っています

元保育士だった男性(30代)はこう言います。

「自分が働いていたときには、自分も含め、自分の知り合いやまわりの男性の保育士でそういうことを言われたということを、聞いたことがなかったです。でもそういう記事を読んだことがあり、明日はわが身かもと思って、気を引き締めて、少しでもそういう目が向けられないようにと思って、日々働いていたのも事実です。いま騒がれていることが、ただ騒がれて終わるのではなく、保育士という職業は、専門性豊かな人間が一生懸命やっているんだということが、もっともっと浸透してほしいなと思っています」

保護者は保育士の人間性と専門性を信じること、保育士は誠実に保護者との信頼関係を築くことが大切

保護者や内部の女性の同僚からの視線を受け止めながら、男性保育士さんたちは日々、保護者や同僚との信頼を築こう、子どもとの関係をしっかり築いて良い保育をしようと努力しているはずです。保護者のみなさんにお願いしたいのは、「男性保育士はイヤ」と最初から拒否するのではなく、その保育士さんの毎日の保育の様子、子どもとの関わり、保護者との関わりをしっかり見てください、ということです。その上でやはり疑問があるのであれば、それは男性だからということではないはずです。

専門性を身につけ、豊かな保育を実践しようとしている保育士さんたちが、日々、子どもに対して、そして保護者に対して、人間対人間の関係をしっかり築くために、現場でいかに努力しているか、多くの人に知って欲しいと思います。

熊谷・千葉市長のフェイスブックでのまとめ

https://www.facebook.com/toshihito.kumagai/posts/1265747763494729

は、その意味で、多くの男性保育者にエールを送るものとなったと思います。

保育や教育の現場では、多様性(ダイバシティ)、ジェンダーフリーであることが求められる時代になっています。

男性か、女性か、という視点で考えるのはもはや時代遅れです。

男性も女性も、保育士が専門職としての地位を確立するために、今回の「騒動」が良い方に作用することを願っています。

ジャーナリスト/駒沢女子短期大学 保育科 教授

ジャーナリストとして、日本の保育制度、待機児童問題、保育事故等について20年以上にわたり取材・執筆・翻訳。現在はイギリスなど海外の保育・教育制度、保育の質、評価について研究するほか、現在は駒沢女子短期大学で保育者の養成にあたっている。 お茶の水女子大学大学院 博士後期課程(保育児童学領域)在籍中。 双子を含む4人子の母。 『死を招いた保育』(ひとなる書房)で第49回日本保育学会 日私幼賞・保育学文献賞受賞。 最新刊は『子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園』(内外出版社・共著)、『保育園を呼ぶ声が聞こえる』(太田出版・共著)。 名寄市立大学非常勤講師。元・都内の私立幼稚園/保育園の副園長。

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