東京パラが音でつながる。Earth∞Pieces「喜びの歌(第九)」にベートーヴェンもビックリ!?
春の訪れとともに、誰も想像できない音を奏でようと、プロフェッショナルと愛好家、多様な障害を持つ演奏者ら28人が、得意な楽器を持ち寄り、3月16日に横浜港に面した象の鼻テラス(横浜市中区)に集まった。
「Earth∞Pieces(アースピースィーズ)vol.1」は、東京2020パラリンピックの開閉会式に参加したアーティストたちが中心となり、ベートーヴェンの「喜びの歌(第九)」をテーマに一日完結型の演奏会を実施した。これは、多様な文化の人々を瞬間で結びつける音楽の力を生かし、それぞれが思い思いに演奏する音色を重ね合わせて、セッションにより「喜びの歌」を作りあげる試みで、今後にむけた取り組みの最初の一歩として始まった。
このプロジェクトは、東京2020パラリンピックの開閉会式を監修した栗栖良依さんが発起人となり、パラリンピック讃歌の編曲や指揮を手掛けた蓮沼執太さんが中心となる形でスタートした。公募とオーディションを経て選ばれた障害のあるメンバーは、東京2020パラリンピックに参加したパフォーマーが中心で、新たな仲間も加わった。未知の演奏会に向けて勇気を持って踏み出した。
イベント当日、正午過ぎから弦楽器、ギター、パーカッション、管楽器、コーラス隊、打楽器、鍵盤ハーモニカ・・など、楽譜が読める人も読めない人もいて、さまざまなパートの演奏者たちが集まり、公開リハーサルが始まった。
会場には観光で訪れた人が、さまざまなスタイルで演奏される不思議な音色の展開に耳を傾けていた。夜の本番は、招待客のためだけの演奏会となった。
東京2020パラリンピック開会式で「片翼の小さな飛行機」役を演じた和合由依さんは、金管楽器「ユーフォニアム」を担当した。小学4年生から中学3年生まで吹奏楽部に所属し、高校生になってからは吹奏楽から離れていたが、この企画に参加するために再び楽器の練習を始めた。「ユーフォニアムは自分の体にフィットする楽器です。栗栖さんとこの企画に参加できて本当に良かったが、この1年間楽器から離れていたため、納得いく演奏ができず悔しい。もっと練習して、次はリベンジしたい」と演奏を振り返った。
デコトラに乗って、布袋寅泰さんとも共演した川崎昭仁さんは、趣味として40年間エレキギターを演奏してきたが、クラシックやオーケストラには馴染みがなかった中で挑戦したいと思った。「この音楽には答えや正解がない。いろんな障害を持つ人たちがそれぞれ工夫を凝らして音楽に取り組む姿を見てみたかった。そして、それができたことが楽しかった」とパラリンピックの仲間との再会を楽しんでいた。
キャロットyoshie.さんは、片手で演奏可能なドイツ製のライヤーハープを演奏した。「ハープの音色が好きだったが、大きくて高価で、私のように片手しか使えない人には演奏が難しい。このライヤーハープを見つけ練習を始めたら募集があって、すぐに応募しました。皆さんに音色を聞いてもらえて、本当に幸せです」と話してくれた。
プロのビオラ奏者、立木茂さんは、「通常の演奏家が楽譜や指示に従って演奏するのに対し、このイベントでは演奏者たちがリハーサルから第九をモチーフに自分たちで音楽を創り上げるプロセスに取り組んだ。音を出しながら、みんなが自己紹介をするように、一つの曲を作っていく過程は、非常に刺激的で、新しい発見や未知の体験がありました」と語った。
このイベントの背景には、2年前から構想を考えた栗栖さんの深い思いがあった。「皆さんの終わった後の表情を見て、本当に楽しそうでホッとした」と安堵の表情を浮かべた栗栖さんは、「蓮沼さんの音楽のスタイルが非常に寛容だった。どんな演奏スタイルの方でも、どんな音でもしっかりまとめてアンサンブルを仕上げられる。蓮沼さんの力が大きかった」と、大成功の要因を述べた。
蓮沼さんは、一人ひとりに合わせた「音楽の設計図」を作って、事前に演奏者に渡していた。各自それをもとに一人で練習してきたものをここで一つに合わせるという作戦だった。「僕が音楽の展開をすべて決めていました。それぞれの参加者のパーソナリティや演奏する楽器のバランスを考えながら、どうすれば第九を、訪れたお客さんに集中してもらえるか、入念に計画しました」と述べ、「最終的にはイメージ通りの演奏会になりました。当日になるまでどういう音楽が立ち上がるかわからなかったが、わからないことの楽しさを改めて感じられる一日になった」と振り返り、このプロジェクトの継続に意義があると語った。
観客として参加した篠田正博さんは、
「最後一緒に歌わせてもらえたのが良かった。ドイツ語の部分は、ラララなら誰でも歌えるという蓮沼さんのアイデアがよかった。昔、音楽の授業でドイツ語の歌詞を習ったことがあるから、歌詞があれば歌えると思う。ぜひ次はドイツ語で歌いたい!」と、さまざまな背景の演奏家たちと一つになれたこと、「音楽」「喜びの歌」がもつ、分裂していたものをふたたび結びつける力で一体になれたことを喜んだ。
この一日は、参加者それぞれの可能性を探求し、来場者と共に、新たな音楽を創り出す貴重な体験となった。
今後にむけて
栗栖さんは「”パラ”や”インクルーシブ”という冠がつかない場所で、障害のある人が普通に活躍する景色を見せたいという思いがあった。今回は本当に多様な人が、障害の有無にかかわらずフラットに参加していたと思います。そういうフラットさを目指しました」と話し、今後2030年までの6年間継続するという目標を掲げた。「毎回新たに募集するスタイルをとることで、オープンなプロジェクトにしたい」と栗栖さんは述べ、蓮沼さんも「音楽的な部分は想定内だったが、それ以外は驚きの連続だった。これからも瞬間、瞬間を大切にしていきたい」と語った。
「Earth∞Pieces」は、音楽の力で分断されていた世界を再び一つにし、障害の有無にかかわらず、誰もがフラットに参加し、演奏できる場を提供した。参加者一人ひとりが自分の奥にある音を探求し、共に新たな音楽を創り出すかけがえのない共有の一日となった。
(撮影:427FOTO 校正・地主光太郎)
※この記事はPARAPHOTOに掲載されたものです。