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ツアー会場から紅白へ〜桑田佳祐の“うた”が伝える「今こそ市井の人々の声を」

岡村詩野音楽評論家、音楽ライター、京都精華大学非常勤講師
東京ドームのステージで熱唱する桑田佳祐(2017年11月11日 写真:岸田哲平)

 年末ギリギリになって桑田佳祐が『紅白歌合戦』に出演することが発表された。ソロとしては第61回(2010年)に続く2度目の出演。既に『ひよっこ』の主題歌「若い広場」を披露することがアナウンスされている。しかも、出番は同じタイミングで出演決定が告知された安室奈美恵の次で、紅組トリの石川さゆりの前というクライマックス中のクライマックスだ(前回出演時もやはり石川さゆりの前だった)。

若かりし頃の自分の姿を背景に今のうたを堂々と歌う桑田佳祐(2017年11月11日 東京ドームにて 写真:岸田哲平)
若かりし頃の自分の姿を背景に今のうたを堂々と歌う桑田佳祐(2017年11月11日 東京ドームにて 写真:岸田哲平)

今年の紅白出場はツアー会場からの中継

 振り返ってみると、前回出演した7年前は、青山のビクタースタジオからの中継で、病との戦いの末に復活してきたタイミング。闘病を終えた後とあって少々痩せていたものの、復帰を自ら祝うかのように紋付袴姿で眼光鋭くカメラを見据えた桑田は、彼の主戦場が子供からお年寄りまでが共有しうる“うた”であることを改めて表明しているかのようだった。なんだかんだで毎年注目を集める『紅白歌合戦』……SNSなどインターネットが隆盛を極める今も、テレビというツールを決してないがしろにしない桑田の包容力がそこにあったのだ。

 しかし、今年が7年前と違うのは、大晦日のこの日、桑田は前日(30日)に続いて横浜アリーナのステージ立っているということだ。しかも、ツアー《桑田佳祐 LIVE TOUR 2017「がらくた」》のフィナーレの舞台。桑田自身カウントダウン・ライヴの『紅白歌合戦』での中継は3年前にサザンオールスターズとして出場した時に実現させているが、ソロでは今回がもちろん初めてのことになる。おまけに連続テレビ小説の主題歌として多くの人が親しんだ曲を歌うとあっては、否応なしに、桑田の“うた”に対するひたむきな姿勢を見せつけられるだろうことは想像に難くない。

 実際、筆者は11月11日に行われた《桑田佳祐 LIVE TOUR 2017「がらくた」》の東京ドーム公演で、桑田のそうした“うた”への意識の高さを痛感させられた。サザンオールスターズはもとより、桑田のライヴ・パフォーマンスはいつだって仕掛け満載でとても楽しい。ダンサーも登場する派手な演出、桑田自身のユーモラスで表情豊かな動き、ハイスペックな技術に裏打ちされた演奏…それらは観る者をたちまちのうちに釘付けにして離さない。MCでは親しいミュージシャンへの愛を込めたジョークも飛び出す。だが、一方で披露している曲のタイトルと歌詞が背後に大きく映し出されるスクリーンの前で、そこがドームとは思えぬほど目の前の一人一人に話しかけるがごとく歌う桑田。筆者が観た日も、どんなアレンジの曲だって歌詞の一言一言をメロディに寄り添わせるように丁寧に綴る様子に心を打たれた。サザンや桑田のステージにツアーのたび足を運ぶようになって久しいが、今回のソロ・ツアーはとりわけそうした“うた”を会場中とシェアすることに注力しているように思えたのである。

ライヴ会場の熱気が紅白ではそのままテレビへと届けられる(2017年11月11日 東京ドームにて 写真:岸田哲平)
ライヴ会場の熱気が紅白ではそのままテレビへと届けられる(2017年11月11日 東京ドームにて 写真:岸田哲平)

全員が一つになって声を重ね合う“うた”の力に重きを置いた今年のツアー

 もちろん、要所要所で速いBPM140以上のテンポの演奏を披露するなど、アンサンブルのスピード感を損なわないようつとめてはいる(「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」はBPM110前後)。だが、「恋人も濡れる街角」などではいつになくドゥー・ワップの要素を持ち込むなど、あくまで肉声でしっかり“うた”を聞かせようとする姿勢をどの曲でも全面に出しているのが印象的だった。そもそも桑田が影響を受けたであろうドゥー・ワップはアメリカのブラック・ミュージックのルーツの一つである合唱スタイルの音楽。一つのうたを多くの人と共有しようとする桑田の包容力は、彼自身の若い頃におけるそうした音楽との出会いに基づくものに違いない。桑田のヴォーカルがソウル、R&B、ゴスペルなどを下地とした肉厚でエモーショナルなスタイルであることも、そんな音楽原体験と無関係ではないだろう。

 それが、わかりやすく一つのカタチとして結実したのが今年2017年に発表された「若い広場」という曲だ。50年代~60年代の和製ポップスを感じさせるような一曲で、実際に「サン・トワ・マミー」「スタンド・バイ・ミー」といった曲を思い起こさせる、優れたオマージュとして評されることも少なくないが、一方で、60年代に最盛期を迎えた歌声喫茶で多くの若者たちが声を響かせてきたあの風景に、“うた”を共有することの理想を重ね合わせたような曲に思えてならない。『ひよっこ』の劇中には、主人公が工場の仲間たちと一緒にコーラスを歌う場面もあったが、桑田佳祐という“国民的ヴォーカリスト”の原点は、まさにあの時代の歌声喫茶やコーラス隊の一人のような“どこにでもいる一庶民”という低い目線にあるのではないだろうか。しかし、だからこそ、桑田の“うた”には説得力がある。俺のうた、ではなく、みんなのうたであるという意識(サザンにはまさに「みんなのうた」という曲もあるが)。「若い広場」には単なるドラマのタイアップ曲ではなく、「今こそ市井の人々の声を」といった桑田の本質とも言えるそんなテーゼがしっかり焼きつけられているのではないだろうか。ゆえに、お茶の間の象徴としてのテレビや『紅白歌合戦』への出演を桑田は大事にしているのではないかと思うのである。筆者が《桑田佳祐 LIVE TOUR 2017「がらくた」》で再確認したのは、桑田の持つ“うた”の訴求力は、まさに肩を寄せ合って声を合わせる、高度経済成長時代の日本に芽吹いたあの団結力を、今の時代にこそ有効とさせようとする働きかけを大いに孕んでいるということだ。

ライヴでも肩寄せ合い声合わせる…(2017年11月11日 東京ドームにて 写真:岸田哲平)
ライヴでも肩寄せ合い声合わせる…(2017年11月11日 東京ドームにて 写真:岸田哲平)

 筆者は一度だけ桑田に取材をしたことがある。まさに7年前の『紅白歌合戦』で披露した2曲「それ行けベイビー!!」「本当は怖い愛とロマンス」を含む『MUSICMAN』を発表した2011年だったが、その時、桑田はまた再び歌える日が来たことを心から感謝しているようだった。あの作品と比べると、「若い広場」を収録した今年のアルバム『がらくた』は、体のどこにも力が入っていない実にカジュアルなポップ作だ。自分の作品を“がらくた”と謙虚にうそぶく桑田の姿勢は、しかし、がらくたに思えるものこそが本当の宝物だった時代への圧倒的な敬意であり、結局そこにしか真理は訪れないことを見事に浮き彫りにした。大晦日、筆者は横浜アリーナではなく、自宅のテレビの前で、そんな桑田佳祐の“うた”を分かち合おうと思っている。

音楽評論家、音楽ライター、京都精華大学非常勤講師

1967年東京生まれ京都育ち。『MUSIC MAGAZINE』『VOGUE NIPPON』など多数のメディアに音楽についての記事を執筆。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、『オトトイの学校』内 音楽ライター講座講師。α-STATION(FM京都)『Imaginary Line』(毎週日曜日21時)のパーソナリティ。音楽サイト『TURN』エグゼクティヴ・プロデューサー。Helga Press主宰。京都市在住。

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