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そもそもなぜ人事や採用に「戦略」が必要なのか〜人事は穏やかなバックオフィスではなく競争のど真ん中〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
競争相手がいるから戦略が必要になる。(写真:CarteBlanche/イメージマート)

■なぜ人事や採用に「戦略」が必要なのか

「戦略」(Strategy:ストラテジー)とは、「将軍」を意味するギリシア語 stratēgos(ストラテゴス)に由来するもので、もともとは軍事上の用語です。その後、政治における国家戦略、成長戦略や企業における経営戦略、事業戦略など様々な領域の競争における作戦や方針の意味などで広く使われるようになっていきました。このように、基本的には戦略とは誰か競争相手を打ち負かすためのものです。何かに勝つために戦略というものは存在します。

さて、このような意味での「戦略」が、なぜ人事や採用という領域に必要なのでしょうか。

■組織は事業戦略を実現するためにある

第一の理由は、経営学者のアルフレッド・チャンドラーの「組織は戦略に従う」(Structure follows Strategy:この場合のStrategy(戦略)は事業戦略のことで、Structure(組織の構造:あり方)が組織と訳されている)ではありませんが、そもそも人事・採用の扱う対象である企業の組織というものが、その企業の行う事業戦略を実現するためのものであるからです。地域コミュニティや家族などの組織はその存在自体が目的ですが、企業における組織とは、それそのものが存在の目的ではなく、あくまでも社会に対してその企業が事業を通して何らかの価値を提供することを実現するための手段です。

優先順位は、一に事業、二に組織というわけです。つまり、事業に貢献してこその組織と言えます。企業が何らかの事業において、競合他社に勝つために、組織の面においても何らかの競争優位性を作る必要がある、つまり組織力でも差をつけて勝つことが必要だということです。シンプルに言えば、組織力とは、事業戦略の実行力です。企業が実現したいと考えている事業を実現するのに適した組織を作り上げる競争に勝つための作戦や方針が組織戦略です。人事・採用担当者は、競合他社の担当者達と、自社の事業に適した組織を作り上げる競争をしているのです。

■有限な人材の獲得競争をしなければならない

第二の理由は、組織を構成する重要な要素である人材が有限であるために、人材を確保するために、これまた様々な企業と競争をしなければならないということです。組織を構成する要素は人材以外にも組織構造(事業部制や機能別組織、階層等々)や人事システム(評価や報酬などの人事制度や異動や昇進・昇格の計画等々)などがありますが、これらは特に有限ではありません。他社がある組織戦略においてある組織構造を取ったり、ある人事制度を導入したりしても、その他の会社がマネをしてそれと同じことができないということはありません。つまり、組織構造や人事システムについての戦略は、長い期間にわたって他社に差をつける要素になるのはなかなか難しいと言えましょう。

ところが、人材という要素は違います。世界には現在70億人超の人類が存在していますが、莫大な人数とはいえ、有限です。そこに、自社が必要な人材要件を兼ね備える、もしくは将来兼ね備えることができるような可能性のある人材という条件で絞っていけば、実際には、かなりの限られた人材のみが自社にとって必要な人材として残ります。1990年代にマッキンゼー社が出した「ウォー・フォー・タレント」という書籍で予言されていたことですが、少子高齢化の続く日本においては既に採用や育成、リテンション(評価・報酬等の処遇やその他の会社の魅力付けによって優秀な人材が辞めないようにする諸施策)は、まさに「戦争(ウォー)」状態と言えるほど厳しいものになっており、必要な人材が獲得できないことによって、事業展開がままならずに、倒産の憂き目に遭うというような企業も増えてきました。

■平和に見える人事も厳しい競争の中にある

つまり、人事・採用担当者は、必要なタレント(才能、能力、パーソナリティ)を持つ人材の獲得競争にも巻き込まれているのです。獲得競争とは、単純にイメージすれば採用のことを指すように思えますが、それだけではありません。既に自社の事業を遂行するのに必要な要素を持っている人を採用するだけで、事業が必要とする要員を確保できる企業はほとんどありません。将来的にそういう求める人材になる可能性のある人を採用して、その人の丁寧な育成を施し、近い将来に求める人材になってもらう競争も重要ですし、今いる求める人材が他社に引き抜かれてしまわないように、彼らにとって魅力あるような組織を作る競争も重要です。これらの必要な人材にとって継続して所属するほど魅力ある組織にするためのこれらの施策は、育成や評価や報酬などを組み合わせて作っていくもので、人事機能全般に関連すると言ってよいと思います。

このように見ていけば、一見すると、平和で穏やかに見える人事の世界も、一皮むけば事業と同じ、あるいはそれ以上の(なぜなら、人材獲得競争は異業種も相手であるのです)厳しい競争にさらされている領域であるということがわかるでしょう。人事とは、一部のオペレーショナルな仕事は除けば、決められた作業を、淡々とやっていけばよいような仕事では全くありません。常に、他社がどんなことをやっており、それよりもさらに良い採用、良い組織づくりができるかどうかという競争にさらされており、相手を出し抜いて勝つためには「戦略」が必要であるということはある意味当然のことです。むしろ、それを分かっていない安穏とした人事では、将来が不安です。

以上のような背景で、近年「戦略人事」とか「人事戦略」の必要性が高まってきているのです。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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