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「頭髪の薄さ」が印象に与える影響とは?研究者からのメッセージ

市川衛医療の「翻訳家」
Kristin B et al. (2016)より

「見た目より中身が大切」という言葉、よく聞きますよね。本当だと信じたいところですが、実際はどうなんでしょう?

先月26日、この疑問について大マジメに調べた研究の結果が発表されたのでご紹介します。(JAMA Facial Plastic Surgery誌)

研究を行ったのは、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のグループです。

男性の脱毛症の多くを占めるAGA(男性ホルモンによる脱毛症)で頭髪が薄くなった人が「植毛術」を受けると、他人からの印象がどう変わるかを調べました。

植毛術…脱毛した場所に毛髪を移植する治療。自分の毛髪を使う「自家植毛」が主流。公的な医療保険は使えず全額自己負担となる

研究グループはまず、SNSを通じて122人の参加者を募集。そして、下のような写真を何枚か見るようお願いしました。

論文より。植毛前後の写真の一例
論文より。植毛前後の写真の一例

同一人物の写真ですが、左側は植毛術を受ける前で、右側は受けたあとです。参加者は左右の写真を見た後で、印象を聞くアンケートに答えるよう求められました。

その結果は、というと・・・

植毛術を受けた男性は、受ける前より3.6歳若く見え、より「魅力的」「成功していそう」「親しみやすい」印象になるというものでした。

論文より。植毛が印象に与える影響
論文より。植毛が印象に与える影響

「植毛をすると印象が変わる」とだけ聞くと、「まあ、当然かな?」という気もしてきますが、ポイントは「どのくらい変わるのか」まで調べたことだそうです。

わかりやすく表現すれば「100人を”魅力的に見えるか”で格付けしたとして、植毛を受ける前に50番目に格付けされた人が、30番前後にアップするくらいの効果がある」としています。

なんでこんな研究をしたの?

それにしても、なんでわざわざこんな調査をしたのでしょうか?

研究を行ったジョンズ・ホプキンス大学のLisa E. Ishii医師にメールで質問してみました。

Q)とってもユニークな研究ですね。研究を始めた動機は?

植毛はもはや一般的な治療行為になっています。

植毛をすれば、おそらく印象が良くなるだろうなとは想像できますが、どんな印象がどのくらい変わるのか?について具体的に調べた研究はありませんでした。

私たち治療者は、患者さんによく「植毛したら、どのくらい若く見えるだろうか」「どのくらい魅力的に見えるようになるかなあ?」などと聞かれます。その疑問に、根拠を持って答えたいと考えました。

Q)日本において、植毛は公的な医療保険の補助を受けることができません。そのため希望者の金銭的な負担は大きいものになります。そのお金を使うに値する効果が得られるでしょうか?

それは、個人個人にとって違うと思います。

今回の結果から、この治療によって「自分がどのくらい若く見られそうか?」「印象がどのように変わるか?」などのメリットについて具体的に知ることができるようになりました。

植毛を受ける際の金銭的・身体的負担がそれに見合うものかどうか、この情報を参考に、担当医と十分に話しあっていただければと思います。

Q)そもそも植毛手術について、安全性は確立されているのでしょうか?

植毛については、これまで安全性について多くの研究が行われていますし、もう数十年にわたって行われてきた実績があります。日本からも、多くの研究報告が出されています。

いらすとや
いらすとや

「ネガティブなイメージを変えよう」研究者からのメッセージ

研究チームは、調査に使った写真の数が少ないなど研究の限界も認めつつ、次のように述べています。

これまでの研究で、頭髪が薄くなると、実際に『魅力的でない』『成功していなさそう』と見られやすくなることが確かめられつつあります。これは社会生活を営むうえで不利だといえるでしょう。

今回、植毛によってこうした印象の変化は回復しうるものであると示せたことには、意義があると考えています

(論文より筆者まとめ)

今回、論文を読んで「ユニークな研究だな」と興味を抱いて研究者たちとやり取りしてみたわけですが、それを通じて感じることがありました。

頭髪が薄くなることは、ホルモンの量やストレス・加齢などにより、望むと望まざるとにかかわらず起きることです。わたし自身、自分の頭髪の将来については不安しかありません。

でも今回の結果によれば、私たちは無意識のうちに、頭髪の有無により相手の年齢や魅力、さらには成功していそうかどうかまで判断してしまう傾向があるようです。

だとすれば、社会的に不利益を生む身体的な特徴に対し、それを改善しようとすることは、恥ずかしいことでもなんでもないはずです。

その一方で(個人的な印象ですが)男性型脱毛症の当事者がカツラや植毛術を選択することに対し「恥ずかしい」「カッコ悪い」と揶揄するような空気がまだまだ存在することは、間違いない気がします。

今回のような研究をきっかけに、社会的な不利益を生むコンプレックスに対し、当事者が何らかの対策をとることを「当然」とする空気が、ほんの少しずつでも広がればと感じました。

なお、日本皮膚科学会による「男性型脱毛症の診療ガイドライン(2010年版)」では、植毛術(自家植毛)は「薬剤により十分な改善が得られない症例に対して、十分な技術と経験を有する医師が行うと良い」として推奨されています。

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参考文献

Perception of Hair Transplant for Androgenetic Alopecia Kristin L. Bater et al. JAMA Facial Plast Surg. (2016)

男性型脱毛症診療ガイドライン(2010 年版) 日本皮膚科学会

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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