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塾講師の言動に見る若者のモラルとマナー〜想像力と責任感について考える

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
(写真:アフロ)

授業以外の仕事が多く、実は“ブラック”だと言われる塾業界。企業側の問題も色々とありますが、そういう塾においては、講師やスタッフの問題も目につきます。塾業界でバイトをしようという大学生は、学歴が高い場合が多く、卒業後は大手企業に就職したり、弁護士や医師を目指す人も少なくありません。今まで関わった塾で実際に目の当たりにしたエピソードを元に、モラトリアムを塾業界で過ごす大学生や新卒生のいくつかの言動から、若者のモラルとマナーについて考えてみたいと思います。

◆言動に見える問題点

「正直、子ども嫌いなんですよね」これは今まで現場で最も多く聞いた問題発言の1つです。百歩譲って嫌いかどうかはおいておいて、仕事である以上、わざわざそういう発言をすること自体が塾にも生徒にも保護者にも失礼です。似た種類の発言で「できない(やらない)人の気持ちが全く分からないんですよね」なども、そもそも教えることを放棄しているように聞こえます。

また、生徒から講師になった理由を質問されて「時給が良かったから」「儲かるから」「カネのため」などと答える人もよく見かけます。ぶっちゃけている感じがウケたり、その場では盛り上がることもあるかも知れませんが、保護者はもちろん、生徒の信頼も下がっているように見えます。本当に教える実力と実績が伴っていたとしても、評価されるとは考えにくいです。

自分の価値観を押しつけるような話し方をする人も多く、スタッフや他講師に対してのあいづちが「うん」という講師もよく見かけます。生徒に対して「タメ口」でフレンドリーに接する方針の塾もありますが、行き過ぎる場合も多く、実際以前関わっていた塾では、生徒に「死ね」と言ったことが原因で退塾になり、言った本人もクビになるというケースがありました。塾業界に限ったことではありませんが、本当はどう思っているか、は関係ありません。口から出た言葉がすべてで、どう伝わるかは相手にゆだねざるを得ません。

◆なぜそういう言動になるのか

これらの言動の背景には、いくつかの理由が考えられます。まず第一に、「講師という立場が目線を高くしてしまっている」ということが挙げられます。威厳があった方が指導をしやすい、毅然とした態度で臨むべき、という意見も聞かれますが、そういった目的意識がなくとも、単純に指導をする立場であることに慣れていくと、その境界が拡大して相手を下に見るようになってしまう傾向があると考えられます。

次に「先に失敗した時の為の言い訳をしている」可能性があります。「実は子どもが嫌い」や「実はカネのため」と主張しておくことで、自分はこの仕事に対して本気ではない、情熱を持ってその仕事に携わっているわけではない、だから、これ以上の働きは出来ないし期待しないで欲しいというメッセージを感じます。アルバイトであれば尚更ですが、社員であってもそういうスタンスの人もいます。失敗して学ぶ経験になれば良いのですが、このようなスタンスだと、失敗を失敗と捉えずにスルーしてしまい、同じようなことを繰り返す蓋然性が高いと危惧されます。

これらの解決策としては、研修体制をしっかりすることや、人事の機能を再検討することなどが考えられますが、本質的な解決には至りません。上手く行っている塾ではリーダーシップを取っている講師の力量に無自覚に頼っている傾向があり、塾長やスタッフが変わると崩れてしまいがちです。(財)日本生産性本部の『「働くことの意識」調査』(2012年)によれば、この20年で新社会人の働く目的のうち「自分の能力をためす生き方をしたい」が最も割合を下げており、「楽しい生活をしたい」が最も割合を上げています。このデータからは、プライベートを重視し、職場で自分の能力を発揮することからは興味が薄れているのではないかとも読み取れます。つまり、傾向として欲求の方向が仕事に向いておらず、それによる「想像力」や「責任感」の欠如が問題なのではないかと考えられます。

◆想像力の欠如とモラリティ

挨拶をしない、聞かれたことに答えない、自分の主張ばかりする、約束を守らない、といった基本的なマナー違反も目立ちますが、「マナーだから守る」のではいちいちマニュアルが必要になってしまいます。その言動が、TPOに合っているかどうか、相手や関わる人がどのように感じるか、そういったことを想像する力があれば、不適切な言動によって場を乱したり、誰かを傷つけたり、信頼を失ったりすることは防ぐことができます。

一概には言えませんが、塾業界では偏差値という価値観が未だ根強く残っています。「想像力」や「教養」などもキーワードとしては出てくるものの、具体的に重視されることはあまりありません。講師の評価も、採用の時点では、出身大学や理系文か系かで決まることが多く、指導力や倫理観などは二の次にされてしまいます。そういった現場は、教育業界に限らず至る所にあるのではないかと思います。

よく「自分がされて嫌なことはするな」という指導を耳にしますが、自分がされてどうかではなく、相手がどう感じているのかを想像することが重要です。そういった「人の気持ちに対するリテラシー」を身につけることで解決する問題は多いと考えられます。そして、そういう向上心を持つためには、「楽しく生活する」ためにも、想像力や責任感が大切だという実感を得る必要があるのだと思います。家庭や義務教育の場でそういう体験を作ることが出来ればよいのですが、塾や企業も積極的にそのような場作りをする必要があるのではないでしょうか。(矢萩邦彦/studio AFTERMODE)

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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