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「南北オンライン首脳会談も」..‘南北通信チャネル復元’報道の読み方

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
最後の南北首脳会談となった18年9月の会談。写真は共同取材団。

2019年下半期から急激に悪化し、今や「何も無い状態」と自嘲気味に語られる南北関係が、約2年ぶりに反転するきっかけを掴んだようだ。27日、突如飛び込んできた「南北通信線復元」の裏側を整理した。

●3本の通信線が復元

「通話の品質はどうですか?」

「良好です。そちらはどうですか?」

「良いです」

68年前に朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた7月27日午前10時、西海(黄海)の南北軍当局を結ぶ通信線で、担当兵士の間に交わされた対話だ。

昨年6月に北朝鮮側が韓国の市民団体による北朝鮮向けビラ散布に抗議し連絡を閉ざして以来、約13か月ぶりの通話だった。

それから1時間後の午前11時、青瓦台(大統領府)は「南北はその間断絶していた南北間の通信連絡線を復元することにした」という「重大発表」を行った。

そして「(南北)両首脳は南北の間に一日も早く相互の信頼を回復し、関係を再び進めていくことに対しても意を同じくした」と明かした。

なお、この日復元した通信線は西海(黄海)、東海(日本海)の南北軍当局を結ぶ2本(東側はまだ復旧作業中)と、韓国の統一部と北朝鮮の祖国平和統一委員会間にある南北連絡事務所ホットラインだ。

後者については昨年6月に北朝鮮・開城市にあった南北共同連絡事務所が爆破されたためその存在が危ぶまれていた。

だが実際には昨年1月30日に新型コロナの拡散により韓国側職員が同連絡事務所から撤退した際、ソウル市内の政府中央庁舎に移されていた。いずれにせよ、ソウルと北朝鮮で再び電話がつながったということだ。

●南北首脳が「信頼回復」で合意

このニュースは緊急速報として韓国で大きく報道された。

だが、日本の皆さんは、これがどんな意味を持つものなのかイマイチ分かりづらいと思う。対話の気運が高まってはポシャるという過程がまた始まるのかと、‘デジャビュ’を感じた方もいるかもしれない。

結論から言うと、南北通信線の復元は2019年下半期以降ストップしていた朝鮮半島の時計が再び動き出す「シグナル」と見て良い。長いトンネルを抜けたということだ。

青瓦台は前出の会見で、「南北両首脳は去る4月から幾度も親書を交換しながら、南北間の関係回復について疎通をしてきた」と背景を明かした。

これは表向き凪いでいた南北関係が、裏では動いていたことを意味する。韓国メディアによると、統一部の関係者は27日、この過程で「早急な関係の復元と信頼の回復が必要であると意見を同じくした」と説明した。

そもそも、韓国の文大統領は南北関係の改善、そして‘韓半島平和プロセス’、つまり今なお休戦状態が続く朝鮮半島を平和体制へと転換させることに並々ならぬ決意を見せていた。

今年1月の新年辞では「政府はバイデン政府の発足に併せ、米韓同盟を強化する一方、止まっている米朝対話と南北対話で大転換を成し遂げられるよう、最後の努力を果たす」と言及した。

また、今年5月10日の就任4周年演説では、「残る任期1年を、未完の平和から不可逆的な平和に進む最後の機会と受け止める」としていた。

●「対話への転換」と専門家は評価

専門家はどう見ているのか。

27日、筆者の電話インタビューに「一つのプロセスの結果として大きな流れの中で捉えるべき。対話の門が開いた」と主張したのは、国策シンクタンク『統一研究院』の趙漢凡(チョ・ハンボム)選任研究員だ。

趙研究員は今月7日、同研究院で「北朝鮮の‘危機の兆候’と韓半島平和プロセス入口戦略」というペーパーを出すなど、韓国で広く知られた専門家だ。

同氏が言う「プロセス」の中心には、今年5月21日に行われた米韓首脳会談がある。

会談では米韓首脳が「鉄のような同盟」と、「朝鮮半島をはるかに超える韓米関係の重要性」を再確認したが、韓国側では特にバイデン大統領が「南北対話と関与、協力に対する支持を表明した」点を喜んだ。

そして6月9日、2000年に初の南北首脳会談を成就させた立役者の一人、朴智元(パク・チウォン)国家情報院長は、「米韓首脳会談を前後し、南北間で意味のある疎通が行われた」と国会に報告していた。

6月17日には北朝鮮の金正恩総書記が、朝鮮労働党中央委員会第8期第3次全員会議で「平和的な環境と国家の安全をしっかりと担保するためには、対話にも対決にも準備ができていなければならない」と述べていた。

こうした一連の流れを踏まえ、趙研究員は今回の決定を「その間の膠着状態を抜けだし、南北米すべてが『一度対話をしよう』という方向に舵を切ったとみるべき」と評価した。

※南北連絡事務所間での通話を知らせる統一部のツイート。

●背景に北朝鮮の「限界」?

ここで一つ注記しておかなければならないのは、韓国と違って複雑な北朝鮮側の思惑だ。

前出の趙研究員は「北朝鮮は絶望的な状況」と表現し、これを打開するために金正恩氏が対話に舵を切ったと見ている。

昨年1月以降、今日まで「コロナフォビア」とも表現される程の強い国境封鎖措置を取り続けている北朝鮮では、中国からの物資の供給が途絶え物資の不足ばかりでなく、農業にも影響が出るなど、ひどい経済難が伝えられている。

同様の指摘は北朝鮮内部に独自の情報網を持つ、韓国のデイリーNKや日本のアジアプレス、米政府系のRFAなどから出ている。食糧難の中、金正恩氏は軍糧米を配るよう特別命令を出したが、その量が圧倒的に足らないという報道もある。

だが韓国メディアでは依然として、北朝鮮経済の実態に多く触れていない。朝鮮日報やハンギョレなどの左右の主要紙いずれも独自の北朝鮮網を持たず(あっても弱い)、最も情報を持つ国家機関・国家情報院の情報はブラックボックスで、外から確認できない。

趙研究員は北朝鮮を「複合的な危機」と表現する。金正恩氏みずから前出の全員会議で「食糧事情が緊張している」と述べたことなども合わせ、こう説明する。

“全般的な内容を考慮する時、現在の北朝鮮は経済制裁の長期化、新型コロナウイルスによる国家封鎖レベルの孤立、そして昨年の水害の余波による深刻な経済危機および食糧不足事態と思想的な弛緩に直面していると推定できる”

※統一研究院ペーパー「北朝鮮の‘危機の兆候’と韓半島平和プロセス入口戦略」より引用。

なお、思想的な弛緩とは「反社会主義・非社会主義」の風潮が北朝鮮国内に入り込むことだ。

北朝鮮は昨年12月に「反動思想文化排撃法」を制定し、違反時には最高で死刑まであるとした。言葉使いや服装なども細かく規定されるなど、外国、特に韓国の風潮に警戒を強めている。

●「南北オンライン首脳会談」の可能性

「以前のように歓呼する様子ではなく、薄氷の上に居続けるような雰囲気が続いている」

南北通信線の復元が伝えられた27日、韓国政府の動きを幅広く知る中堅幹部は筆者の書面インタビューにこう返信してきた。

確かに、これまでつながっていなかった通信線がつながっただけで、今後の問題は山積している。

韓国メディアは統一部関係者がこの日、「対話の通路が再開したため、爆破事案など南北の事案について今後議論できるだろう」と明かしたと報じた。

韓国側に莫大な被害が出た昨年6月の南北共同連絡事務所爆破事件について、北朝鮮側がどう責任を取るのかは全く分からない。当時のショックは大きかったため、韓国世論はこの点での譲歩を認めないだろう。

しかし、前出の趙研究員は「南北オンライン首脳会談が開かれるはずだ」と今後を希望的に見通す。

さらに、「それを機に米国が実務交渉に乗り出し、最終的に米朝がスモールディール(小さな取引)で早期合意に至るシナリオが理想的」と説明した。

これは2019年2月の米朝ハノイ首脳会談の決裂時に時計の針を戻す戦略で、非公認ではあるが、筆者が様々なシンポジウムで確認した韓国政府の公式な立場でもある。

つまり、▲北朝鮮−寧辺核施設の廃棄プラスアルファ(核プログラムの凍結など)、▲米国−終戦宣言、米朝連絡事務所、制裁一部解除、▲韓国−南北経済交流再開などを、それぞれ「交換」する方式だ。

だが、当時と異なり今は新型コロナウイルスの拡散という問題があるため、接触と交渉は簡単でないとの見方も根強い。青瓦台側は27日、特使派遣について「コロナのため限界がある」と韓国メディアに明かしている。

趙研究員も上記のシナリオは理想的なものとし、このまま膠着状態が続く可能性を念頭においていた。さらに、「米国が依然としてどんなカードを切るのか分からない。カギはあくまで米朝」と見立てた。

また、前出の中堅幹部も「北朝鮮はワクチンを求めてくるだろうが、韓国にも足りない中、青瓦台も無理できないはずだ。制裁に触れない範囲での観光再開もコロナで難しい」と、北朝鮮側への見返りに苦慮する真情を吐露していた。

青瓦台はやはり27日午後、「対面またはオンラインでの南北首脳会談を北朝鮮側と論議したことはない」と明かしている。

●争点は米韓合同軍事演習の規模

ここまで見てきたように、現状はあくまで「南北間に途絶えていた通信線が復元した」ということに過ぎないものの、南北関係が断絶していた約2年を取り返したい溢れんばかりの思いが韓国側には存在する。

南北米の間でその間どんなすり合わせが行われてきたのか、遠からず明らかになるだろう。北朝鮮の内部事情を含め見えないものは多いが、長い膠着状態を脱するきっかけを南北朝鮮が掴んだことは評価すべきだ。

だがすぐ先に難題もある。8月16日に予定されている米韓合同軍事演習をどうするかがそれだ。

国防部は詳細について「何も確定していない」と煙に巻くが、筆者の取材では「北朝鮮の批判を躱せる範囲の最小限にとどめる」という見方が多かった。中止の可能性はほぼ無いだろう。

一方、日本では再び「南北が意味のない接触を性懲りもなく繰り返している」という批判が出るかもしれない。しかし、どんな南北の接触にも意味がある。その意味を知らずに無条件に批判することだけは避けるべきだ。続報を伝えていきたい。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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