台風の脅威:避難所での睡眠・メンタル対策とその準備
避難所生活は安全と体調、清潔維持が優先
「過去最強級」の台風10号が九州地方に接近している。今年は太平洋上の海水温が高く、破壊力をもつ台風が頻繁に襲来する可能性が高いという。温暖化による台風や集中豪雨の被害は確実に増加かつ甚大化しており、日本に住む誰しもが、避難所生活のリスクを持っている。
今回は短期の避難所生活を想定して、個人レベルでできる避難所に関する準備について、メンタルケアや睡眠の点から考えてみたい。
避難所では、危険が迫り来るなかで、混み合った場所での滞在を強いられる。食事や水にも不自由し、入浴や洗顔なども満足に行えず、他人の息が聞こえる中で、固い床の上に布団をひいて寝ることになる。短期であっても、どんな人にとっても過酷な状況である。
避難所経験は、喪失体験でもある。日常生活が急激に断ち切られ、自宅がどうなっているかという心配がつきまとう。家族、友人、同僚、ペットとも、分離されてしまう。家族写真など、かけがえのない思い出の物品が失われているかもしれない。
こういった喪失を、日常のありふれたものでわずかでも埋め合わせるのも、メンタル対策のベースとなる。バカにされるかもしれないが、たとえば非常食も、災害に特化したものに、自分の食べ慣れたポテトチップスなど乾き物などを少しだけ入れておけば、喪失体験を少しは和らげることができるかもしれない。
実際の避難所経験者から聞いたことだが、清潔の維持がメンタルに大きく影響する。衛生・美容面で清潔を維持することは、病気の予防だけでなく、日中の活動や食事、睡眠に至る重要な問題である。みだしなみがきちんとできなくなると、特に女性は、人前に出たくなくなるなど活動性が低下し、人と会いたくなくなるなどつながりが疎くなってきてしまう。異性の好感度でたまに使われる清潔感は、人間社会にとってやはり大切なのである。
ウェットティッシュやおしりふきシートなどの清拭布は、メンタル対策に関係ないと思われそうだが、間接的に効いてくるグッズだと思う。ウェットティッシュがなければ、ただのティッシュでも少し濡らせばウェットティッシュほどの耐久性はないが、かわりにはなる。
有料化されて注目を浴びているレジ袋も、汚物の仕分けなどで役立つ。頻尿の人にとっては、一時的なトイレ機能も果たすので、やはりレジ袋は多めに保管しておいたほうがよい。
こういった準備があるほどよいのだが、現実には100%の準備などありえない。「あれを準備しておけばよかった」と後悔するよりも、完全な準備はないと受けとめ、今とこれからをどうするかを考えるほうがいい。
睡眠、生活リズムでの注意点
国立精神・医療研究センターが、避難所における不眠対策をまとめている。災害時に眠れなくなるのは人間の本能であるから心配ないとして、以下のようなポイントを挙げている。
・自分のペースで休む
・日中は太陽の光を浴びて活動する
・昼間にウトウトしてもよい
・寝つけないときは、「今は体が眠りを求めていない」と考えて、横になって休む
・子どもには添い寝をして、なるべく災害の話はしない
この指針に追加するとすれば、以下のような小物の準備だろう。避難所の雑音と明るさも、睡眠にとってボディブローのように影響を与える。
・雑音を遮断する
耳栓があればいいが、なければティッシュを捩って耳に入れる
・光を遮断する
アイマスク。なければ薄手のハンカチ・バンダナ様のものやタオル
さすがに愛用の枕やマットレスを持っていくわけにはいかないので、できる範囲での準備をおすすめする。高温多湿とはいえ、避難施設では空調も乏しく、しかもこれからは朝晩の寒暖差が大きくなる。清潔維持や寒さをしのげるタオルは用途も広いので、何本かは準備しておきたい。
避難所のような過酷な就寝環境を実験室で再現した実験では、当然ながら中途覚醒が増加し睡眠が分断され、感情調節に必要なREM睡眠が短くなったという結果も報告されている(Ogata H. et al. Int J Environ Res Public Health. 2020)。自宅のような睡眠は不可能でも、日中のエネルギーや判断力などを保つためにも、1日の3分の1に相当する睡眠に対する適切な対処は知っておきたい。
こころのセルフケア
厚生労働省によるメンタルケアの手引き(被災地での健康を守るために)もあるが、新潟青陵大学大学院の碓井真史先生による「より良い避難所のために・災害弱者を守るために:避難所ストレスの今とこれから、そして対処法:熊本地震」の記事も読みやすく、実際の経験も語られており参考になる。
当たり前のことだが、体調が悪いとメンタルは安定しない。特に台風のときは、高温多湿・気圧の低下と体調悪化の気象要因が揃っている。体調不良と感じたときには、無理せず活動を控える、医療看護スタッフがいれば相談することも心がけたい。
基本的な対応は、洋の東西を問わず基本は変わらない。
・家族ないし親しい人といっしょにいる
・共感できる人と話す機会も持つ
・自分の責任であると背負い込みすぎない
・自分の居場所を清潔に保つ
・避難所での作業や運営に参画する
・専門技能を持っていれば、それを活かす
・子どものための遊び場所を作る
・お互いの避難話に耳を傾け合う
・利用できるようであれば、災害ストレスをケアできる専門家のカウンセリングサービスを受ける
人とのつながりが強調されるが、なかには必要以上に人との接触を好まず、一人の時間を好む人もいるかもしれない。それも、個人の特性だと思う。そういう人は、他人に迷惑をかけず時間を過ごすために、音楽や動画などを楽しむイヤホン、Bluetoothイヤホンを忘れないほうがいいだろう。充電機器について書き忘れていたが、充電器だけでなく電源タップも持参すれば、自身の得になるだけでなく、電源をほかの人に供与できる助け合い、「共助」が可能となる(電源タップも使用する人が増えてしまうと、ブレーカーなど問題が生じてくる)。
不安なときは、ついスマホで情報を追い求め過ぎてしまい、さらに充電が心配になる悪循環に陥りがちになると思う。あるいは、訳もなく悲しくなる、胸が重苦しくなるといったこともあるかもしれない。
先ほどのアイマスクがあれば目に当てて、5分でいいので外界を遮断するだけでも、リラックスとまではいかないが興奮を冷ましてくれる効果はある。吐く時間を長めに取る深呼吸を5〜10回行ってみるのもよい。呼吸は、自力でできる唯一の自律神経の調整法である。
避難所を人間的なものに改善させなければならない
温暖化が進み、台風・豪雨災害は今後も増加することが予想される。首都圏では、大地震の可能性も高い。まして今年は、新型コロナウィルスによって、これまでの体育館でのすし詰め避難が、機能的限界を迎えている。
「自助」「共助」はもちろん重要なのだが、避難の「公助」のあり方も、変えていく必要があるのではないか。予算面で厳しいのは承知のうえだが、衛生面からみても、もっとプライベートスペースを保てる、人間らしい避難所が日本に準備されていないのは、さみしい限りである。
避難所環境は、自助や共助では限界がある。科学技術の面からも、災害用の寝具などはビジネスチャンスがあるのではないか。
古い記事だが、アメリカでのSleep Boxはじめ、諸外国では快適とまでは言えないが、避難環境の改善も諮られてきているようだ。既にわが国はじめ世界でも研究は進んでいるとは思うが、災害は今後の日本にとって避けることのできない自然事象であり、官民による避難所環境の改善が強く求められる。