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魂の抜けたタイガー・ウッズ

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
全米オープンで惨憺たるゴルフに沈み、予選落ちしたタイガー・ウッズ(写真/平岡純)

【辛辣だが、的を射ている?】

全米オープンに出場したタイガー・ウッズが初日に「80」、2日目に「76」を叩き、最下位から4番目という惨憺たる成績で予選落ちした夜、ウッズの元コーチだったブッチ・ハーモンが発した言葉が秘かなる話題を呼んでいる。

「タイガーは魂を失っている」

さらにハーモンは自身の息子の言葉まで引用して、こうも言った。

「ウインブルドンに出たロジャー・フェデラーが球を打ってもネットを越せないようなものだ」

辛辣な表現。いや、失礼な表現でもある。だが、それは多くの人々が感じていることを上手に代弁している形になっているからこそ、ハーモンの言葉は瞬く間に広まっていった。

【藁をも掴む思い】

今年の全米オープンの舞台、チェンバーズベイは2007年開場と新しく、これまでメジャー大会などプロのビッグ大会が開催されたことはない。だが、メジャーの舞台となるために設計された難コースであり、そこで選手たちが苦しむのは、ある意味、当然の成り行きだ。

しかし、初日から上位選手たちは3つ、4つとスコアを伸ばし、首位は5アンダー、65をマークした。勝利への渇望に溢れるかつてのウッズなら、その上位陣に間違いなく食い込んでいた。

だが、初日は驚くなかれ「80」の大叩き。ラフにつかまり、バンカーにつかまり、3パットを喫し、揚句の果てには「チェンバーズベイの地下室」と呼ばれる18番のフェアウエイ途上にある巨大なバンカーにもつかまった。

そんな“大事件”を起こしたら、かつてのウッズなら無言でコースを去っていった。だが、この日、疲労困憊した表情ながら、それでもインタビューエリアにやってきて、メディアに対応したところが、最近のウッズならではの大きな変化だった。

そして、さらに大きな変化は、かつてなら決して公けの場で口にしなかった元コーチたちの名前に言及したこと。昨秋から取り組み始めた現コーチ、クリス・コモとのスイングチェンジについて尋ねられたウッズは、こう答えた。

「ハンク(ハンク・ヘイニー)からショーン(ショーン・フォーリー)へ、コーチを変えたときと同じこと。いや、もっとビッグなスイングチェンジをしたのは、ブッチ(ブッチ・ハーモン)からハンクへ変えたときだった」

コーチを変え、そのコーチのスイング理論に従ってスイングチェンジに取り組めば、それは必ず時間を要する作業になる。だから、今、コモと取り組んでいるスイングチェンジにも時間がかかる。ウッズは、そう言おうとしていた。

だが、チェンバーズベイの2日間、ウッズのゴルフと彼の姿を見てしまったら、そうした言葉は単なるエクスキューズにしか聞こえない。いや、エクスキューズというよりも、自分自身を慰め、どうにか苦境を乗り切るために必死に掴もうとしている藁(ワラ)にさえ聞こえる。

その藁の中で、自分の名前がウッズ本人から言及されたこそ、ウッズに対するコメントを今年2月から控えてきたハーモンが、ついに公けの場で口を開いたのだろう。

【ガリレオと同じ?】

今年2月、フェニックスオープン2日目に「82」を叩いて予選落ちを喫し、続くファーマーズ・インシュアランス・オープンは初日に棄権。

マスターズでは、昨年7月の全英オープン以来、初めて4日間をプレーしたことが話題になったほどで、どうにか17位という「マシ」な数字を得たものの、「第5のメジャー」プレーヤーズ選手権では69位に沈んだ。

そして2週間前のメモリアル・トーナメントでは、3日目に自己ワーストの「85」を叩き、最下位へ。

「タイガーは心身が戦える状態になるまで、試合に戻ってこないほうがいい」と、ハーモンは声を大にする。

ウッズが「スイングコーチではなく、スイング・コンサルタントだ」と呼ぶクリス・コモは、バイオメカニクスなる学問の見地からゴルフスイングを研究してきた学者だ。

その学者と取り組むスイング改造そのものに対して、ハーモンは首を傾げている。

「バイオメカニクスって何だ?私にはさっぱりわからない」

足がすくむほどの高い高い飛び込み台から眼下のプールへ飛び下りながら空中でスイングをする不思議なトレーニング。つい最近は、巨大な段ボール箱の中で飛んだり跳ねたりする「ボックス・ジャンプ」なるトレーニングに精を出すウッズの写真がウエブ上で公開されたばかりだった。

バイオメカニクスはゴルフの世界では確かにその実態が知られていない。不思議なトレーニング方法が公開されるたびに、そしてその直後にウッズが大叩きをするたびに、バイオメカニクスもコモも、何よりウッズが、嘲笑や同情にも似た視線を向けられていく。

それが、はるか昔、ガリレオに向けられた視線と同じことになるのだろうか。後々、人々がガリレオに感服の視線を向けたように、後々、人々はバイオメカニクスにもコモにもウッズにも、感服の視線を向ける日が来るのだろうか。

今のところ、その日は、到来しそうにない。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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