Yahoo!ニュース

10年前の異次元緩和に関する議論

久保田博幸金融アナリスト

日銀の金融政策決定会合議事録等(2003年1月~6月開催分)が公開された。2003年3月25日に開催された臨時の金融政策決定会合では、インフレターゲットに関する意見のやり取りがあった。

量的緩和策のなかでの、透明性向上と流動性強化の波及メカニズムに関する議論のなかで、まず福間委員からはリスクマネージメントなしにバランスシートを膨張させることは私企業では考えられないし、中央銀行としても考えられないとの指摘があった。また、インフレターゲットは、リスク・マネージメントとは完全に相反するわけで、両者の整合性を取りながらやっていかなければならないとの指摘があった。黒田日銀の異次元緩和によるバランスシート膨張には、果たしてリスク・マネージメントはどれだけ存在しているのか。

福間委員はイグジット・ポリシーについても言及し、将来、今の量的緩和を脱する時に、幸いにも経済が良くなったという時に、非常に矛盾に満ちた政策をとらざるを得ない。我々の持っている資産を値下がりさせるような手段を取らなくてはならないと指摘している。

「このイグジット・ポリシーは今直ちに考える必要はないが、頭の片隅に置いてやっていかねばならない」と言及している。これはそのまま現在の黒田日銀に向けられた発言とも言えるべきものである。参考までに当時の量的緩和策は福井総裁が国債買入の増額は行わなかったこともあり、当座預金の残高引き下げだけであれば比較的簡単に行えたのである。このあたり福井総裁は出口のことをかなり意識していたことは確かであろう。

中原委員は、量的緩和の副作用として、短期市場の流動性が偏在してすること、それが中長期のマーケットにも波及していることを指摘。相場観が一方的でボラティリティが非常に低下していることについても触れている。これがVaRショックと呼ばれる、数か月後の債券の急落を招くことになった。そして市場では「デフレというのは単なる貨幣的な現象ではなく、グローバルな供給過剰とかその他色々な要因が複雑に絡みあっているものであり、マネタリーな分野だけでの対応で、デフレ脱却はできない」という認識が生まれているとしている。現在も債券市場関係を中心に、同様の考え方を抱いている人は多いはずである。

須田委員は、企業、家計部門にとりマクロ的に見た支出の制約要因は流動性ではなくて、マネタリーベース供給が貸出等へ拡張的に作用しにくい点を指摘、ベースマネーが増えれば、マネーサプライは増加し、やがてデフレは止まる、という単純な貨幣数量説に基づいて、人々はインフレ予想を形成しているわけではないという当たり前のことが確認されたとしている。

この当たり前のことは10年経過すると、当たり前ではなくなったのであろうか。日銀総裁が黒田総裁に代わってからは、このような当たり前の意見が審議委員からはほとんど聞けなくなっている。考え方が変わったというより、すでに10年前にその効果が疑問視されていたことを、黒田日銀は異次元緩和と称して行っているだけであると言える。

ただし、田谷委員はマネタリーベースと為替相場の関係が経験的にも全くないとまでは言い切れないと指摘しており、同様の発想というか思惑により、からアベノミクスによる円安が生まれたことが考えられる。

植田委員からは、「量について、これまで効果は小さいが、もっとやれば効くのではないかという議論は絶対負けない議論だと思うが、ある種、負け惜しみという感じもしないでもない」との発言もあった。的を射た表現と思う。

これらの意見に対して、岩田副総裁はインフレターゲットというかダイナミックターゲットを導入すべきとの主張であり、波及メカニズムについては根幹は実質金利だと指摘している。このあたり、黒田総裁の主張に近い。さらに出口政策に関しては、物価連動債のようなものをいつでも国債に取り替えるというような政策も提案していた。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

牛さん熊さんの本日の債券

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月20回程度(不定期)

「牛さん熊さんの本日の債券」では毎営業日の朝と引け後に、当日の債券市場を中心とした金融市場の動きを牛さんと熊さんの会話形式にてお伝えします。昼には金融に絡んだコラムも配信します。国債を中心とした債券のこと、日銀の動きなど、市場関係者のみならず、個人投資家の方、金融に関心ある一般の方からも、さらっと読めてしっかりわかるとの評判をいただいております。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

久保田博幸の最近の記事