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釣り人のゴミ見て見ぬ振りできず 年間1万個のルアーを回収し、補修しリサイクル販売するダイバーの挑戦

鈴木利岳写真・映像作家

釣り糸やルアーが海底の岩などに引っかかったまま放置される「根がかり」は、海の生態系への悪影響が指摘されながらも、これまでほとんど対策が取られてこなかった。静岡県焼津市で、海中から回収したルアーをリメイクして販売しているのが「マリンスイーパー(海中清掃人)」の土井祐太さん(29)だ。コロナ禍でのアウトドアブームの影響で釣りを始める人が増え、根がかりによる環境への負荷もまた大きくなっている。「誰かが取り組まないといけないことはハッキリしている」と語る土井さんは、新しい循環型の釣りサイクルを模索し、釣りの持続可能性を高めようと奮闘を続けている。
●「マリンスイーパー(海中清掃人)」を設立
2022年8月、焼津市の海でダイビングを終えた土井さんが右手に持っていた袋には、釣り人が海中に残したルアーと釣り糸が入っていた。この日は約30分の潜水で60個ほどのルアーを回収した。土井さんは海中ごみの問題に取り組むため、サラリーマンを辞めて2021年6月に「マリンスイーパー(海中清掃人)」を設立。回収したルアーをリメイクして、販売している。

学生時代からスキューバダイビングと釣りを趣味として楽しんでいた。だが、美しい海の中は釣り人が残したルアーや釣り糸であふれ、たくさんの魚やカニがひっかかって死んでいる。こんな現実に心を痛めていた。調べてみると、プラスチック製のルアーは水中で自然分解するのに400年、釣り糸は600年もの時間がかかることがわかった。

もはや見て見ぬふりはできなくなり、4年前から休日にルアーや釣り糸の回収を始めた。1年目は3000〜5000個のルアーを回収したが、半分以上はボロボロの状態。リメイクしたくても必要なノウハウやスキルがなく、部屋の片隅にためておくことしかできなかった。

●回収したルアーをリメイクし販売を開始
そんな時に出会ったのが、大手釣具メーカーで20年以上ルアーの企画・開発をしていた佐々木一樹さん(41)だ。いまは静岡県内でルアーの企画販売などをする「YOSHINAGA BASE」を営む佐々木さんは、「どこかしらで活動を収益化して回っていくサイクルにしないと、ボランティアでは続かない」と話す。佐々木さんからルアーのリメイク方法を教わり、販売して収益を上げようとした土井さんだが、当初は多くの問題に直面した。

回収したルアーは、1つひとつ形や種類が違う。大手メーカーが大量生産したルアーを手作業でリメイクしていくには相当な労力が必要だった。リメイクルアーの試作品ができるまで、3カ月間の試行錯誤を要した。

いまでは年に約10000個のルアーを回収。400個ほど集まると、リメイクを始める。まずは回収したルアーと釣り糸を分離させる作業に8時間。1つ1つ手作業で行い、全工程の中で1番大変な作業と土井さんは言う。次に表面のコーティングを落とす作業に約6時間。その次に、新しく塗装し直す為の下準備に2週間前後、最終的に塗装に2日、目玉をつける作業に1日かけて完成する。

リメイクしたルアーを売るにあたっては、海中に取り残されたルアーや釣り糸の所有権が誰にあるのかが問題となった。行政などとの折衝で法的な問題をクリアするのに時間がかかり、販売開始にこぎつけたのは試作品の完成から半年ほどがたっていた。

大手釣具メーカー出身の佐々木さんは、土井さんの試みをこう評価する。

「(リメイクは)普通に作るよりも難しい。メーカーは同じ形の同じものを大量に作る。拾ってくるものは大きさも違えば重さも違うし、状態もさまざま。メーカーは、とにかく商品化して売れの精神。おびただしい数のルアーがフィールドに散っていく。作る側からしてもどこに消えているのか気になりつつも、あまりそこには触れない。本来メーカーが意識して取り組まなければいけない問題を、土井さんは身ひとつで取り組んでいる。今までやろうと思ってはいたが、枠(企業)の中ではできなかった」

佐々木さんはちょうどメーカーを辞めたタイミングで土井さんに出会い、贖罪(しょくざい)の意識とともに、単純に面白そうだから協力しているのだという。

●会社を辞め、夜勤で生活を繋ぎ止める
「誰かが取り組まないといけないことはハッキリしている。海をきれいにしたい」。こう覚悟を決めた土井さんは、中小企業向けのITコンサルタントとして働いていた会社を辞め、海中清掃活動に専念した。販売開始当初は思ったほど売れず、貯金を切り崩しての生活が続いた。やがて貯金は底を付き、生活のために夜勤の仕事を始めた。

2021年9月から半年ほど、日中は海に潜ってルアーを回収してリメイク、日が暮れると夜勤という生活を続けた。22年1月からは、テレビやラジオなどに出演したり特集が組まれたりしてメディアへの露出が増えた。ただ、取材対応に時間を取られ、売り上げは逆に低下した。

ルアー販売が少しずつ黒字に転換してきたのは3月ごろからだ。それでも月収は5万〜15万円ほどで、休みはほぼ無い。覚悟は決めていたが現実は厳しい。「30歳までに軌道に乗せられなければキッパリやめよう」と決め、夜間は、トラックの運行管理の夜間点呼と呼ばれる仕事でなんとか経済的に厳しい生活を繋ぎ止める。


かつて
パプアニューギニアでスキューバダイビングのインストラクターをしていた山口高宏(31)さんは、SNSで土井さんと知り合い、2021年7月から活動をサポート。いまは土井さんと定期的に海中清掃をしている。

「パプアニューギニアでも海中ごみの問題は深刻だった。美しいサンゴの隣にごみが落ちていたり、生き物が釣り糸に引っかかっていたり。帰国してインストラクターの資格を持て余していたが、自分のスキルを使って地元の海がきれいになるならと土井さんの活動に参加した。初めて地元の海に潜った時に現実を知った。海中は辺り一面釣り糸だらけだった。海中清掃を定期的に行うが、釣り人も定期的に釣りにくる。釣り業界もダイバーも今まで見て見ぬふりして、誰もやってこなかったこと。ダイバーにしかできないことなので続けていきたい」

●大手釣具販売店の協力
2022年7月になると大手釣具販売店「かめや」がリメイクルアーの販売を始めた。土井さんのリメイクルアーが、大手販売店の店頭に並ぶようになったのだ。

かめやの渡邊憲二社長は、ルアーの回収からリメイク、販売まで取り組む土井さんの活動をテレビで知った。その姿に感銘を受け、全社あげてサポートすることを決意した。渡邊さんはその理由を、こう説明する。

「お客様が楽しみのためにルアーを買いに来てくれる。初心者、中級者、上級者関係なく根がかりでルアーをなくし、また買いに来てくれる。釣り道具屋としては『客がルアーをなくしてくれた方がもうかっていい』と思われるかもしれないが、後世に釣り場環境を維持できることで、釣り道具屋としても楽しみを分け与えることができる」

それまでリメイクルアーの販路は土井さんのホームページに限られていたが、かめやの店頭に並ぶことでその活動が釣り人に認知され、ルアーなどの販売収入だけで徐々に生活が出来るようになってきた。


20年ほど前、生分解性のプラスチックで作られた環境に配慮したルアーや釣り糸が世に出回った事があったが、それが主力製品になることはなかった。大量生産大量消費を前提に作られたルアーに比べて値段が高い事、また魚へのアピール力も劣っていたと評価する声もあった。


店頭で土井さんのリメイクルアーと出会った釣り人は「1回釣りに行くと、根がかりによってルアーを2、3個なくしてしまう時もある。悔しい気持ちはあるが、水中がどんな様子か想像したこともなかった。土井さんのルアーを初めて手に取ってみたが、新品と変わりない。釣り人としてできることはしていきたい」と、その意義を認める。

●海中清掃の輪広がる

2022年5月頃から
焼津市周辺で活動してきた土井さんのもとには、他県からも海中清掃に来てほしいとのオファーがくるようになった。9月からは宮城県で海中清掃をスタートさせる。土井さんの活動は、少しずつ全国に広がりつつある。

土井さんは、こんな願いを語る。

「マリンスイーパーという活動を通して日本全国の水中水辺がきれいになれば本望かな。海をきれいにして、きれいな海で遊びたい」

クレジット

監督・撮影・編集 鈴木利岳
プロデューサー 初鹿友美
水中映像提供 土井祐太 

写真・映像作家

静岡県出身。明治大学情報コミュニケーション学科卒業と同時に、ニュージーランド航空と環境保全局のサポートにより世界各国の選抜メンバーと共に日本人代表として同国観光PRプロジェクトに従事。以後写真家として独立。グラミー賞受賞アーティスト、大手企業のPR撮影、旅やアウトドアを中心とする各種媒体の撮影担当。2021年3月より映像制作開始。TV,CM,行政,企業PRと幅広く活躍中。 写真映像クリエイター集団「SIDDAC STUDIO」代表。 ドローンによる空撮映像「DRONE FILMS」代表。 環境保護団体「River to Sea制作委員会」代表。 日本語・英語バイリンガル。

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