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「隣の田んぼが道路に」日本の農地が29%減少 各地で起こる農業の担い手不足

鈴木利岳写真・映像作家

静岡県袋井市で米農家を営む佐野文菜(あやな)さん(35)は、母親の病死をきっかけに9年前に看護師から米農家に転身した。そこで気づいたのは、道路や住宅などに転用され、農地が減っていることだった。幼い頃から親しんだ田園風景が次々と開発されることに危機感を持った佐野さんは、市内で農業を営む女性たちを集めて「袋井農業女子」を結成した。 日本の農地は、この60年で29%も減っている。この現実を打開するために立ち上がった農業女子たちの取り組みを見た。

●進む農地開発、遠ざかる農家

佐野さん、古川さんの耕作地(静岡県袋井市)
佐野さん、古川さんの耕作地(静岡県袋井市)

「隣の農家の田んぼが道路になってしまう」。佐野さんがそんな話を聞きつけたのは、2年前のことだ。市が進める道路開発に自身の農地が対象となった古川和正さん(49)はこう語る。

「市から道路を作ることになったと連絡があった。代替地を用意すると言われたが、どこになるのかもはっきりしていない。国は食料自給率を上げることや農地を守ることを目標としているが、担い手のいる優良農地を壊して、道路を作ることが許されていいのだろうか。 都市開発が必要であることは理解できるが、農家と共存できるような施策を考えてもらいたい」

古川さんのように行政の都合で農地を手放すよう求められる農家がいる一方、後継者や働き手不足などの理由から農地を手放さざるを得ない農家がいる。耕作放棄地にするくらいなら、駐車場や太陽光発電に活用した方が有意義だと考える農家も多い。佐野さんは「農家という存在が昔と比べて一般の人々の生活から遠ざかってしまった。農家は農作物を作るだけでなく、その土地の自然環境を守る役割も担っている」と語る。

●先進国最低水準の日本の食料自給率

田植えする佐野さん
田植えする佐野さん

農地を道路や住宅、駐車場など他の目的に転用することを「農地転用」という。日本のカロリーベースの食料自給率は38%(2022年度、農林水産省調べ)で、先進国の中では最低水準だ。この最低ラインを維持するために、農地を転用するには農地法に基づく「農地転用許可制度」によって規制が設けられている。それでも、現実には食料自給率も農地面積も減少傾向にある。袋井市の調べでは、市内の農地は1975(昭和50)年に比べ35%も減っている。

●袋井農業女子立ち上げ

袋井農業女子メンバーである樺山さんの農園で
袋井農業女子メンバーである樺山さんの農園で

農業はこれまできつい、汚い、危険の「3K」と言われてきた。加えて物価高騰や異常気象による収穫減のリスクなど、厳しい状況に置かれている。農業人口は過去16年間で75%減少し、従事者の平均年齢は65歳をこえている。

佐野さんが共同代表のひとりとして立ち上げた「袋井農業女子」は、農業をとりまくこれらの課題について考えるのが目的だ。メンバーは、米農家をはじめイチゴや野菜農家などの8人。農業に詳しい国会議員を講師に招いて関連する法律の勉強会を開いたり、一般の人の農業への関心を深めるため、自らの体験に根ざした農業情報をSNSで発信したりしている。

メンバーのひとりの樺山知洋さん(47)は、自然を求めて大阪から袋井市へ移住し、イチゴなどの農園を営む。「地主さんから借りてる私の農園も、私が耕作をやめたら農地を転用してしまうと思う。西の方はすでに太陽光発電になってしまった。小さな力だけど、まずは農業をしているとアピールして農地を守っていきたい」と語る。

●亡き母親の夢でもあった自然栽培米

幼少期の佐野さん、両親と
幼少期の佐野さん、両親と

佐野さんは、江戸時代より続く米農家の家に生まれた。両親も農業を営み、幼い頃から田んぼで遊びながら育った。子供の頃に両親が作った米を直接買いに来る客に、「お父さんはとてもすてきな仕事をしているんだよ」と言われたのをハッキリと覚えている。「人の役に立ちたい」と看護師になった佐野さんだが、9年前に母親ががんで亡くなったのをきっかけに農家を継いだ。その背中を押してくれたのは、職場で出会った夫、友幸(33)さんのこんな言葉だったという。「文菜が実家の米農家を継ぎたいんだったら、一緒にやろう」

母親の夢でもあった自然栽培に挑戦しようと2人で継いだ家業だったが、始めてみると農家が置かれている厳しい現実に次々に直面した。これでは自然栽培などと言っている場合ではない、農家として存続することが大切だと考えるようなったという。まずは農薬や化学肥料を使う「慣行栽培」を継続することで、農家としての収入の安定を図る。そうやって農地を守りながら、圧倒的に手間ひまがかかる自然栽培米も同時に手がけ、少しずつ発展させていくつもりだ。「職業は農家で、趣味は自然栽培」と佐野夫妻は笑う。

●日本の農業を守り、次世代のために地域の自然保護

泥んこ遊びに参加した園児
泥んこ遊びに参加した園児

佐野夫妻の自然栽培米には、共感者や熱狂的なファンも多い。静岡で米を作りながら東京都内のファーマーズマーケットなどへも積極的に出店し、消費者と触れ合い、農家としての認知度や消費者の理解の向上に努めている。

佐野さんの米作りでは一般の慣行栽培に比べて農薬を少なく、あるいは全く使用していないため、田んぼには生き物が多い。トンボやオタマジャクシ、それらを餌とする鳥などさまざまな生き物であふれている。特別天然記念物でIUCN(国際自然保護連合)によって絶滅危惧種に指定されるコウノトリも、餌を求めてやってくることがある。

このままでは「農業の担い手減少」が加速してしまうと危機感を持つ佐野さんは、子供たちに農業に目を向けてもらうことが重要だと考えている。そこで力を入れているのが、両親の代から続く「泥んこ遊び」の会だ。毎年、田植え前に地元の「袋井ハローこども園」の園児70人を田んぼに招待し、生き物調査をしながら泥遊びを楽しんでもらう。普段は生き物や泥に触れることのない園児たちは、初めは怖がってもすぐに笑顔になり、泥まみれになって田んぼを駆け回る。佐野さんも、「またやりたい、楽しかった」などと大喜びの園児たちと一緒に泥だらけになって遊ぶ。2023年には、佐野さんの活動に賛同する地元のラグビーチーム「静岡ブルーレヴズ」の選手たちも泥んこ遊びに参加した。

佐野さんはこれからの活動を、こんな風に展望している。

「少しでも農業の窓口を広げたい。まずは農業について知ってもらう機会を作る。そして興味を持ってもらい、理解してもらう。人は食の上に成り立ち、食は自然(農地)の上に成り立つ。時代の流れや文明発達と共生をしながら、生きることの根本である食や自然が守られる農業を継続し守っていきたい」

写真・映像作家

静岡県出身。明治大学情報コミュニケーション学科卒業と同時に、ニュージーランド航空と環境保全局のサポートにより世界各国の選抜メンバーと共に日本人代表として同国観光PRプロジェクトに従事。以後写真家として独立。グラミー賞受賞アーティスト、大手企業のPR撮影、旅やアウトドアを中心とする各種媒体の撮影担当。2021年3月より映像制作開始。TV,CM,行政,企業PRと幅広く活躍中。 写真映像クリエイター集団「SIDDAC STUDIO」代表。 ドローンによる空撮映像「DRONE FILMS」代表。 環境保護団体「River to Sea制作委員会」代表。 日本語・英語バイリンガル。

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