AppleがImaginationに再びライセンス供与を受ける背景を探る
モバイル向けGPU(グラフィックプロセッサ)をAppleが自社開発することはそう簡単ではなかった。AppleがどうやらGPUの自社開発を断念したようだ。モバイル向けのGPU回路に特化しているIPベンダーの英Imagination Technologies(イマジネーションテクノロジーズ)は、Apple社との新たなライセンス契約を結ぶことで合意した、と昨年暮れに発表した。
Appleは、2017年にGPU(グラフィックプロセッサ)を2年以内に自社開発するとImaginationに通告して、Imaginationは苦しんできた。MIPSのCPUコアを手放し、もともとのコアコンピタンスであるGPUに特化し、マネージメントも交替した。それでもImaginationはGPUの研究開発の手を緩めなかった。
グラフィックスというコンピュータ上で絵を描くための技術をさらに極めてきた。この結果、レイトレーシング(Ray Tracing)と呼ぶ技術をモバイルに応用できるIPコア(LSIの中の一部の知的回路)の開発のメドをつけた。今年後半から来年にかけて一般にリリースする予定だという。従来のグラフィックスという絵を描くだけの機能であれば、もはや参入バリヤは下がっていた。このため、AppleはGPUを自社開発できると踏んでいたようだ。しかし、グラフィックスの究極ともいうべきレイトレーシング技術はそう簡単ではない。ここにImaginationが技術開発を続けてきた意味がある。
レイトレーシング技術は、空間の中のあらゆる光の反射を含め物体に当たる光路を計算し、写真と区別のつかないような絵をコンピュータ上で描くという技術だ。物体に当たるとその色の加減も変わるようにレンダリング(色塗り)作業を変えていく。計算が極めて複雑になるため、膨大な計算量が必要となる。
最近ようやく、リアルタイムで動画を描けるようになってきた。それもNvidiaのGPU専用チップを使っての話しである。Nvidiaは2018年にリアルタイムのレイトレーシング技術のメドをつけた。今のところゲームへの応用はあるが、これまでもレイトレーシング技術は映画にも採用されてきた。10年ほど前の「ベンジャミン・バトンの数奇な人生」にもグラフィックスが使われていた。ただし、リアルタイムで絵を描けなかったため、映画製作に何カ月もかかった。
レイトレーシング技術は、グラフィックスを活用するゲーム作りには使われるのは間違いない。加えて、上記の映画作りも容易にする。本格的に普及すると、俳優、女優さんたちは失業するかもしれない。俳優さんの動作をグラフィックス上で本物と区別がつかなくなるくらい表現できるようになるからだ。もちろんクルマのデザインをはじめとする工業デザインにも入り込むだろうし、それをリアルタイムで表現できるようになると、光が当たる物体の動きをリアルタイムでとらえる物理をはじめとする科学の研究にも生かせるだろう。
ただ、NvidiaのGPUは性能が抜群に良いが、消費電力も高いためモバイルには使えない。電池があっという間に消耗してしまうからだ。モバイルで使えるようにするためには、消費電力の低さは絶対条件。その上で複雑な光の反射をいかにして計算するか、というアルゴリズムの開発にかかっている。Imaginationはこの技術にメドをつけたために、Appleが新型iPhoneへの導入にはImaginationのライセンスなしでは実現が間に合わないと判断したのであろう。Imaginationは、中国のスマホメーカーにもライセンス供与しているため、中国陣営がレイトレーシング技術を導入したAPU(アプリケーションプロセッサ)をスマホに搭載するなら、Appleは絵作りで中国に敵わなくなることは目に見えている。
Appleは、2017年にGPUの自社開発を宣言したものの、やはりうまくいかず、Imaginationからエンジニアも移動させた。すでに2年経つが、レイトレーシングという差別化技術では、やはりImaginationに敵わないとAppleは判断したのであろう。今回、AppleはImaginationに対して今後数年間を見据えた長期的なライセンス契約を結んだ。Imaginationのレイトレーシング技術は数年前にAutodeskの一部門を買収して手に入れたが、開発には7~8年かかっている。そう簡単に誰でも開発できる技術ではなさそうだ。Appleの読みは正しいかもしれない。
(2020/1/14)