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株式会社DONUTSへのOPENREC.tv事業譲渡にみる日本eスポーツシーンの現在

黒川文雄メディアコンテンツ研究家/黒川塾主宰/ジャーナリスト
新宿区 株式会社DONUTS エントランス 写真提供DONUTS

2018年、eスポーツ元年から現在に至る市場環境の変化

 日本におけるeスポーツ元年、その個人的な定義として、2018年2月1日に設立された「一般社団法人日本eスポーツ連合」(Japan esports Union:以下:JeSU)の活動が始まったことに由来すると考えています。

 そこでは、JeSU認定eスポーツタイトルの選定、各種レギュレーション策定、プロゲーマー制度、各都道府県における地域「JeSU」の制定などが行われ、eスポーツシーンは、より活性化するものと目されていました。しかし、大会での賞金供給と、その上限設定などで、景表法、刑法賭博罪との兼ね合いもあり、低空飛行を続けざるを得ませんでした。さらに追い打ちをかけたのは、新型コロナ禍で、ご存じのように「東京 2020オリンピック」でさえ、開催を1年延期したように、eスポーツ大会の開催自粛や延期はもちろんのこと、小規模コミュニティのゲームイベントも、ことごとく姿を消してしまいました。

 しかし、一方でゲームビジネス自体は、社会人のリモート勤務、学生のリモート授業など、ある種の「コタツ需要」もあり、収益性は右肩上がり、ゲームやエンタテインメント動画配信においても芸能人、芸人、一般配信者などの増加もあり、配信ビジネスはポータルの新規参入もあり、大きく伸長しことは記憶に新しいと思います。

 そのような環境を経て、気になるニュースがありました。それはeスポーツ元年からeスポーツ促進、eスポーツ動画配信などでゲームビジネスに貢献してきた配信メディア事業「OPENREC.tv」が、株式会社CyberZ(サイバーゼット)から、株式会社DONUTS(代表取締役:西村 啓成)へ移管したことです。

 正確にはDONUTS社が、株式会社OPENREC(代表取締役:兵頭 陽)の発行済株式の大半を、CyberZ社から買収し、子会社化したというものです。

 OPENREC.tvはeスポーツ元年当時からeスポーツ配信やゲーム動画配信を積極的に推進し、日本のeスポーツ配信シーンをリードし、外資系配信のポータルに勝るとも劣らないサイト運営をしてきたことは誰しもが認めるものでしょう。

 また、CyberZ社に於いては大型eスポーツイベント「RAGE(レイジ)」の運営もテレビ朝日、エイベックス・エンタテインメントと協業しておこなっており、OPENREC.tvはRAGEありき、RAGEはOPENREC.tvありきと感じていた一般ユーザーも多いと思います。

 そのようなバランスのなかで、OPENREC.tvがDONUTS社にビジネス移管した経緯とそのビジョンを、株式会社DONUTSの代表取締役 西村 啓成氏、株式会社OPENREC 代表取締役社長 兵頭 陽氏にお聞きしました。

株式会社OPENREC代表取締役社長 兵頭 陽氏との一問一答

 まず、今回のOPENRECの別会社化と株式移管が短期間のあいだに行われたことに関して、代表取締役社長に就任した兵頭 陽氏にお話をお聞きします。

兵頭 陽氏 撮影 筆者
兵頭 陽氏 撮影 筆者

 CyberZ社からOPENRECが別会社化されたこと自体があまり認識されていないなか、いち早く「RAGE」でeスポーツを牽引してきたCyberZ社がOPENREC.tv事業を切り出すという背景を聞かせてください。

 「OPENREC.tvのサービスが、今よりも大きくなっていくためには外部のサービス、例えばイベント運営会社や、ゲームなどのコンテンツを作っている会社さんと組んだほうが、より未来を開いていくことができるのではないかと思いました。あとはOPENREC.tv自体のフットワークを従来より軽いものにしたいと思いました。それが発端です」

 CyberZ社から、別会社化される公告が2022年12月13日に官報に掲載され、12月28日にOPENREC株式会社が設立。それからわずか2か月後、23年2月15日に発行済株式の大半をDONUTS社が取得したが、これらの経緯と、どのような交渉を経てのものなのでしょうか…

 「元々、DONUTSさんは、株式の移譲先の候補リストにあった法人さんでしたし、2022年1月ごろから交渉に入っており、DONUTS社の傘下に入った理由は、ゲームやメディアを自社で持っている会社とのシナジーがあると思いました。1年ほど交渉を経て、今回の子会社化は発展的な協議のうえで成り立っています」

 とは言え、RAGEとOPENREC.tvは切り離せない関係もあると思いますが…

 「RAGEに関しては、もともと、テレビ朝日様と、エイベックス・エンタテインメント様の共同事業体なので、3社の思惑があります。メディアとしてはOPENREC.tvは中立的なスタンスを取っていましたので、それらをOPENREC.tvに集約することも難しかったと思いますし、RAGE自体を他の配信ポータルで展開したほうが良い場合もありますので、切り離せない関係では無いと思います」

 先日、ABEMAとネットフリックスがコンテンツ提供に関して協業するという報道もありましたが、本来はOPENREC.でそのような方向性や政策指針があったのではないでしょうか。

 「今回のDONUTSの子会社化により、今までよりもニュートラルで幅が広がる展開ができるように思えてきました。さきほどお話ししたDONUTS社が株式移譲先の候補にあった背景としては、ミクチャの運営や実績がありました。自社でゲームも開発されているということもありました。自分たちがやりたい領域の事業を保有しているということが大きいですね」

株式会社DONUTS 代表 西村氏に子会社化の経緯について訊く…

 まず、西村氏の自社ウェブサイトでのコメントを拾ってみると、新規ビジネス参入のきっかけとしては「新規性があるか」、「市場に対するインパクトがあるか」、「収益性があるか」の3要素を挙げている。

 それらについて、今回のOPENREC子会社化をどうとらえているかを尋ねました。

 「自社でミクチャというライブ配信をやっているので、ゲーム配信というジャンルが今以上に来るということを肌で感じています。また、自社でeスポーツチームVARREL(ヴァレル)を持っていますし、日本のeスポーツシーンを今以上に盛り上げないといけないと思っていました。

 そのなかでOPENREC.が事業売却をしようとしている話を聞いていました。しかし、うまく行っているように見えるビジネスなのに、なぜ事業売却をしようとしているのかと思っていました。OPENREC.tv自体は、良い立ち位置にあったと思うし、eスポーツは市場的にもこれからもっと拡大するはずだし、事業売却の話は本当なのかな?…と思っていました。最終的には、CyberZさん、サイバーエージェントさんがやらないのであれば、DONUTSでOPENREC.tv事業をやってみたいと思いました。

 我々もミクチャでゲーム配信(ゲームミクチャ)をやろうとして、少しずつ開発をしてきたんですが、ゲーム配信は、普通のライブ配信とは必要な機能も異なったりしていて大変なことがわかりました。ゲームミクチャとOPENREC.tvを比較して、ゲームミクチャに足りない機能がたくさんありました。そのような思いの中で、OPENREC.tvは、日本のなかでいちばんのゲーム配信プラットフォームなので、双方にとってチャンスだなと思いました」

 DONUTSがOPENRECという異なる文化を受け入れることに時間がかかるのではないか、ということについてどう思いますか。

 「自画自賛ですが、DONUTSは他社のサービスを受け入れるという点に関しては、上手いIT系企業だと思うんです。いままで10社くらいに資本参加などをしてきましたが、そのパートナーに合いそうなプランとか方向性で向き合ってきたと思いますし、ソフトランディングをしてきたと思います。そこでは、相手のカルチャーも活かしてもらいます。OPENREC.の場合は別会社化してもらったのは、DONUTSの一事業部として入ってもらうのはむしろ良くないと思いました。サイバーエージェントさんのカルチャーとは異なるからです」

 将来的にゲームミクチャとOPENREC.tvの統合はありうるのか?

 「サービスの統合は結構大変なんです。しかも、現在のミクチャにおけるゲーム配信の規模はそんなに大きくないので、OPENREC.tvとサービスを統合してもしょうがないと思います。それと統合するとユーザーの数も減るんです。1+1が2にならず、1.2くらいのスケールになってしまうこともあります。むしろ、OPENREC.tvが持っているノウハウ、ミクチャのノウハウを双方で共有したりすることができるといいと思います」

選択と集中のなかにおける課題とは何かを兵頭氏、西村氏に問う…

兵頭氏 撮影 筆者
兵頭氏 撮影 筆者

 兵頭氏からは…

 「OPENREC.tvサービスの存在意義は、ゲームやゲームが好きな人への居心地のよい場所を提供することなのですが、ゲームをしない人がジョインしにくい部分があると思います。それと、ゲームはやったことがないけれども、配信動画を視聴したい、ゲームプレイがうまくない人たちでも楽しんでもらえるスペースだということをもっと周知していきたいということが課題だと思います。今後は様々なかたちでゲーム配信やゲーム視聴に使ってくださるユーザーの楽しみや、喜びになるような体験や価値を提供できるようなコミュニティを形成していきたいと思います。

 この2-3年は粛々とやっていたこともあって、改めて新しいチャレンジができる局面になりました。DONUTS社さんと一緒にやることで新規参加者を増やすことを念頭においています。コンテンツと機能も全方位的に新規を目指していきたいと思います。いちばん大事なのは配信者さんの居心地の良さとか使い勝手なのでその軸はぶれないようにしたいと毎日メンバーと話し合っています」

 DONUTS社のOPENRECビジネスの受け入れに関して兵頭氏は…

 「サービスを移管したという意味での違和感がなく、ここまでよくしてくれるのかという気持ちのほうが大きいですね。ここまで相談していいんだとか、ここまで協力してくれるのか…ということに日々驚いています」

 西村氏からOPENREC.tvに期待するものとして…

 「ミクチャにおけるゲーム配信はまだまだ機能がたりないと思っています。カジュアルにライバーと楽しむという点ではその空気感は醸成できていると思います。一方で、ゲーム配信するプラットフォームとしてはOPENREC.tvは年齢層も違うし、男女構成も異なっているので優位性があると思います。それぞれの良さを活かしていこうと思っています。日本のeスポーツの市場性を拡げるうえで、eスポーツが認知されるために必要な会社であり、メディアだと思います。eスポーツは、まだ一般的にはメジャーじゃないので、もっとメジャーにするために大いに貢献して欲しいと思います」

新たなeスポーツシーンへ向けたリストラクチャリング(再構築)になるか…

株式会社DONUTS 社内 写真提供DONUTS
株式会社DONUTS 社内 写真提供DONUTS

 筆者がDONUTS社に感じることは、時間をかけてじっくりサービス、コンテンツやメデイアを育成していく組織ということです。そして自社にないものは自分たちで作るというポリシーも感じます。それは良く言えば、昭和など旧世代における相互成長に通じるものがあり、今の世代とは若干異なるものがあるように思います。しかし、それ故に、買収、出資、子会社化した企業との関係やバランス良く保ち双方が共に成長してきた感があります。

 国内ライブ動画配信事業の市場規模は、ゲーム配信を含めると、2024年には2,400億円規模に成長する見込みです、今回のOPENREC社の子会社化も従前の例に倣いソフトランディングであり、良いところを伸ばすという点では、OPENREC.tvとミクチャ(ゲームミクチャ)のさらなる発展が見込めるのではないでしょうか。両社のサービスの今後に注目をしたいと思います。

OPENREC.tv 兵頭氏と筆者
OPENREC.tv 兵頭氏と筆者

※)文中では法人に関する表記に関してはOPENREC、サービスに関する表記にはOPENREC.tvとしております。

黒川文雄ツイッター @ku6kawa230

黒川文雄 Voicy  黒川塾エンタメ事情通

note ゲーム考古学

※参考書籍 「eスポーツのすべてがわかる本 プロゲーマー、業界のしくみからお金の話まで

28日更新)誤字脱字を修正しました。

メディアコンテンツ研究家/黒川塾主宰/ジャーナリスト

黒川文雄 メディアコンテンツ研究家/黒川塾主宰/株式会社ジェミニエンタテインメント代表 アポロン音楽工業、ギャガ、セガ、デジキューブを経て、デックスエンタテインメント創業、ブシロード、コナミデジタルエンタテインメント、NHN Japan (現在のLINE、NHN PlayArt)などでゲームビジネスに携わる。現在はエンタテインメント関連企業を中心にコンサルティング業務を行うとともに、精力的に取材活動も行う。2019年に書籍「プロゲーマー、業界のしくみからお金の話まで eスポーツのすべてがわかる本」を上梓、重版出来。エンタテインメント系勉強会の黒川塾を主宰し「オンラインサロン黒川塾」も展開中。

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