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自民党が学校の先生の政治発言の密告を推奨した件

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
自民党のホームページ(一度削除後文言を修正して復活)

参院選の投票日を前にして、自民党が教員の政治的な発言の密告を受け付けるホームページを作成していたことが発覚し、物議を醸しています。すでに削除済みですが、いわゆる「魚拓」が取られています。追記:一部文言を修正して復活しました(サイトはこちら)。

自由民主党「学校教育における政治的中立性についての実態調査」の魚拓

その趣旨は以下の通りです。

党文部科学部会では学校教育における政治的中立性の徹底的な確保等を求める提言を取りまとめ、不偏不党の教育を求めているところですが、教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。

学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。

そこで、この度、学校教育における政治的中立性についての実態調査を実施することといたしました。皆さまのご協力をお願いいたします。

学校の先生にも政治活動の自由はある

当然ですが、学校の先生にも日本国憲法で政治活動の自由が保障されています。繰り返しますが、当たり前です。公職選挙法137条で教育者は「学校の児童、生徒及び学生に対する教育上の地位を利用して選挙運動をすることができない。」としていますが、これは、学校の先生が担任をしている生徒の親御さんに特定の候補者への投票を呼びかけたりする極端な事例を禁止しているに過ぎません。18歳選挙権との関係でいっても、自分が担任している18歳の高校生に対して特定の候補者への投票を呼びかけるような極端な行為を禁止しているに過ぎません。

「学校の中立」と政治教育の関係

教育基本法は「政治教育」の項目を立て、以下のように述べています。この条文からすると、18歳選挙権が導入された今、学校の先生が高校生に対して政治的な議論を持ちかけ、生徒の政治的教養を深めさせることは、むしろ、奨励されなければなりません。

(政治教育)

第十四条  良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。

2  法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

2項では「学校」の政治的中立がうたわれています。授業で特定の政党や候補者への支持を呼びかてはならないのは言うまでもないでしょう。しかしその限度のことであり、教員が自分の政治思想や支持政党を明らかにした上で授業を行うことすら、法律上の問題は起こらないのです。もちろん、生徒の政治素養を深め、保護者からも信頼を得るために、薄っぺらな政治的なアジ演説がかえってマイナスであることは論を俟たないでしょう。

そして、ここでいう「学校」については旧文部省の通達があり「教師の行為については,学校を代表して行う教師の行為が学校の行為と同視される例外的な場合を除き、同条項の対象外である」(昭和24年6月11日委総1号文部省大臣官房総務課長通達)とされているのです。これも、公職選挙法の地位利用と通底した考え方といえるでしょう。

公務員であっても休日・職務外の政治活動は問題ない

また、ここも誤解されがちですが、公務員であっても、休日の職務外での政治活動は自由化されています。確かに法律の字面では、公務員の政治的活動は規制されているのですが、平成24年12月7日の下記最高裁判決では、選挙が近い時期の休日に、しんぶん赤旗の号外を配っていた国家公務員が、国公法違反に問われた事件で、無罪とした東京高裁判決を支持し、検察の上告を棄却しています。教育公務員の政治活動の規制は、同じ国家公務員法の条文を引用する形でされており(ただし罰則はなく職場規律上の措置のみが想定されています)、すなわち、休日の職務外の常識的な政治活動については、教育公務員についても問題なくなっているのです。

国家公務員法違反被告事件 平成24年12月7日最高裁判所第二小法廷

政権政党が声高にいう「中立」「公平」ほど中立・公平を害するものはない

結局、自民党のいうような「子供たちを戦場に送るな」という類の学校の先生の発言を捉えた「学校教育における政治的中立性」の議論にはほとんど法律上の根拠が無いのです。それにも関わらず自民党がこのようなページを作ったのは何故でしょう。それは「中立」を楯にとって、教員の政治的な発言(政治活動ですらない)に対して密告を奨励することで、教員の自由な思考自体を萎縮させる目的があるといわざるを得ないでしょう。実は、自民党は選挙の公示前にも教員の政治活動について罰則を導入するような脅かしをして、現場を萎縮させています。

産経新聞:教職員の政治活動に罰則 自民、特例法改正案、秋の臨時国会にも提出

すでに述べたように、公務員ですら、業務外での政治活動をむやみと規制すること自体が憲法違反となる最高裁判決が出ているのに、その方向性と全く逆を行く提案ですね。

また、最近、自民党は、高市総務大臣が中心となって、テレビ局に対して、放送法4条の「政治的に公平」をちらつかせて圧力をかけており、実際、今回の参院選では、マスコミの選挙報道があまりに情勢(どこの政党が勝つとか)に偏りすぎ、政治争点についての議論の深まりを欠くような気がしてなりません。

「中立」とか「公平」という言葉は、本来は、国民が権力者(安倍首相(政府)や自民党・公明党(与党))に対して使う言葉であって、現に権力を持っている政府与党が「中立」「公平」を楯にとって他者を圧迫し始めた途端、それ自体が中立や公平とは無関係の政治的な言論封殺の言葉になってしまいます。教育の場や、報道の場での「中立」や「公平」は、多様な意見を紹介し、ぶつけ合う中で初めて達成されるのであって、その中には、当然、政府に批判的な言論も含まれるのです。まして、法律的に問題の無い行為について、与党への密告を奨励するなど、民主主義の社会では、あってはならないことでしょう。筆者は、日本がいつまでも自由で民主的な社会であることを願います。

2016/7/9/15:36追記

一度削除したページですが「子供たちを戦場に送るな」を「安保関連法は廃止にすべき」に修正して復活したようです(サイトはこちら)。もちろん、この言葉をどんなに修正しても、教員の自由かつ適法な発言を禁圧するものであることに変わりはないでしょう。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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