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稲田防衛大臣辞任、中国でトップニュース扱い――建軍90周年記念を前に

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
今年2月14日、“代打”で答弁する安倍首相と稲田防衛大臣(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 稲田防衛大臣に関するニュースは中国のCCTVで何度も報道されてきたが、辞任報道はトップニュースに取り上げられた。一方で8月1日は中国人民解放軍の建軍90周年記念日。強軍への道が強調される中での対比が目立つ。

◆安倍政権の「マイナス」ニュースに強い関心

 中国はかねてより、日本の安保関連や憲法改正関連などのニュースに強い関心を示し、日本の情報よりも深掘りした関連ニュースを流し続けてきた。特に今般の安倍政権の「森友問題」や「加計学園問題」特に「稲田防衛大臣問題」に関しては尋常ではない頻度で、ほぼ逐一報道している。その事実を日本に伝えるのは、日本の世論を「煽る」傾向に寄与するのではないかと懸念し、ずっと控えてきた。

 しかし稲田防衛大臣の辞任報道に関して、お昼のニュースとは言え、28日の中央テレビ局CCTVのトップニュースで扱ったのと、まるで中国の「強軍の夢」と対比するような形で報道されたので、日本を相対的に考察するためにも、ご紹介した方がいいと判断した。

◆稲田防衛大臣辞任に関する時々刻々のニュース――28日のCCTVを追う

 ニュース全体の流れをすべて観ることができるようなURLにリンクを張るのは困難だが、稲田氏に関する単独のニュースなら観ることができるので、いくつか列挙してみよう。

 まず7月28日午前7時のCCTV「朝聞天下」(Morning News)は「稲田朋美防衛大臣は今日辞任を宣告する予定」という見出しで全国ネットの報道をした。

 それを追う形で、同じく28日朝のCCTVの北京BS「お早う、北京」でも、非常に詳細に南スーダンの日報問題を、資料を見せながら報道した。

 中国ではこの日報問題に対して「瞞報門」(日報欺瞞ゲート)という事件名が付いており、テレビの音から聞こえてくる「マン-バオ-メン」という発音は「瞞(man)報(bao)門(men)」のことである。「門」(ゲート)は「ウォーターゲート」以来、大きな事件に付ける名称である。

 それくらい、稲田大臣の日報問題が中国では大きく扱われてきた証拠だ。

 同じくCCTV、28日の「記者観察」では(観えない可能性がある)、駐東京のCCTV記者によるリポートが成され、その中で「自衛隊員が、稲田氏の視察の時のファッションに関しても早くから不満と失望を抱いていた」ことや、安倍内閣は「お友だち内閣」と呼ばれていることとか、辞任は「想定内」とみなされたいたことなど、日本国民の感情とともに、安倍内閣支持率低下の大きな原因になっていたことなども説明している。

 そして28日の北京時間10:54になると、CCTVは日本のNHKが稲田大臣が記者会見場で辞任したことを宣言したと報道。8月3日の内閣改造までの間は岸田外務大臣が防衛大臣を兼務するということまで詳細に伝えている。

 28日の16:28になると、「防衛大臣の辞職に対して安倍(首相)が自分に任命責任があるとして謝罪した」と、CCTVは全国ニュースで伝えた。

 たった、28日の一日の一部を追っただけでも、これだけ多くの報道がなされていることから、これまでの報道の頻度をご推測頂けるものと思う(これにさらにお昼のニュースがあるのだが、リンク先が見つからなかった)。

◆8月1日は建軍90周年記念日

 なんともやり切れないのは、8月1日が中国人民解放軍の建軍90周年記念日に当たることだ。その華麗なる報道は、以下の「ポスターの数々」からも、ご想像頂けるだろう。このページの6番目にあるポスターを見て頂きたい(情報が増減して、場所が動く可能性がある)。

 そこに「中国夢、強軍夢」という文字があるのをご確認いただけるだろうか?

 いうまでもなく、「中国の夢、強軍の夢」という意味だ。

 「強軍大国の夢」を実現しようと、国をあげて習近平のもとに力を結集させている。

 今年(の、たぶん11月に)は、5年に1回の党大会(第19回党大会)がある。

 それに向けて、習近平政権の業績を讃える「改革は徹底して行おう」という連続ドキュメンタリー番組がCCTVでテレビ放映されている。その第7回目は「強軍之路」(強軍への道)(上) (アクセスできない場合もある。45分間ほどのドキュメンタリー番組)。第8回目も「強軍之路」(下)である。

 そこでは軍の最高司令官としての絶大な力を印象付ける、習近平への一糸乱れぬ忠誠心と強軍大国の現状と未来像が描かれている。CCTVはこの番組を繰り返し報道し、中国は「強軍の夢」一色に染められているのが現状だ。

 一党支配体制下で厳しい言論弾圧をしている「このような国」と比較したくはないが、しかし日本も国際社会の中で生きている以上、隣にある「このような国」が、「どのような状況にあるのか」は掌握しておかなければなるまい。

 その国は、あたかも「日本の防衛力と統制能力」を、あざ笑わんばかりに、「瞞報門」と「強軍大国」を同時並行で報道しているのだ。

 愉快でないことは言うに及ばず、これは「危険な国際情況」ではないだろうか。

 なお、建軍90周年記念閲兵式は7月30日(日)午前9時から朱日和訓練基地に於いて行なわれる(「朱日和」というのは内蒙古自治区錫林郭勒盟スニタ右旗の南部にある地名だ。「zhu-ri-he」と発音し、蒙古語で「心臓」という意味。1957年に毛沢東が戦車の秘密軍事訓練基地として選んだ)。

◆7月末は朝鮮戦争休戦記念日――軍事の季節

 7月27日は朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)の休戦記念日。北朝鮮はこの日を戦勝記念日としている。北朝鮮は自国を、朝鮮戦争においてアメリカを中心とした連合国側に勝利したと位置づけているのだ。だから今年はこの日の前後に北朝鮮がミサイルを発射するだろうことが懸念されていた。

 8月1日は、中国人民解放軍の建軍記念日。

 つまり中国にとっても北朝鮮にとっても(北東アジア近辺は)、7月末から8月初めにかけては「軍事の季節」なのである。

 こういった国際情勢を重視せずに、よりによって防衛省が最も緊張して鋭敏に動かなければならない可能性があるこのタイミングを選んで防衛大臣を辞任したことは、賢明な選択だったとは言えない。辞任するならもっと早くすべきで、防衛大臣として「この軍事の季節」の真っただ中を選んだこと自体、国際的視野からすれば、日本国の防衛を背負う責任感が問われる。日本の国益を最優先するという姿勢が、残念ながら欠落していたのではないだろうか。

 案の定、28日から29日にかけての深夜、北朝鮮は又もやミサイルを発射した。

 岸田外務大臣が防衛大臣を兼務したのは「両省庁間の情報交換」には好都合かもしれないが、「日本国の危機管理」という視点から言えば、必ずしも適切ではないだろう。掛け持ちのため、28日夜半から29日未明まで両省庁間を行き来し、激務が続いたようだ。現場の自衛隊へのしわ寄せは、如何ばかりかと察するにあまりある。

◆北朝鮮をここまで「のさばらせた」責任

 北朝鮮に、ここまでミサイル技術を発展させる機会を与えてしまった国際社会の結果責任は、あまりに大きい。

 相手が「ならず者国家だから」と言って非難したところで、それを食い止めることができなかったのは確かだ。

 トランプ政権は「アメリカのここ20年間の対北朝鮮政策は間違っていた」と何度も宣言したが、今も間違っていないだろうか?

 どんなに「最大限の厳しい言葉」で非難したところで、北朝鮮の耳には届かないことを自覚すべきだ。金正恩にとっては痛くも痒くもないだろう。そうこうしている内に、アメリカまで届くICBM(大陸間弾道ミサイル)は完成してしまう。

 では、私たちに何ができ、何をしなければならないのか。

 そのことに関しては(長くなるし、本稿のテーマではないので)、別途改めて論じる。詳細は拙著『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第三章「北朝鮮問題と中朝問題の真相」(p.103からp.156)に書いた。朝鮮戦争をリアルタイムで経験してきた者として、可能な限りの内部情報と課題を盛り込んだつもりだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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