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アトピー性皮膚炎からニキビまで:PAR2が関与する皮膚トラブルの真実と新治療法

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
Ideogramにて筆者作成

【PAR2とは?皮膚における重要な役割】

皆さんは、PAR2という言葉を聞いたことがありますか?PAR2(プロテアーゼ活性化受容体2)は、私たちの皮膚に存在する重要なタンパク質です。この受容体は、皮膚の炎症反応や免疫応答、さらには皮膚のバリア機能にも深く関わっています。

PAR2は、皮膚の表面近くにある顆粒層という部分に多く存在しています。様々な刺激を受けると活性化し、皮膚の細胞に対して様々な指令を出します。例えば、炎症を引き起こしたり、皮膚のバリア機能を調整したりする働きがあるのです。

PAR2は、セリンプロテアーゼと呼ばれる酵素によって活性化されます。セリンプロテアーゼには、体内で作られるものと外部から入ってくるものがあります。例えば、ダニやゴキブリのアレルゲンにもセリンプロテアーゼが含まれており、これらがPAR2を活性化させることがわかっています。

最近の研究では、PAR2が多くの皮膚疾患の発症や進行に関与していることがわかってきました。アトピー性皮膚炎やニキビ、乾癬といった炎症性皮膚疾患との関連が特に注目されています。

【PAR2と炎症性皮膚疾患の関係】

PAR2は、様々な炎症性皮膚疾患に深く関わっています。以下、代表的な疾患とPAR2の関係について詳しく見ていきましょう。

1. ニキビ(尋常性痤瘡)

ニキビの原因となるアクネ菌は、PAR2を活性化させることで炎症を引き起こすことがわかっています。アクネ菌が産生するプロテアーゼがPAR2を刺激し、炎症性サイトカインの産生を促進します。これにより、ニキビの赤みや腫れが引き起こされるのです。

また、PAR2はニキビの原因となる皮脂の過剰分泌にも関与している可能性があります。PAR2を活性化させると、皮脂腺の細胞で脂質の産生が増加することが報告されています。

2. アトピー性皮膚炎

アトピー性皮膚炎の患者さんの皮膚では、PAR2の発現が増加していることが報告されています。PAR2の過剰な活性化は、皮膚バリア機能の低下や炎症反応の増強につながります。

特に注目されているのが、PAR2とかゆみの関係です。PAR2は、ヒスタミンに依存しないかゆみの経路を活性化することがわかっています。これは、従来の抗ヒスタミン薬が効きにくいアトピー性皮膚炎のかゆみの原因の一つかもしれません。

3. 乾癬

乾癬患者の皮膚でも、PAR2の発現が増加していることが報告されています。PAR2の活性化は、乾癬で見られる炎症性サイトカインの産生を促進します。特に、IL-8という炎症を引き起こす物質の産生にPAR2が関与していることがわかっています。

4. 酒さ(赤ら顔)

酒さ患者の皮膚では、セリンプロテアーゼの活性が高まっていることが報告されています。これにより、PAR2が過剰に活性化され、血管拡張や炎症反応が引き起こされると考えられています。

5. 全身性強皮症

全身性強皮症は、皮膚の硬化を特徴とする自己免疫疾患です。この疾患の患者さんの皮膚では、PAR2が異常に活性化されていることがわかっています。PAR2の活性化は、線維芽細胞の活性化や細胞外マトリックスの過剰な産生を促進し、皮膚の硬化につながる可能性があります。

PAR2の働きを理解することは、これらの皮膚疾患の新しい治療法の開発につながる可能性があります。従来の治療法では効果が限られていた患者さんにとって、PAR2を標的とした治療法は新たな希望となるかもしれません。特に、アトピー性皮膚炎やニキビなど、多くの人が悩む皮膚疾患に対する新しいアプローチとして期待されています。

【PAR2を標的とした新しい治療法の可能性】

PAR2の重要性が明らかになるにつれ、PAR2を標的とした新しい治療法の研究が進んでいます。以下、現在研究されている主な治療法について紹介します。

1. PAR2阻害薬

PAR2の働きを抑える薬剤(PAR2阻害薬)の開発が行われています。例えば、PZ-235というPAR2阻害薬が、アトピー性皮膚炎の症状を軽減する効果があることが示されました。この薬剤は、炎症を引き起こす物質の産生を抑え、かゆみを和らげる効果があるのです。

また、GB88というPAR2阻害薬も研究されています。この薬剤は、炎症反応を抑制し、皮膚の光老化を予防する効果があることが動物実験で示されています。

2. 抗体療法

PAR2に対する抗体を用いた治療法も研究されています。これらの抗体は、PAR2の活性化を防ぐことで、炎症反応を抑える効果が期待されています。例えば、SAM11という抗体は、関節炎のモデルマウスで炎症を抑制する効果が確認されています。

3. ペプデュシン

ペプデュシンと呼ばれる、細胞膜を透過できる小さなペプチドを用いた治療法も研究されています。P2pal-18SやPZ-235といったペプデュシンは、PAR2のシグナル伝達を阻害することで、炎症反応を抑制する効果があります。

これらの新しい治療法は、まだ研究段階のものが多いですが、一部は臨床試験に進んでいます。例えば、PAR2に対する抗体療法は、慢性疼痛の治療を目的とした第I相臨床試験が行われています。

しかし、PAR2を標的とした治療法にはまだ課題もあります。PAR2は体内の様々な場所に存在するため、皮膚だけでなく他の部位にも影響を与える可能性があるのです。そのため、副作用を最小限に抑えつつ、効果的に皮膚の炎症を抑える方法の開発が進められています。

日本でも、PAR2を標的とした治療法の研究が進んでいます。例えば、国内の製薬会社や大学が共同で、PAR2阻害薬の開発を行っています。これらの研究成果が実を結べば、日本の皮膚科医療に大きな変革をもたらす可能性があります。

PAR2の研究は、まだ始まったばかりです。しかし、この小さなタンパク質が、多くの皮膚疾患の謎を解く鍵となる可能性を秘めています。今後の研究の進展により、より効果的で副作用の少ない治療法が開発されることが期待されます。

参考文献:

1. Fan M, et al. Protease-Activated Receptor 2 in inflammatory skin disease: current evidence and future perspectives. Front Immunol. 2024;15:1448952.

2. Steinhoff M, et al. Proteinase-activated receptor-2 in human skin: tissue distribution and activation of keratinocytes by mast cell tryptase. Exp Dermatol. 1999;8:282-94.

3. Barr TP, et al. PAR2 pepducin-based suppression of inflammation and itch in atopic dermatitis models. J Invest Dermatol. 2019;139:412-21.

4. Lee SE, et al. Expression of protease-activated receptor-2 in SZ95 sebocytes and its role in sebaceous lipogenesis, inflammation, and innate immunity. J Invest Dermatol. 2015;135:2219-27.

5. Buhl T, et al. Protease-activated receptor-2 regulates neuro-epidermal communication in atopic dermatitis. Front Immunol. 2020;11:1740.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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