AI時代に記者や編集者は生き残れるか? ネットメディア編集責任者に聞く「メディア人材の生存戦略」
2023年はChatGPTを始めとする「生成AI」が社会に衝撃を与えた年だった。生成AIが普及すると多くの仕事がなくなるのではないかと言われているが、その中に記者やライター、編集者といったメディア業界の職種も含まれる。
そんな状況を見据えて、「AI時代を戦う編集者・ライターの生存戦略」との副題がついた本が出版された。著者はネットメディア編集者のまむしさん。M-1王者・令和ロマンと同じ慶應義塾大学を卒業後、ネットニュースの記者となり、現在は大手ネット企業で複数のメディアの責任者として活躍している人物だ。
書籍のタイトルは「誰も教えてくれない編集力の鍛え方」。だが、内容は編集のノウハウにとどまらず、取材記事の書き方やコンテンツ制作管理のコツ、ライター・編集者のキャリア戦略と多岐にわたる。ネットメディアの多種多様な仕事の全体像が、豊富な図解をまじえて分かりやすく語られている。
新聞・雑誌などの伝統的なメディアが衰退し、ネットを基盤とする新しいメディアが生まれては消えていく群雄割拠の戦国時代。メディアの仕事に携わろうとする者は、どんな戦略で臨むべきなのか。これまで「数百人の編集者・ライターとやりとりしてきた」というまむしさんに、編集人材の生存戦略のポイントを聞いた。
「いまのメディアではダメだ」と考える記者・編集者が増えた
ーー最近はメディア業界も変化が激しく、「新卒で大手メディアに就職したら一生安泰」という時代ではなくなっています。どこかのメディアで記者や編集者として働きつつ、転職の可能性を視野に入れている人が多いのではないかと思いますが、どうでしょうか?
まむし:そういう傾向はあるでしょうね。ただ、厳密に言うと「転職の可能性を視野に入れている」というよりは、「いまの会社に生涯勤務し続けるイメージが持てない」という感じのような気もします。「もし同じ会社で働き続けられるなら、働き続けてもいい」という人がまだ多いのではないか、と。
ーー自ら積極的に転職しながらキャリアアップを図ろうというわけではない、ということでしょうか。
まむし:いまはメディアの環境が激変していて、人材の流動性が高まっています。なので、本当は無理に転職したいわけではないんだけど、仕方なく転職のことも考えざるをえないという感じでしょう。
ーーそのあたりは、転職がごく当たり前となっているコンサルタントやエンジニアとは違いますね。まむしさんは、ネットメディアの責任者として採用面接に臨むことも多いと思うのですが、なにか傾向はありますか。
まむし:僕は2010年に1社目に入ってネットニュースの記者を経験した後、2013年にメガベンチャーの編集部門に転職しました。そのころと比較すると、最近は既存メディアのやり方に疑問を持つ20代後半~30代半ばの人たちが面接に来るようになって、マインド面で共感できる人が増えたなと感じています。
ーー「既存メディアのやり方に疑問を持っている」というのは、どういう点なのでしょう?
まむし:テキスト偏重のスタイルなど従来型の手法にこだわるあまり、新しいことへのチャレンジがなかなか進まない点ですね。また、長期的な視点で持続的なメディアを作っていく姿勢が弱い点にも失望しているようです。
ーー日本の新聞はいまだに紙優先の会社が多いですからね。
まむし:ただ、既存メディアの人たちを面接していて思うのは「詰めの甘い人も多いな」ということです。もう一歩先の戦略や戦術を熟考する機会が不足しているんだろうな、と感じます。「いまのままではいけない」という意識はあるのですが、「じゃあどうしたらよいのか」という対策の解像度が低いんです。
ーーそのあたりは、実際にベンチャー的な現場で経験しないと、なかなか具体的な発想が出てこないのかもしれません。
まむし:僕自身は「いまのメディアのやり方ではいけない」というマインドを持っているだけで「視野が広いな」と思ってしまうのですが、そういったマインドだけでは転職の面接はなかなか通らないなとも実感しています。
オウンドメディアを立ち上げる企業が増えたが・・・
ーーまむしさんの本では、記者や編集者の基本動作とメディア全体の運営方法の両方が説明されています。いまのメディアの仕事を俯瞰的に捉えて解説しているのが新しいなと思ったのですが、なぜこんな書き方をしたのでしょうか?
まむし:個別の記者・ライターや編集者が採る戦術と、メディアを持続的に回すための大上段の戦略を切り離して論じてはいけないと思ったんですよね。ネットメディアの現場では、コンテンツ単体では意義があったり質が高かったりしても、それが長期的な戦略に紐づいていないと不十分なことが結構あります。
一方、メディアはコンテンツの集合体だと思うので、「メディアはこうあるべきだ」と論じるときには「こう作るべきだ」という具体的なノウハウとセットでないと、あまり実効力がありません。
ーーメディアのあり方を論じるなら、現場の具体的な手法と、経営観点の全体的な戦略のどちらも重要ということですね。
まむし:実をいうと、僕自身が「もっと早く知っておけばよかった!」と思うポイントだからというのもあります。この本を読むことで、現場の記者や編集者が目線を少し高めて、長期的な視点から「どうすればいいか」を考えられるようになればいいな、と思います。
ーー今回はいわゆる編集人材に向けた本だと思いますが、「うちの会社もメディアをやりたいな」とか「他社がやっているから、何かメディアをやらないと」と考えている企業の経営幹部も多いと思うんですよね。そういう人たちに「良いメディアを作るには、それなりの人材とスキルが必要だ」と伝えたい、という思いもあるのでしょうか?
まむし:それもありますね。オウンドメディアを気軽に立ち上げる企業は増えていますが、一方で早期に成果を求めすぎて、失敗の烙印を押されて頓挫するケースも良く見かけるので、どう戦略を描いていくかという部分は啓発したいなと思っていました。
戦略というのは、メディアとしての長期的なビジョンだけではなく、編集部をどう作っていくかという体制面も重要です。さらに、ファンをどう増やしていくかという顧客面も考える必要があります。
ーーたしかに、そのあたりについて深く考えないまま、見切り発車でオウンドメディアを始めてしまう企業が多いように思います。
まむし:編集業の出身でない人がオウンドメディアの担当になるケースも増えていますが、そういう人が遠からず「悩むであろうこと」を知ってもらい、先手を打てる状態ができるとハッピーかなと考えています。
「既存メディアの手法」を過信すべきではない
ーー先に触れたように、メディア環境が激変する中で、既存メディアから新興メディアに移る人が増えています。そのとき、注意すべきポイントはどんな点なんでしょうか?
まむし:これまでのやり方を絶対的なものだと過信しないことでしょう。
ーーというと?
まむし:伝統的メディアの場合は、既存のファンが多く、確固とした流通チャネルがあるため、そこに情報を載せることが編集人材の主な仕事になりがちです。でも、新興メディアの場合は、ゼロからファンを開拓したり、チャネルをゼロから構築しなければなりません。
こういう新たなファンやチャネルは、「いいコンテンツを出していれば自然とできる」というものではなくて、マーケティング的な視点やエンジニアリング的な視点が大切です。そこは、マーケターやエンジニアなどの専門家を尊重して進めたほうがうまくいったりするんですよね。
ーー新興メディアには新興メディアにふさわしい方法がある、ということですね。
まむし:既存の、特に大手のメディアだと、コンテンツの制作者が力を持ちがちなところがあると思うのですが、そういう認識は捨てて、ゼロペースでメディア作りの一員として参画するのがいいんだろうなと思います。
その一方で、編集者的なものの見方や情報発信に対する誠実さという面で、マスメディア出身者の知見は他にないものといえます。そこをうまく使いながら、新しいことにチャレンジしていくという姿勢が求められているのだと思います。