生活保護基準の引き下げはやめてほしい
生活保護基準の引き下げはやめてほしい
みなさんは、自分の生活費を来月から1割減らさなければならなくなったら、どうするでしょうか。
月収25万円の人にとっては2万5千円。月収15万円の人にとっては1万5千円。月収50万円の人にとっては5万円のカットになります。
もちろん、それぞれの負担感は違うでしょうが、ちょっと遊びに行くのを控えたり、節約したり、貯金をやめたり。
当然ですが、所得が低ければ低いほど、減らしてはいけないものを減らさなければならなくなります。
食事を減らしたり、エアコンの使用を控えたり、そもそも不要な外出をやめたり……。
この1割カットをもし、政府に強いられるとしたら、あなたはどう思いますか?
自分で働いて稼いだお金だから政府が関与するべきではない? 年金は自分が払ったものだから削減されるべきではない? では、生活保護はどうですか?
生活保護なら1割カットをしてもかまわないのでしょうか。
いま、日本で最も生活が苦しい人たちの生活水準を最大で1割程度カットしようという議論が佳境に入っています。そもそもがギリギリの水準で生活している人の生活費をカットするというのは、正直、かなり厳しいことですし、僕は反対しています。
以下にいろいろ書くのですが、言いたいことは一つだけ。
生活保護基準の引き下げはやめてほしい。そして、低所得者の生活水準をあげるための方策をとってほしい。
果たして、社会として生活保護の引き下げを許していいのかどうか、考えたいと思います。
新基準の方向性は「引き下げ」
昨日(12月14日)、生活保護基準部会が開催され、1年ほどの議論がおこなわれてきた新たな生活保護基準についての学識専門家による報告書の原案が公開されました。
これを受けて、メディアでも「生活保護基準の引き下げ」として報道が始まっています。
生活保護の生活扶助 一部の世帯で引き下げへ | NHKニュース
生活保護費引き下げへ 都内4人世帯で13%減の試算も:朝日新聞デジタル
ちなみに、上記の報告書には、具体的な新基準の金額は書かれてはいません。報道などで出てくる何%減額、や、何円削減などは、12月8日に公開された厚労省の原案によるものと思います。
ここには、二つの新たな生活扶助基準の計算方法が書かれており(「展開方法(1)」と「展開方法(2)」)、この通りに基準が見直されるとすると、各世帯で大幅な減額になる可能性があります。
例えば、都市部(1級地の1)で夫婦子1人世帯 (30代夫婦+子3~5歳)の場合、現行基準が148380円のところ、展開方法(1)だと144760円、展開方法(2)だと143340円となり、どちらの方法でも4000円~5000円の減額。
同じく都市部の母子世帯 (子2人) (40代親+中学生+小学生)の場合は、現行基準が155250円のところ、展開方法(1)だと145710円、展開方法(2)だと144240円となり、こちらはどちらも1万円以上の減額。
そして、同様に都市部の高齢単身世帯 (65歳)に関しては、現行基準で79790円のところ、展開方法(1)では73190円、展開方法(2)だと74370円とこちらも減額。
世帯構成によっては展開方法(1)の場合は現行基準を上回る、などのものもありますが、現実には高齢単身世帯が多いことなどの実際の生活保護世帯の世帯類型でみれば、総じて引き下げになります。
もちろん、ここに示された通りの新基準になるのかはまだ決まっていませんが、引き下げの方向性であることは間違いありません。
生活保護基準をなぜ引き下げるのか
生活保護基準は今回、なぜ引き下げられるのでしょうか。
すごく、シンプルな言い方をすると、低所得者の消費水準が低い、というのが理由です。
しかし、上記の生活保護基準部会でも単純な引き下げには慎重な意見が多く出ているほか、公開されている報告書案にも下記のような記述があります。
このような意見を反映してか、厚労省が削減幅を調整するのではないかという報道もあります。
生活保護:減額、最大5%に調整 批判に配慮、幅を縮小 厚労省 - 毎日新聞
引き下げありきの議論になっている
生活保護の基準というのは、生活保護法によって「厚生労働大臣が定める」となっています。生活保護基準部会の結論がそのまま基準の改訂になるのではなく、最終的な判断は厚生労働大臣、すなわち政府がくだします。
ここで重要なのは、「政府が基準を決定する」ということです。
つまり、「低所得の消費水準が低いから生活保護も下げよう」にすることも、「低所得者の消費水準が低いから生活保護基準を堅持して低所得者の消費水準自体をあげていこう」と政策を導入することも、どちらを選択することもできる、ということです。
今回、残念ながら政府が低所得者の消費水準をあげていくための施策を準備しているとは聞きません。何%の引き下げか、が論点になっていることには危惧を感じます。
2013年も生活保護基準を引き下げた
実は、生活保護基準の引き下げは、今回が初めてではありません。2013年8月から、すでに段階的に生活扶助基準の引き下げはおこなわれ、生活保護世帯の家計の平均6%がカットされてきました。しかも、子どものいる世帯(複数人世帯)ほど結果的に多く削減される計算方法がとられており、同年に成立した「子どもの貧困対策基本法」の理念と矛盾したものとなっています。
下記の記事は5年前に書いたものですが、今の状況とも類似しているのですが、当時の厚労大臣の『1割カットが自民党の公約にあった。個々の家庭でみれば1割ぐらいが最大上限ではないか。そのあたりを検討したうえで適切に判断したい』という発言が、その後の新基準(現在の基準)に大きく影響したことがわかります。
【SYNODOS】生活保護の「引き下げ」は何をもたらすのか/大西連
繰り返しますが、「低所得の消費水準が低いから生活保護も下げよう」にすることも、「低所得者の消費水準が低いから生活保護基準を堅持して低所得者の消費水準自体をあげていこう」と政策を導入することも、政府が決定することなのです。
つまり、生活保護基準を引き下げる、という結論は、きわめて政治的な結論でもあるということです。そして、この間、引き下げありきで議論がなされてきたことは注目するべきことでしょう。
生活保護基準の引き下げ=生活保護世帯の生活水準の引き下げ
生活保護基準の引き下げは、厚労省以外の施策にも大きくその影響があると言われています。代表的なものでは就学援助や住民税等の非課税基準、介護保険の減免基準などなど。
とはいえ、最も大きな影響は生活保護世帯の生活水準が削減されるということです。
最新のデータによれば、現在、生活保護を利用している人は、212万5803人です。(厚労省被保護者調査2017年9月速報値)
生活保護基準がたとえば仮に前回と同様に平均6%引き下げられるとすると、この212万5803人の生活水準が6%分カットされることになります。
彼らにとっては、この支給額が生活費のすべてになりますから、この削減は非常に大きいものです。
そして、生活保護利用者の52.9%が高齢世帯、25.7%が傷病・障害世帯であることからも、働いて収入の増加を目指すことができない層にとっては、ただ毎月の生活費が削減されるだけの非常に厳しい結果となるでしょう。
いまの引き下げの方向性は、高齢や傷病・障害といった、社会の支えを必要とする人達に対して、とても冷たいものです。こういった引き下げの話が出ること自体、彼らの立場からしたら、生活水準を削らなければならなくなること以上に、社会がまるで自分たちの生活水準のカットを望んでいるかのような二重の恐怖を感じると思います。
政府に言いたいのは、本当にこんなことをしていいの?ということです。
生活保護基準の引き下げは他人事ではない
生活保護基準の引き下げは、212万5803人にとっての問題だけではありません。
問われているのは、私たちの社会のあり方なのではないでしょうか。
高齢化が進み、また、多様化が拡がるこの日本社会で、最も苦しい状況にいる人達に寄り添うのではなく、突き放すかのような引き下げの議論は、時代に逆行しているとも言えるでしょう。
この閉塞感が漂う現代で、老後の不安を感じない人はいないでしょう。誰もがいつ病気になったり事故にあうかわからない、失業や家族との離別など、さまざまなリスクが訪れ得るなかで、自助努力や家族の支えだけでは成り立たない時に、社会で支える仕組みとしての生活保護の役割というのはその重要性を増しています。
安易な引き下げの議論に流されず、冷静な議論が求められています。
僕が理事長をつとめる〈もやい〉では、12月9日に下記の声明を出しました。
多くの方が、この引き下げに反対してくれることを願っています。