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1,858名もの集客力。世界2位との緻密な戦術ゲーム。今、ブラインドサッカー日本代表がアツい理由。

小澤一郎サッカージャーナリスト
提供:日本ブラインドサッカー協会

 11月4日(日)に町田市立総合体育館で「ブラインドサッカー チャレンジカップ2018」が開催され、ブラインドサッカー日本代表は世界ランク2位のアルゼンチンと対戦。日本は先制しながらも1-3と逆転負けを喫した。

 

 1,858名もの来場者があった集客力、人気の高さはもちろん、それ以上に日本の緻密な戦術とそれを支えるスカウティング力、日本の戦術的駆け引きを凌駕するアルゼンチンの対応力に驚かされた。

 

■先制しながらも前半ラインが下がってしまった日本

 

 キックオフから攻勢を仕掛けたのは日本。高田敏志監督の「良い守備からしか良い攻撃は始まらない」というコンセプトの通り、日本はアグレッシブなプレッシングからアルゼンチンの自由を奪い、ボールを奪ってからも素早い切り替えとコンパクトな陣形で相手ゴールに人数をかけて迫っていく。

 

 すると3分にエースの川村怜が先制点を奪う。

 ゴール前2対3の状況から抜け出した川村は一度はGKに弾かれるもこぼれ球をそのまま右足で振り抜き、日本としてアルゼンチン戦初得点を決めた。「(こぼれ球は)相手も寄せてきたのですが、そこは上手くブロックをして、持ち直してしまうと寄せられてしまうと思ったのでそのまま振り抜きました。タイミングが良かった」と相手GKの股下を抜く自らのゴールを振り返った。

 

 その後、アルゼンチンが徐々に地力を発揮して終わってみれば3点を奪って逆転するわけだが、試合の分岐点は前半日本が1点を奪って以降の時間帯にあった。

 

 高田監督が「前半先制したあと日本の攻撃ラインが下がったのは、『守れ』という指示を出すと下がってしまう傾向が日本人にはあり、その部分に関してマネジメントを実行できなかった」と振り返った通り、1点リードして以降の日本は徐々にライン、ポジションを下げていく。

 

 アルゼンチンの同点弾は前半終了間際の19分。川村は「リードした後の時間の使い方であったりプレーの仕方はもう少し考えていかないといけない。はっきりしていた、チーム全体では明確にしていたと思うんですけど、そこでちょっと甘さが出たかなと。前半の失点は非常にもったいなかった」と話す。

 

■プラン以上に「引きすぎてしまった」のはなぜ?

 

 そもそもキックオフ直後のような高い強度でのプレス、プレーを続けることが難しいと理解していた日本は事前のゲームプランとして自陣でダイヤの陣形を組んでブロックを作る守備を用意していた。しかし、プラン以上に「引きすぎてしまった」というのが試合後に選手から反省の弁として出た。

 

提供:日本ブラインドサッカー協会
提供:日本ブラインドサッカー協会

 GK佐藤大介は、「最後の閉めるところ、(前半が)終わるところでしっかりとブロックを作って守ろうという話はあったのですが、その“守る”が後ろに引き気味になりすぎてしまって、簡単にゴール前で持たせてしまった

 

 引いて守るんですけど、ボールは奪いに行くというか。ある程度プレッシャーをかけないと自由度は上がってしまうので。そこが全体の意識にズレがあったかなと。ピッチの中でやっている選手の中で、お互いが修正を出来れば良かったかなと思います」と振り返る。

 実際、佐藤は試合中に選手同士でのコミュニケーションが不足していたことを認めていた。厳しい指摘にはなるが、そこは日本の選手の状況判断、局面理解が不足していたということ。

 

 試合後、報道陣からアルゼンチンの監督、選手に対して「日本とアルゼンチンの差(=日本の課題)」についての質問が相次ぎ、マルティン・デモンテ監督からは「特別差はない」と前置きした上で「挙げるとすれば、プレーのインテンシティ(強度)の継続性でしょう。そこは選手交代を上手く使いながら持続させるしかないと思います」と述べた。

 

 確かにこの試合のアルゼンチンは素早く選手交代を使ってプレーのインテンシティを高く保つことに成功していた。特に後半はそこで圧倒的な差が出たと言っていい。対する日本の高田監督はそれほど交代カードを切らなかったが、これは結局のところ選手層の薄さに原因がある。

 

■フィジカル面よりも戦術理解度に差を感じた

 

 両チームの主力選手間にも差は見えた。

 一般的には、この試合はフィジカル面での差が言及されることになるだろうが、筆者はそれよりも両チームの選手の戦術理解度に違いがあると感じた。

 たとえば、先程GK佐藤が言及したように前半終了間際の日本は引いて守るという約束事を実行すべく各選手がライン、ポジションを下げて守備対応をしていたが、結果として下がりすぎてしまい、ボールホルダーへのプレッシャーがなくなり、かなり自由にアルゼンチンに攻め込まれる状況をみすみす作ってしまった。

提供:日本ブラインドサッカー協会
提供:日本ブラインドサッカー協会

 

 この試合のアルゼンチンは不慣れな体育館、人工芝での試合ということもあり、8月のタンゴカップ(アルゼンチン開催)の日本戦とは異なる戦術を採用した。デモンテ監督はこう説明する。

 

「8月の対戦ではボールは圧倒的に持てましたが、シュートまでなかなかいけませんでした。今日はその反省もあったので少しやり方を変えました。あと、ピッチコンディションが大きく違っていました。アルゼンチンで普段やっているコートは芝が短く、水をまいています。そのためボールがよく走ります。

 

 今日のような人工芝は、われわれが普段やっているパスをつなぐサッカーをするのに適していません。芝が長く、ボールが走りませんのでチームとしてパス回しをするよりも、フィニッシュゾーンに直線的なサッカーをすることに決めました。もちろん、来て頂いたお客さんのためにもいいサッカーは見せたかったのですが、プレー環境に応じてサッカーを変えることも必要なことです」

 

■世界的ストライカーをサイドではなく中央に配置する新戦術

 

 そこでアルゼンチンが新たに繰り出したのが普段は左サイドに張るエースのマキシミリアーノ・エスピニージョ(以下、マキシ)を中央に配置し、後方から一本のパスで決定機を作ろうとする戦術だ。

 「初めて見ました」とアルゼンチンが対日本向けに新戦術を用意してきたことに驚いた高田監督はこう説明する。

 

提供:日本ブラインドサッカー協会
提供:日本ブラインドサッカー協会

「中央を狙われるのはわかっていたので絞っていたのですが、基本的にあのボールというのは角度を作ってクロスに入れられたので、面(守備のブロック)をズラしても、こちらが上手くスライドをしても通されます。

 多分、トレーニングマッチとアルゼンチンでの試合を分析されて、僕らが狙っているのを外そうとしてきたのではないかなと。途中で気づいたのですが、(中を)閉めていると外に出される。外に出された方が後からプレスをかければいいだけなので、そこは想定はしていましたが、あそこまできれいに通されるのはちょっと想定外でした。初めて見ました。W杯でもああいう角度のついた、マキシが外から中に入ってきてあれだけきれいに受けるという形はこれほどなかったです」

 

 IT活用に積極的な高田監督はゾーン(横線)とレーン(縦線)の定義を導入してピッチにマス目(番号)をつけ、たとえばマキシであればどのマスにベースポジションが置かれ、どういった進入角度でドリブルを仕掛けてくるのか、といった行動履歴を事細かにデータとして抽出しているという。

 

 8月の対戦の時はマキシの行動履歴、シュートパターンを踏まえた対策を完璧に打ち、「これほど抑えられたことはないというほど抑えることができました」(高田監督)というほど世界的ストライカーをシャットアウトした。だからこそ、今回はアルゼンチンが日本の守備対応を分析して敢えてマキシを中に配置する策を練ってきた。

 

 このように、ブラインドサッカーはGK以外のフィールドプレーヤー4人が全盲で視覚に一切頼ることができないからこそ、世界トップレベルのチームになればボールやコーラーの音以上に、緻密な戦術、プレーのパターンがかなり高いレベルで準備されている。不慣れなピッチコンディションでチームとして新しい戦術を使うのみならず、ゴールという結果につなげてしまうあたりがアルゼンチンが世界2位の強豪たる所以だ。

  

■ブラインドサッカーでは「戦術がキー」

 

 デモンテ監督はブラインドサッカーという競技について「戦術がキーです。チームとして今、誰がどういうプレーをしているのかを理解していなければいけません」と説明する。

 

 全盲の選手たちがまるで「目が見えているかのように」信じられないプレーを披露し、日本も世界屈指のプレーインテンシティを誇るアルゼンチンに対して怯むことなく戦った。

 そうした魅力、競技としての醍醐味やエンターテイメントとしての面白さは、NPO法人日本ブラインドサッカー協会(JBFA)の地道な活動によってかなり広まってきたように思うが、この次のフェイズとしてこのチャレンジカップで両国が見せたような緻密で戦術的なサッカーの楽しみがあることも多くの人に知ってもらいたい。

 

 「サッカー」というくくりで、この試合の日本、アルゼンチン両国のロジックを見た時には、ある意味で健常者が行うサッカー以上にバックボーンにはデータやITテクノロジーに裏打ちされた規則性、パターンといった確固たる戦術が用意されていたのではないだろうか。

 

 最後に、2020年の東京パラリンピックでのメダル獲得を目標とするブラインドサッカー日本代表の近年の進化について、アルゼンチンのデモンテ監督の言葉を紹介して本稿を締めくくりたい。

提供:日本ブラインドサッカー協会
提供:日本ブラインドサッカー協会

 

「日本は長年いいチームでしたが、ずっと守備的なサッカーをするチームでした。ただ、今の世界のブラインドサッカーもサッカー同様、戦術的進化は著しく、守るだけ、引いてブロックを作るだけのチームでは勝てなくなっています

 ブラインドサッカーでもすでに攻撃か守備かの議論はなくなっていますし、日本の進化に負けないようわれわれアルゼンチンも進化すべくサッカーや他のスポーツから貪欲に最新の戦術を学んでいます。

 

 そうした戦術トレンドがある中、日本は高田監督が率いて以降、攻撃的で戦術的に整備されたサッカーをするようになってきました。2020年の東京パラリンピックを考えた時、日本は戦術的選択肢を多く持ったチームに間違いなく進化するでしょう

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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