家計が値上げを受け入れているとの日銀総裁の指摘は正しいのか
日本銀行の黒田東彦総裁は6日、東京都内で講演し、商品やサービスの値上げが相次いでいることに関連し、「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」との見解を示した(6日付産経新聞)。
この講演とは、きさらぎ会における講演であり、そのタイトルは、『金融政策の考え方 ──「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現に向けて──』となっていた。
https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2022/data/ko220606a1.pdf
日銀の物価目標は消費者物価に置いてあるので、致し方ない面もあるが、この講演では日銀が集計している企業物価指数については、ほとんど触れていなかった。4月の企業物価指数は前年比10%もの上昇となっているのであるが。こちらも物価指数であり、日銀が担当しており、一番詳しいはずなのだが。
それはさておき、今回の講演の注目点はここにあらず。講演の最後のほうにあった下記の部分である。
「企業の価格設定スタンスが積極化している中で、日本の家計の値上げ許容度も高まってきているのは、持続的な物価上昇の実現を目指す観点からは、重要な変化と捉えることができます。」
企業の価格設定スタンスが積極化している理由として、企業の物価観を挙げているが、ここでも企業物価指数には触れずに、日銀短観の販売価格判断DIを使っている。もちろん適切ではあるものの、どうして前年比10%も上昇している企業物価には触れないのか。。。(しつこい?)
「この点について、東京大学の渡辺努教授は、興味深いサーベイを実施されています。具体的には、「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がったときにどうするか」という問いに対する家計の回答について、日本も含めた5か国を対象に、定期的に調査を行っています。」
突然に東京大学の渡辺努教授のサーベイを取り上げている。ちなみに渡辺氏は1日のインタビューで、(日銀による)利上げなど金融引き締めは「絶対にあり得ない」と発言していた。この点、かなり黒田総裁と意見が合っていそうである。
「昨年8月の前回調査では、日本の家計の半数以上は、値上げに対し「他店に移る」と回答しており、まさに屈折需要曲線が想定するような状態でした。これは、「値上げを受け容れ、その店でそのまま買う」との回答が半数以上を占める欧米とは、大きく異なっていました。もっとも、この4月に実施した調査では、日本の回答結果に変化がみられています。すなわち、値上げに対し、「他店に移る」との回答が大きく減少し、「値上げを受け容れ、その店でそのまま買う」との回答が、欧米のように半数以上を占めるようになっているのです」
今回、問題となっていたのはこの箇所である。これは日本の家計の物価観に変化があったのか。賃金が上がらないのに値上げを受けいれるわけがないとの意見も多く出ていたようだが、受け入れているというより受け入れざるを得なくなっていると考える。
我々は家計を担っているとともに企業人であったりする。何度も繰り返しているが企業は10%もの物価上昇の影響を受けている。それだけエネルギーなど資源だけでなく原材料価格、輸送費などの上昇の影響をもろに受けている。そこに円安の影響も加わる。物価観に変化が出てもおかしくはない。
物価の上昇や円安を睨んで、今後、必要とされそうなもの(年数の経過したスマホなど)を早めに購入しておくなどしている人も多いのではなかろうか。下記のようなニュースもあった。
「米Appleが6月6日(現地時間)に開催した開発者会議「WWDC22」にて、新型MacBook Airと新型MacBook Proを発表したが、販売価格に大きな変化が見られた。昨今の円安を反映してか、Apple StoreのMacの価格が全体的に値上げされている」(ITmedia NEWS)。
値上げに対し、他店に移っても、やはり値上げされているとの認識も強まっているものと考えられる。また4月はまだコロナ禍で、移動を控えていたことによる影響なども指摘されていた。
いずれにせよ、我々は値上げを積極的に受け入れているわけではないが、受け入れざるを得ない状況を理解しつつあるとの認識ではないかと考えられる。
ただし、今回、日銀総裁はこの講演で「揺るぎない姿勢で金融緩和を継続していく」と語っていた。これを受けて円安が加速した。その結果、さらに輸入物価に対して上昇圧力が加わることになるが、これも我々が受け入れているわけではないであろう。