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景気の底打ち要因はアベノミクスなのか

久保田博幸金融アナリスト

5月2日付けの日経新聞に「景気の「谷」12年11月 後退局面は戦後2番目に短く」との記事があった。

「政府は2012年5月に始まった日本の景気後退局面が同年11月に終わったと暫定的に認定する方針だ。景気が底打ちした時期を示す谷を12年11月と認定すれば、景気後退局面は7か月間となり戦後では2番目に短い。同年12月に安倍晋三政権が発足した時には景気回復が始まっていたことになる。」

ここでのポイントは「2012年12月に安倍晋三政権が発足した時には景気回復が始まっていたことになる」というところ。ここにきての景気の回復はアベノミクスの影響とされているが、果たしてそうであったのであろうか。

アベノミクスは1931年12月からスタートした高橋財政をモデルにしたとされるので、まず高橋財政の際の様子を確認してみたい。

1931年12月に立憲政友会の犬養毅内閣が成立した。蔵相には高橋是清が就任し、直ちに「金輸出が再禁止」され、ここから高橋財政がスタートした。高橋是清がデフレ脱却のために打ち出した一連の政策は、12月13日の金輸出再禁止、12月17日の銀行券の金兌換停止による「金本位制からの離脱」が大きな柱となった。

民政党の浜口雄幸内閣の際に井上準之助蔵相が主導し、金本位制への復帰を行なったが、これにより大量の金が輸出解禁とともに海外に流出し、それが国際収支の悪化を招き、日本の景気は急速に悪化した。このため1931年12月11日の民政党の若槻内閣の退陣による政権交代は、それまでの民政党による緊縮財政の転換を予想させた。

13日の金輸出禁止のニュースを受け、14日の東京株式取引所はこれを好感し買い物殺到で整理がつかず、15日から17日は休場せざるを得なくなった。高橋是清蔵相への期待感も大きかったが、金輸出禁止によりムードが一変したのである。1929年から1931年まで年率1%弱にとどまった実質経済成長率は、1932年には4.4%、1933年には10.1%へと急回復した。

ただし、これは高橋蔵相による積極財政によるものとの解釈があるが、財政支出の拡大がこの景気回復を促したかといえば、そればかりが要因とも言えない。高橋財政がスタートする前に、すでに景気は自律回復の条件が整っており、禁輸出再禁止とそれによる円安や資金供給、さらに金融緩和策も相まって物価の上昇を促し、景気回復を促進させたと言えた。(参考、「聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓」)

このときの様子は2012年11月14日に当時の野田総理が衆院解散を正式に発表した際の状況に似ている。株式市場はこれを好感し、日経平均はこれから上昇基調となったのである。民主党への不満が安倍自民党政権への期待に変わり、安倍自民党総裁のリフレ発言が、きっかけ待ちとなっていた円売りの材料とされた。まさにレジーム・チェンジが起きたことは確かであるが、それはリフレ政策によるデフレ脱却がイメージされたというよりは、ヘッジファンドによる仕掛も手伝っての急激な円安と株高により、市場のマインドが急変し、円安と株高が景気回復への「期待」を強めさせたことが大きい。すでに欧州の信用不安は後退しており、円高調整が入りやすい状況にあったことも重要なポイントとなる。

高橋財政とアベノミクスには共通する部分も多いのは事実であるが、リフレ政策そのものが日本経済の回復の要因となったと結論づけることはできない。高橋財政に関しても、日銀による国債引受といういう手段を用いたことで、デフレから脱したわけではない。日銀が国債を大量に買い行けることで経済にどのような影響を与えられたのか。これについては以前の日銀の量的緩和や英国や米国での量的緩和による景気・物価への影響等の分析もあったが、はっきりと結論づけられているものはない。

景気が底打ちした時期を示す谷を2012年11月と認定するのであれば、その要因分析も明らかにされると思われる。まさか輪転機を回すことへの期待が主要因となったということにはならないとは思うが。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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