Yahoo!ニュース

習近平はパレスチナとイスラエルを和解させることができるか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席と北京で会談するアッバス議長 2013年(写真:ロイター/アフロ)

 6月14日、訪中していたパレスチナのアッバス議長が習近平と会談した。3月10日のサウジ・イランの和解仲介以来、中国を中心に中東和解外交の雪崩現象が続いている。習近平は米一極支配から多極化による世界新秩序構築を狙っているが、視野の一つにパレスチナとイスラエルの和解がある。可能なのか。習近平の動きとアメリカとイスラエルの間に生じた亀裂を考察する。

◆パレスチナのアッバス議長と習近平国家主席の会談

 6月13日から国賓として訪中していたパレスチナのアッバス議長が、14日、習近平国家主席と人民大会堂で会談した

 中国ではパレスチナを国家として承認しているのでアッバス議長ではなく「アッバス総統(大統領)」と称している。2021年時点で、国連加盟国のうち138ヵ国がパレスチナと国交を結んでいるが、アメリカや日本など西側諸国を中心として55ヵ国がまだ国家として承認していない。そのためここではアッバス議長と書いたが、中国での報道に基づけば、「両国首脳」は先ず、戦略的パートナーシップを宣言した。

 会談の中で習近平はパレスチナを国連加盟させることに全面的に努力するとした上で、以下の三つの主張を提示した。

 1.パレスチナ問題の根本的な解決のために、1967年に建国した時の国境線に基づき、東エルサレムを首都とし、完全な主権を持つ独立したパレスチナ国家を樹立する。

 2.パレスチナの経済と人々の生活のニーズを保障し、パレスチナへの開発援助と人道支援を強化する。

 3.和平交渉の正しい方向性を堅持しなければならない。エルサレムの宗教的聖地の歴史的形成における現状を尊重し、過激で挑発的な言動を拒否し、より大規模で、より権威があり、より影響力のある国際平和会議の開催を促進し、和平交渉の再開のための条件を創り出し、パレスチナとイスラエルが平和共存できるように実際的な努力をする。また中国は、パレスチナの内部和解をも実現したいと望んでおり、そのための和平交渉を促進する上で積極的な役割を果たす用意がある。(三つの主張は以上)

 中国は3月10日にサウジ(サウジアラビア)とイランを和睦させてからというもの、まるで「中東和解外交雪崩現象」と称してもいいような和解外交を展開させ、ついに中東における最大の難問である「パレスチナ問題」すなわち「パレスチナとイスラエルの間の紛争」まで解決しようという意欲を見せている。

 そのためにサウジ・イラン和解宣言と連動して、3月9日には中国政府の中東問題担当特使がイスラエルを訪問しているし、4月17日には秦剛外相がイスラエルとパレスチナの外相に個別に電話を掛けて会談し、和解外交に向けて呼びかけている。

 しかし、習近平が提示した上記の三つの条件であるならば、当然パレスチナは喜んで賛同するだろうが、「1」にあるような、国境線を1967年時点に基づいて決めるとか、首都を東エルサレムにするといった条件では、イスラエルが賛同するわけがないだろうことは容易に想像がつく。

 これでは2月24日に中国が発布したウクライナ戦争「和平案」と同じで、ロシア軍は撤退しないと言っているのに等しい。

 では、イスラエルに対しては、中国はどのような動き方をしているのか、少し考察してみよう。

◆割合に友好的な中国とイスラエルの関係

 実は中国はイスラエルとも友好的で、1992年に国交を樹立して以来、1994年、1997年、2009年および2014年と、上海、香港、広州、成都などに総領事館を設立し、習近平政権になってからは双方の政府高官による往来が盛んになっている。

 特に2017年3月21日には、国交樹立25周年を記念して、イスラエルのネタニヤフ首相が訪中し盛大な式典の下で習近平と会談している

出典:新華網 日本語
出典:新華網 日本語

 この日、両国間で革新的な全面パートナーシップの樹立を宣言した。習近平はこの会談でも「イスラエル・パレスチナ問題は中東情勢に長期的かつ奥深い影響を及ぼし続けるもので、中国は、イスラエルが『二国共存解決案』を基盤として、イスラエル・パレスチナ問題を処理することを賞賛する」と強調した。

 それに対し、ネタニヤフは「イスラエルは、一帯一路の枠組みの中でのインフラ施設などの協力事業に積極的に参加したいと考える。中国が中東実務においてより大きな役割を果たすことを期待している」と述べ、パレスチナ問題に対する中国の和解外交を基本的には歓迎している様子がうかがえる。

 ネタニヤフの訪中は、これで3回目になり、最初は1998年に江沢民政権のときで、2回目は2013年5月9日に北京で習近平と会っている

 中国・イスラエル間では経済面における交流も非常に盛んで、2021年の二国間貿易額は228億米ドルに達し、前年比30.2%増で、2022年はコロナの影響で少し伸び悩んでいるが、それでも255億米ドルで前年比11.6%増となっている。イスラエルにとって中国はアジア最大の貿易相手国で、世界でも二番目の貿易相手国だ。

 何より注目されるのは、イスラエルは中国をカウンターパートとして<170億米ドルのイスラエル鉄道2022-2026年発展計画プロジェクト>を推進していることである。このプロジェクトには中国鉄道トンネル局や中国鉄道電化局の合弁会社や中国建設第六局など複数の中国資本企業が関わっており、イスラエルとしては前代未聞の規模だと、イスラエルの社会経済内閣は誇っているようだ。

◆イスラエルを敵に回したアメリカ:中国による和解を後押し

 しかし、中国が「パレスチナとイスラエルの問題」を解決しようとするのを、アメリカが黙って見ているはずがない。

 特に2017年12月6日にはトランプがエルサレムをイスラエルの首都であると承認してしまった。つまり東エルサレムもイスラエルの領土と認めたことになる。これに関しては「アメリカ国内における大統領選のための人気取りに過ぎず、中東の平和をかき乱す」など、世界から少なからぬ非難を浴びたが、イスラエルはもちろん大喜びだ。

 それならイスラエルとアメリカの仲は蜜月なのかというと、必ずしもそうではなく、バイデン政権になってからは大きな亀裂が生じている。

 たとえば今年3月30日の記事<米イスラエルに亀裂=バイデン氏、司法改革撤回希望―ネタニヤフ氏「圧力」と反発>にあるように、イスラエルのネタニヤフ政権が進める司法制度改革を巡り、バイデン米大統領が3月28日、記者団に対し「(改革案の)撤回を望む」と異例の発言を行った。これに対し、ネタニヤフ首相は29日、声明を出し「外国の圧力で決定は下さない!」と反論。両者の亀裂があらわになり「信頼関係の危機だ」(イスラエル紙ハーレツ)と両国関係悪化へ懸念が広がっている。

 一方、イスラエル国内では改革案をめぐって「民主主義を崩壊させる」と訴える抗議活動が全土に拡大しているのだが、この反政府デモを支援しているのがアメリカのNED(全米民主主義基金)だと、ネタニヤフの息子(ヤイール・ネタニヤフ)は指摘し、バイデン政権を糾弾している。ネタニヤフ自身は「イスラエルは主権国家だ」と反発し、いまイスラエルとアメリカの関係は破壊的に悪くなっているのだ。

 サウジが中国の方へ寄って行ったのも、元はと言えばバイデンが2018年におけるサウジ人新聞記者カショギ氏の殺害に関してサウジのムハンマド皇太子の関与を疑っていることから、アメリカとサウジの関係が冷え切ってしまったことに原因の一つがある。

 バイデンはそれに懲(こ)りずに、今度は中東におけるアメリカの最後の砦であったイスラエルに批判の矛先を向け、バイデンが自由に操ることができるNEDを使って反政府デモを煽ったりしたので、イスラエルのベン・グヴィル国家安全保障大臣は「イスラエルは一つの独立国家だ!アメリカの星条旗の中の星の一つではない!」とまで叫んで、アメリカを罵倒した

 今年5月1日にはアメリカ共和党のマッカーシー下院議長がイスラエルに行き、イスラエル国会で演説をしてバイデン政権との差別化を図ったが、そんなものでは、なかなかアメリカとイスラエルの間に生じた亀裂は埋まりそうにない。

 一方、サウジは6月5日、<パレスチナ問題で、中国の立場は申し分ない>と褒めそやしている。中国側に付いたサウジはいま勢いを増している。

 ひょっとしたら習近平が提示した「三つの条件」の「1」を緩和させて、和解に持って行くことがあり得るかもしれない。

 となると、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の図表2-2に示した中東諸国の図は、すべて中国色に染まってしまい、習近平が狙う「米一極から多極化へ」の地殻変動が実際に起きてしまう危険性があることになる。注意深く進捗を見極めたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事