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アンドラステ引退、実績だけでは伝わらない「負けて強し」の名牝

勝木淳競馬ライター

競馬では「負けはしたけど、いちばん強い競馬をしたのはこの馬だ」「負けて強し」という回顧コメントを多く見かける。結果とは当然着順にあらわれるものだが、馬券を買う立場からすると、負けた馬のなかから次に買える馬を探す作業も大切。まして競馬は馬場や枠順、展開といった不確定要素が多く入り込む。だからこそ、着順という結果にあらわれないこともある。数値化しきれない余地を残すのも競馬の醍醐味だ。

グラアレグリア、ラヴズオンリーユー、クロノジェネシスら牝馬最強世代のアンドラステが京都金杯を前に脚部不安のため引退、1月6日に競走馬登録を抹消した。「負けはしたけど、いちばん強い競馬をした」馬として記憶に残したい一頭だ。重賞は小倉芝1800mで行われた中京記念のひとつ。一方で重賞2着3回3着1回。その内容を振り返ると、もうひとつふたつ勝って不思議はなかった。

初の重賞2着は20年ターコイズS。前後半800m46.5-48.1、ハイペースの持久力戦のなか、勝ったスマイルカナを追い詰めてタイム差なし、ハナ差及ばなかった。その前に同舞台の京成杯AHでは追走するだけで一杯、勝負所でレースに参加できなかったことを考えると、同じような流れで好位からしっかり競馬ができた。短期間で成長したことがうかがえる。

ハイライトは5歳秋だった。中京記念で重賞初Vを飾ったあと、関屋記念8着後に迎えた府中牝馬Sは5番人気。小倉勝利、新潟敗退という臨戦過程が嫌われたか、人気を落としていた。

レースはローザノワールが先手を奪い、アンドラステは2番手。前半はローザノワールを行かせ、折り合って進む。3コーナー残り800m標識をすぎたあたりからアンドラステが積極的にローザ―ノワールを追いかけ、ラップが上昇する。4コーナーから直線入り口、残り600~400mで11.0。この地点でローザノワールと並び、アンドラステはスパートをかける。

東京競馬場では直線を向いた残り400~200m最速ラップが理想。だからこそ、この11.0はひと区間早く、先行馬が最後までしのぐのは至難。しかしアンドラステはローザノワールをかわし敢然と先頭に立つ。さらに残り400~200m11.4で後続を離したものの、最後の200m、いや100mでアンドラステを目がけ外からシャドウディーヴァが交わしにかかる。最後の200mは12.0。自力で動いて11.0-11.4というラップを刻んだアンドラステは最後にちょっと苦しくなり、2着に敗れたものの、負けて強しの内容だった。

当時開幕2週目の東京芝は外からの差しも決まる馬場で、先行勢には苦しい競馬も多かった。それだけに2番手からこのラップで2着に残ったのは特筆できる。さらに府中牝馬S出走馬は7着アカイイトがエリザベス女王杯、12着ミスニューヨークがターコイズS、11着ローザノワールがディセンバーSを勝利、10着シゲルピンクダイヤも中日新聞杯3着と次走好走馬がズラリ。負けて強しの2着、価値は高い。

アンドラステも次走ターコイズS2着。最後はミスニューヨークにつかまった。このレースは前後半800m45.4-47.4の急流。マイル戦に短縮されたこともあり、アンドラステは府中牝馬Sとは一転、中団で流れに乗る。早めに抜け出した前走を糧に最後の直線に向くまでギリギリまでスパートを我慢。坂下から溜まった末脚を一気に解放、狭いスペースも怯むことなく、力強く抜け出す。だが、外からきたミスニューヨークにゴール寸前でとらえられた。

強気に攻めて2着、脚を溜めても2着。続けて重賞初制覇を逃した岩田望来騎手、なんとかアンドラステに重賞2勝目をという思いが、色々な競馬にチャレンジした試行錯誤から感じられた。アンドラステは引退したが、このトライ&エラー、必ず実る時が来ると信じたい。どちらも負けて強し。足して重賞1勝をとも言いたくなるが、現実はそうはいかない。それでも5歳秋の走りは価値ある2着だった。

アンドラステは15戦5勝。デビュー戦後に半年、その秋から半年、5歳前半に半年と故障による休養が多かった。必ずしも強くない体質にもかかわらず、陣営のケアもあり、レースではいつも全力を尽くした。その内容も府中牝馬SやターコイズSなどハイレベルな負けて強しのものばかり。

21年ターフを去った名牝たちと同じタイミングでアンドラステも母になる。競走成績では見劣るものの、果敢に先頭に立つその姿は産駒に受け継がれる。何年後かにアンドラステの仔と再会するまで、その走りを記憶にとどめておきたい。

競馬ライター

かつては築地仲卸勤務の市場人。その後、競馬系出版社勤務を経てフリーに。仲卸勤務時代、優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)、AI競馬SPAIA、競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』にて記事を執筆。近著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ(星海社新書)

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