教員の変形労働時間制法案は「エンドレス勤務」法になる(その1)
今国会に教員(地方公務員の学校の先生)へ「変形労働時間制」を導入する法案が提出されています。しかし、この法案が可決されると、現在、年間1850時間~1900時間程度の勤務時間数(月154~158時間程度)を年間2015時間前後(月168時間程度)まで増やすことが可能になり、年間でひと月分も勤務時間が増えてしまう可能性があります。
前提となる概念:「週休日」と「休日」の違い
まず、地方公務員にも労働基準法32条が適用され、使用者は、週40時間、一日8時間の範囲でしか働かせることができません(適法な残業は別)。
地方公務員の場合、勤務条件は自治体の条例で定められており、どの自治体も大同小異の勤務時間が定められていますが、例えば東京都の「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」で説明すると、週38時間45分の勤務時間(条例2条1項)を、一日7時間45分として月曜日から金曜日に割り振ります(条例3条1項)。その上で、土曜日と日曜日を本質的に労働義務のない「週休日」(定義は「正規の勤務時間を割り振らない日」)とします(条例4条1項)。
一方、祝日と年末年始の休み(以下「祝日等」とします)は「休日」として条例11条で別に定められており、「特に勤務することを命ぜられる場合を除き、正規の勤務時間においても勤務することを要しない日」と定義されます。
法的には、祝日等は、一日7時間45分の勤務時間が割り振られた上で、休みにするために職務免除(地方公務員法35条)を受ける、という技巧的な説明をしている訳です(『地方公務員の〈新〉勤務時間・休日・休暇 第2次改訂版』(学陽書房2017年)の159頁、296頁参照)。その限りでは、労働義務が設定された日を事後的に休みにできる民間労働者の年次有給休暇に似ているとも言えます。
職員は、祝日等に特に勤務を命じられた場合には、正規の勤務時間ではあるものの、「休日給」が支払われます(職員の給与に関する条例16条)。
教員の現在の年間勤務時間数
2019年度を例に取ると、下表のように、教員を含む地方公務員の勤務時間の原則型では、年間の総勤務時間数が1852時間15分となります。これは祝日等を休みの日と考えた場合の実際の勤務時間の値です。この値は、祝日の曜日の出方により毎年変化するのですが、概ね1850~1900時間の中で収まります。ひと月平均は154~158時間程度ということになります。
変形労働時間制:8時間原則を排し労働時間を「寄せる」
変形労働時間制(以下「変形制」)は、「労働時間法制の弾力化」の制度などと言われますが、要は労働時間の枠をあっちからこっちに寄せてきてやりくりする制度です。法的には、上記の「一日8時間、週40時間」(労基法32条)の原則のうち、一日8時間の原則を排し、週40時間ではなく、変形期間(制度により1ヶ月とか1年とか)を平均して週40時間以内であれば良く(労基法32条の2、32条の4)、例えば、ある週を32時間(月~金で一日5.4時間)にして8時間を翌週に寄せて48時間(月~土で一日8時間)などとすることができるのです。今国会に提出されてる制度は1年単位の変形制なので、年単位で労働時間を寄せて来ることができます。そして、民間でも、公務員でも、変形制を採用する職場では、週休日も変則的(変形休日制)になることが多く、東京都の場合も変形制を適用する「特別の勤務形態」の職員については、任命権者が週休日を別途定められる旨を規定しています(条例4条2項)。
変形制と技巧的な祝日等の仕組みの合体
ここまで説明すると、読者の方は気付かれたかもしれません。「実際には働かせていない祝日等の勤務時間を通常の勤務日に寄せてしまえば良いじゃないか!」と。実際、ネット上の情報公開が進んでいる関係で、ひと月単位の変形制が採用されている京都市消防局の消防士の例を取り上げると、基本的には24時間勤務(うち休憩8時間30分)のあとに勤務明け非番日、週休日、という3日単位の形で回っていくため、年間の週休日の数は多いですが、正規の勤務時間は年間2015時間前後となります。例えば、京都市消防職員の勤務時間,休日,休暇等に関する規程と、三部制勤務表を元に、2019年度における「一部」(グループ1という意味)の所定勤務時間を計算すると、下表の通り年間2015時間となります。東京消防庁は規程やシフト表を公開していないので正確な計算ができないのですが、電話で問い合わせたところ、余り変わらないようです。
変形制と技巧的な祝日等の仕組みが合わさることで、法技術的には年間の正規の勤務時間数が、通常の事務職の公務員と比べて、年間162時間45分(2019年度の場合)も多いのです。もちろん、祝日等に出勤シフトが当たった消防士には休日出勤手当が支払われたり、祝日に相当する休日を分散して取る努力はするなど、代償措置が取られるようですが、実際には代休の方は人手不足で取得がなかなか難しいようです。
教員は代償措置すらない
教員の場合、給特法という法律があり、休日勤務手当は支払われません(給特法3条2項)。
また、使用者が変形労働時間制を悪用し、祝日等を(変形)週休日にした場合、その日は休日ではなくなり(条例12条1項本文)、一方で、その祝日等の勤務時間を月~金の通常の勤務日に寄せてくることが合法的に可能になります。
結局、教員の場合、変形制を導入すると、最低限の代償措置すらないまま、年間2015時間程度の所定勤務時間とし、従前に比べて年間で162時間45分(2019年度の場合)もの勤務時間を増やすことが可能になるのです。なお、この2015時間という値は、地方公務員の週38時間45分の勤務時間を前提に、1年単位の変形制の総勤務時間の枠の計算式(=38.75÷7×366(うるう年のため)。『地方公務員の〈新〉勤務時間・休日・休暇 第2次改訂版』(学陽書房2017年)の134頁、135頁以下参照)を適用した場合の2026時間余とほぼ同じになります。
(追記)念のため書いておくと、これはあくまで所定勤務時間を「寄せる」やりくりの話なので、この162時間余の勤務時間が増えるからといって、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」での時間外勤務のカウントはゼロです。
教員の変形制はエンドレス勤務制度となる
残業代もなしに祝日等の分を働かせることができるとは、使用者にとっては何と魅力的な制度でしょうか。結局、公務員+教員+変形制の組み合わせは、最低最悪の魔合体と言えるでしょう。
この点、民間で変形労働時間制が導入されている職場は、強固な労働組合があって、相当綿密な労使の交渉をしない限りは、正規(所定)の労働時間を寄せて伸ばす方ばかりに関心が行き、寄せられた元の方には無関心なので、慢性的な長時間労働(と不払い残業)に陥っている例が多いです。この点について付言すると、筆者が知る限り、変形制が争われて有効となった裁判例は一つも無く、違法な運用実態が蔓延しています。
すでに広く知られるようになっていますが、教員は現在でも、過労死水準の長時間労働が蔓延しています。例えば、近年、小学校で英語教育まですることとされており、それにより教員の仕事(=勤務時間)が増える訳ですが、だからといって、英語の教員は必ずしも配置されないのです。このような教員の労働現場に、(法案では労使協定が不要とされる)変形制を、しかも寄せられる範囲の大きい1年単位のものを導入するのは、極めて危険なことであり、過労死を今以上に誘発する「教員エンドレス勤務」法となるでしょう。絶対に止めるべきだと思います。
(追記)民間の場合、祝日を実際には休日にして事業所を開けていない(管理者が出勤しない)のに、労働者にはその日に年次有給休暇を取らせる制度は違法となります(昭和26年8月6日基収2859号(労働基準法解釈総覧改訂15版410頁)。東京大学労働法研究会著『注釈労働時間法』(1990年有斐閣)397頁参照)。地方公務員の場合、条例で正面から定めてしまっているので、難しい問題がありますが、労基法の考え方と各地の条例が矛盾を来していることは指摘できます。