【栃木県栃木市】悲劇の最期を遂げたお姫様「小山芳姫の御堂」へ
悲劇の最期を遂げたことでも知られる「小山芳姫(おやまよしひめ)」。小山芳姫の墓保存会よって建てられた「小山芳姫の御堂」へ訪れてきました。(芳姫のお墓は、寒沢林道の奥にあり、現在は倒木により近づけません)
今から700年以上前の南北朝時代に下野の守護だった小山氏。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて繁栄した小山氏の第11代当主が小山義政でした。
小山義政の正室で、悲劇の最期を遂げたのが小山芳姫。義政に会うために、義政が最後を遂げた粕尾城(現:鹿沼市)に向かっていましたが、案内役のものに芳姫は殺されてしまったといわれています。
江戸時代に、哀れんだ村人が芳姫のお墓を建て供養しました。また、近年には小山芳姫の墓保存会より「小山芳姫の御堂」が建てられました。
小山芳姫の御堂があるのは、栃木県栃木市。星野遺跡の近くにある大応寺にあります。
左側に見える建物が大応寺と大ヒバ。小山芳姫の御堂は写真の中央の道の右側にあります。
案内板がありました。小山芳姫の最後やお墓についての説明があります。
階段を数十段登ります。
階段を登ったところに、小山芳姫の御堂がありました。
御堂は木々に囲まれてひっそりとした場所にありました。
芳姫と次女を手にかけた案内人は、二人の化身の蛇に呪い殺されるという伝説も残っています。
寒沢林道の奥にある小山芳姫のお墓にもいつか参りたいと思いつつ。住んでいる小山市の歴史に少し触れることができました。
歴史散策シリーズはまた更新予定です。