膀胱がん発症はなぜ起きた! 作業服やマスクだけでは防げない化学物質のリスク
厚生労働省は、染料や顔料のもとになる化学物質を製造する工場で、男性労働者5人が「膀胱がん」を発症していたことを公表した。朝日新聞の取材によれば、この工場は、北陸地方にあり、従業員は「マスクは着用していた」と話しているという。なぜ、被害が防げなかったのか。
皮膚からも吸収される可能性がある
厚生労働省の発表によると、この工場では、発がん性が指摘される「オルト―トルイジン(※)」など芳香族アミンの5種類を原料として扱っていた。5人はこれら液体の原料を混ぜる作業を担当していた。オルト―トルイジンの沸点は200度で揮発性は高くない。が、「皮膚からも吸収される」可能性もある。一般的には液体なので密閉した中で動かしていくのが基本だが、思わぬ使われ方で、揮発することがあるかもしれないという。
防毒マスクは着用していた
5人は40代前半~50代後半。現職4人は同工場に18~24年勤務しており、昨年2月から今年11月に発症したという。1人はすでに退職している。
朝日新聞では18日の朝刊で、がん発症の男性へのインタビューを載せているが、それによれば、この男性は、オルトートルイジンなど液体上の化学物質を混ぜ合わせて固体化し、乾燥化させて粉状の製品にする作業をしていた。乾燥や袋詰めの作業では、粉上の化学物質が作業場に飛び散り、仕事を終えると顔や作業服は小麦粉のような粉で真っ白になったという。防毒マスクを着用して作業をし、現場には集じん機も設置されていたが、集じん機能が働かない場所で作業することもあったという。
作業着やマスクだけでは防げない!
化学物質のばく露は事故発生時だけに起こるわけではない。
防護服メーカーのデュポンによれば、防護服を着ていても、縫い目やファスナーといった作業服素材の小さな隙間から液体の化学物質が非分子レベルで通過してしまう。カッパを着ているのに、雨が中に染み込んでくるのと同じ現象だ。衣服の内側に染み出した化学物質が皮膚に触れることで、火傷や呼吸器障害など、さまざまな健康被害を引き起こす危険があるという。
さらに、化学物質が分子レベルの状態で通過してしまう「透過」という現象にも注意しなくてはいけない。目で確認することができないため、作業者が気づかないうちに化学物質にばく露してしる。通過した化学物質は、皮膚に接触し、皮膚から体内の細胞へと吸収(経皮吸収)され、浸透同様、さまざまな健康被害を引き起こすことになる。
http://www.tyvek.co.jp/pap/use/chemicals.php
防護着の着用方法も問題だ。
「知っておきたい保護具のはなし 」(中災防新書) の著者で、防護着研究の第一人者である十文字学園女子大学大学院教授の田中茂氏によれば、労働働安全衛生保護具は、その性能であるハード面と、適正使用に関するソフト面の両側面から考えることが重要だ。田中氏は、ソフト面に相当する保護具の適正な選択、使用の技術、情報伝達などには遅れが見られることを、かねてから指摘している。過去の化学物質による労働災害の多くが、呼吸用保護具を着用していなかったか、使用が適切でなかったことが原因の一つとなっているという。
職場の労働環境の改善はもちろん不可欠だが、化学物質に対して透過しにくい材質を選定することや、正しい着用技術を身に着けることも見落としてはいけない。
五輪ビジネスでは「職場の健康環境」も問われる
ところで、2020年に開催される東京五輪では、大会に使われる資材や製品、サービスの調達について、こうした工場の労働環境が問われる可能性がある。
2012年に開催されたロンドン五輪は、イベントの持続可能性に関するマネジメントシステムの国際規格であるISO20121(Event Sustainability Management System: ESMS)が初めて適用され、東京五輪でも同規格を採用する方針が基本計画の中で明確に示されている。ISO20121が採用されれば、オリンピックで使われる資機材や製品、サービスなどの広い範囲で、大会が掲げる持続可能な取り組み方針に基づき調達基準が設けられることになる。
ISO20121は、イベント運営における環境影響の管理に加えて、経済的、社会的影響についても管理することで、イベント産業の持続可能性(サステナビリティ)をサポートするためのマネジメトシステムだ。持続可能な取り組みを必要不可欠なアプローチとして、資材やサービス、労働力の調達に至るまで、環境や社会的な影響、経済的な評価などが評価される。
具体的にロンドン五輪では、「気候変動」「廃棄物」「生物多様性」「社会的一体性」「健康的な暮らし」を取り組むべき5大テーマとして設定し、宿泊施設・会議施設、行政サービス、業務用出張旅行サービスなど28区分における範囲で・同規格を採用。これら28区分では、「責任ある調達」「二次原料の使用」「環境負荷の最小化」「人や環境に害のない素材の利用」という4項目(計19カテゴリー)を原則にしたサステナブル・ソーシング・コードが設けられ、調達に関わるすべての企業にこのような指針を示し、実際の調達において持続可能な取り組みであるかをすべて数値化し評価をした。
日本でも2020年に向けて、こうした議論が活発になることが予想される。五輪を前に、このような劣悪な労働環境が露呈すれば1企業のみならず、日本全体の信頼を落とすことになりかねない。