取材から243日。記者が理解した「さや香」の言葉の意味
「M-1グランプリ2023」で最終決戦に残ったのは「令和ロマン」「ヤーレンズ」「さや香」の3組でした。
「令和ロマン」が4票、「ヤーレンズ」が3票で決着。「さや香」には1票も入りませんでした。
「M-1グランプリ2022」。
「さや香」は1本目に見せた“免許返納ネタ”で大きなインパクトを残しました。ただ、最終決戦では「ウエストランド」に軍配が上がりました。
優勝目前まで風が吹いた中での準優勝。しかし、知名度は上昇し、仕事量は倍増しました。その流れが安定してきた4月26日、新山さん、石井さんに拙連載で話を聞きました。
4月29日にアップした記事の見出しは「優勝は目指していない」。「さや香」が考える「M-1」の終わらせ方。
「優勝は目指していない」。ここをピックアップしたのは目を引くためでもなく、意外性をあおるためでもなく、純粋にそこに思いが色濃く表れていたからに他なりません。
当時の取材メモを記します。
新山:新しいお仕事も増えて「今後、目指すものは?」と尋ねられることも増えたんですけど、どうなるのかを楽しみにとっておきたい思いもあるんです。
ただ、そんな中でも明確に思っていることが一つあります。
これは本当の、本当の気持ちというか、僕の本音で言うと、優勝よりも、今年の「M-1」で最終決戦まで残れればOKだと思っています。そこまで行ければ「M-1」でネタが2本できる。“ウケるネタ”も“やりたいネタ”もできる。そうなれば、自分としてはそれで「M-1」を終えられる。そう考えているんです。
その結果、幸いなことに優勝できるかもしれません。ただ、それを目標にするというより、自分たちのマックスを「M-1」で出し切る。それを目指しています。その感覚を得たら「M-1」の次のステージに進めるなと思っているんです。
2001年に「M-1」という山ができて以来、多くの芸人さんが悩む姿を見てきました。この山をどう“過ぎる”のか。
山というならば“越える”が妥当な言葉遣いでしょうが、山を登り切って頂上から越える。これをやり切れるのは毎年一組しかいません。
そこにこだわりすぎると、この「M-1」山以降の行程に差し障りが出てくる。いつ、どんな形で「M-1」山を“過ぎる”のか。
全容が見えたところで向こう側へ渡るのか。グルッと迂回するのか。この山が登れないなら先はないと歩みを止めるのか。
無論、いろいろな選択肢がそれぞれにあるわけで、新山さんが話された内容も新山さんが考える一つの過ぎ方だから、そこに是非なんてあるわけもない。
ただ、前年準優勝。しかも、ネタ作りも担当している。その新山さんの言葉として、こちらには意外に聞こえた言葉でもあったので、もう少しそこについて尋ねました。
新山:出場資格的に、僕たちはあと7年出られるんです。ただ、気力的にはもう7年は出られない。
2021年にボケとツッコミも入れ替えているし、劇的に何かを変えるポイントはもうない。そんな中であと7回も優勝を目指すのはもちませんし、あくまでも「M-1」は通過点でその先がある。そう考えているので、次のステップに行くには少しでも早いほうがいい。
今、僕は31歳なので、何とか30代前半で次のステップに行きたい。優勝だけを“クリア条件”にしてしまって、もし38歳で優勝できたとしても、もうそこから人生がほぼ決まっている気がするんです。
もっと簡単に「M-1」で優勝できたらいいんですけど(笑)、本当に難しいですから。
そこまで言葉を聞き、自分が理解したエッセンスをなるべく損なわぬよう、繊細な味が変わらぬよう原稿にしました。
そして、迎えた12月24日。「さや香」は最終決戦まで進み、ネタを2本やりました。
大会後の配信番組で新山が話したのは以下の内容でした。
「2本目から決まった1年だったんで。あれをやるために、まず通過できる1本目を作ろうと」
意志のないところに道は拓けない。その道を進まなければ何も分からない。
最後に「だから、1年前からミスっていたんです」とオチをつけた新山さんですが、実際にその道を作り、その道を歩んだ経験値たるや、いかほどか。
来年以降「さや香」が何を目指し、どこに向かうのか。それはお二人の中にだけ答えがあることです。
しかし、今年の「さや香」より来年の「さや香」はもっと面白くなる。それだけは強く確信した大会でもありました。