ホンダ「ダカールラリー」執念の勝利に見る『フォードvsフェラーリ』の構図とは!?
苦節7年、ついにダカールの王座に返り咲く
ホンダが「ダカールラリー2020」において、ついに勝利を収めた。2013年のファクトリー体制での参戦復帰から苦節7年。執念でもぎ取った栄冠である。
言わずと知れた世界最大の2輪メーカーであり、MotoGPをはじめとするモータースポーツ界で圧倒的な実力を見せつけてきたホンダが、総力を尽くしてもなかなか届かなかったダカールラリーのタイトル。彼らの前にはラリー界の絶対王者であるKTMが高い壁となって立ちはだかっていたのだ。
近年のダカールラリーにおける「ホンダvs KTM」の闘いは、現在公開中のハリウッド映画話題作『フォードvsフェラーリ』のストーリーと見事なまでに重なって見える。今回はライバル同士がプライドを賭けて火花を散らすモータースポーツの真実のドラマに酔ってみたい。
80年代の勝利がアフリカツインを生み出した
ダカールラリーは世界一過酷なラリーとして知られるが、黎明期はパリを出発してアフリカのサハラ砂漠を縦断するアマチュアライダーも多く参加する牧歌的な冒険ラリーだった。
それが80年代中盤からはメーカー主導のいわゆるファクトリーチームが参加するようになり、マシンの高性能化とともにラリー自体もプロフェッショナル化していった。
ホンダが市販車ベースの「XR500R」で初優勝したのが1982年、続いて1986年からVツイン搭載のワークスマシン「NXR750」で4連覇を遂げたのはそんな時代。NXR750は後に第一次ビッグオフブームを巻き起こした初代「アフリカツイン」へとインスパイアされ世界中で大ヒットを飛ばす。
その後、大排気量化と高性能化の一途をたどるラリーマシンへの安全対策から排気量制限が設けられ、現在のマシンは450cc単気筒に規定されるようになり、ファクトリー体制で参加していたホンダ、ヤマハなどの国産メーカーも撤退。長らく距離を置いてきた。
実際のところモトクロッサーベースの純粋なレーシングマシンでの闘いの場となった近年のダカールラリーは、ストリート向け量産市販車が主体の国産メーカーにとって参戦する旨味が少なかったのかもしれない。
アドベンチャーブームに火をつけたダカールラリー
潮目が変わったのは近年巻き起こった世界的なアドベンチャーブームである。アドベンチャーモデルとは、道なき道を走破しながら大陸横断もできるツーリング性能も備えた“冒険マシン”のこと。
誰もが思い描くのは、もちろんラリーマシンである。その意味で初代アフリカツインはまさにそのものだったわけだが、時代的にジャンルとして未だ確立されていなかった。今のブームの火付け役はドイツのBMWやオーストリアのKTMなど欧州勢だが、ここ数年の盛り上がりから国産メーカーもこぞって参入。
ホンダも2016年にCRF1000L新型アフリカツインを投入。2019年には1100ccに排気量を拡大した最新版へとアップグレードを図っている。アドベンチャー戦線にやや遅れて参加したホンダとしては、新生アフリカツインの存在感を一気にライバル勢と対等レベルまで押し上げる必要がある。その絶好の舞台となるのがダカールラリーだ。
60年代のル・マン24時間レースの歴史的対決を活写
前口上が長くなってしまったが、映画『フォードvsフェラーリ』を見た人ならうんうんと納得していただけるに違いない。
この映画は1964~66年のル・マン24時間耐久レースを下敷きに、史実をほぼ忠実に描いている。当時のル・マンはフェラーリが5連覇中と席巻していた時代。大衆車メーカーであるフォードは生産台数こそ世界一と圧倒的な規模を誇るものの、凡庸なデザインや性能に当時のアメリカの若者は飽き始めていた。
彼らは過激な走りのカッコいいスポーツカーを求めていたのだ。そこで白羽の矢が立ったのがフェラーリのレース部門。フォードの首脳陣はブランドを買収しようと企むのだがうまくいかず……。ならばレースの場で決着をつけようじゃないかとフォードは地力を発揮し本気でレーシングマシンの開発に乗り出すのだった、というストーリー。
結果は史実が示すとおりそう簡単にはいかず、初年度は大量に送り込んだ伝説的な名車「フォードGT40」が性能ではフェラーリに勝りながらもトラブルで全滅。次年度も破れ、3年目にしてようやく勝利を収める。
このあたりのライバル関係の構図がダカールラリーにおける「ホンダvs KTM」にそっくりなのだ。たとえば大衆車メーカーの巨人フォードが、レースで実績のあるスポーツカー専業メーカーのフェラーリに総力戦を挑むがなかなか一筋縄ではいかないとか。ル・マン優勝経験者をスカウトして急ピッチでマシン開発を進めるが、最高速や馬力などの性能だけでは勝てない歯がゆさと、それがレースの現実という重み。そして、何度打ちのめされても反骨精神で立ち上がる心熱き人々など。
映画とだぶる「ホンダvs KTM」の構図
これを「ホンダ vs KTM」に置き換えてみると、ホンダは2輪だけで年間累計販売台数2000万台以上を誇るご存じ2輪界の巨人。後のダカールラリー優勝者など実力派ライダーを迎え、チーム体制やマシン性能の面でも有利と言われながらも、不運なトラブルなどで勝利を逃してきたホンダは映画の中のフォードと重なる。
対するKTMはホンダの100分の1ほどの規模だが、「READY to RACE」をスローガンに掲げるレース色の強いメーカーで、昨年のダカールラリー2019までの18連覇を含むエンデューロやクロスカントリーの世界選手権を総なめにしてきたオフロード界の風雲児的な存在。ちなみにMotoGPでも全3クラスにファクトリーチームを送り込むほどガチな企業風土も「レースを続けるためにクルマを売る」と言い切るフェラーリに似ている。
ここ数年はまさに「ホンダvs KTM」の死闘が繰り広げられてきたわけだが今回、ファクトリーとしての再チャレンジから8年目にして、ようやくホンダは待望の2輪部門総合優勝を勝ち取った。しかも、再びアフリカ(正しくはサウジアラビア)の砂漠にダカールラリーが舞い戻ってきた記念すべき2020年に。そして、ホンダにとって31年ぶりの勝利となった。
人間臭いドラマが感動を呼ぶ
映画にも活写されていたが、結局のところレースの女神は実力と運とそれ以上の何かを持っている者にしか微笑まない。それは仲間との信頼の深さや犠牲の精神、ときに命を賭けるほどの強い思いや人知れずかいた汗の総量など、人間臭さがプンプン漂う何かだと思う。
だからきっと、モータースポーツは筋書きのないドラマとなって、映画さながらの感動を呼ぶのだ。来シーズンのダカールでどんな続編が描かれるのか楽しみだ。
※原文より筆者自身が加筆修正しています。