まるで「奴隷労働」 食い物にされるベトナム人留学生は犯罪に走る
2015年9月、大阪市生野区でベトナム人同士が金銭トラブルによるいさかいの末に3人が死傷する凄惨(せいさん)な事件があった。
「なぜベトナム人が?」と思い調べてみると、在日ベトナム人の検挙件数が近年急増していた。2015年、人口では在日外国人の7%弱に過ぎないベトナム人が、刑法犯の検挙数の4分の1強を占めてトップになっていた。
※来日外国人の刑法犯の検挙数自体は、2005年の33037件をピークに1/3以下に激減、2015年は9417件だった。
特徴的なのは、犯罪の多くに留学生が関係していることだ。ベトナム人留学生数は、2010年に5000人程度だったのが、わずか6年間で10倍以上に増えている。なぜ留学生が急増し、犯罪を多発させているのだろうか?
在日ベトナム人問題に詳しいジャーナリストの出井康博さんは、著書「ルポ ニッポン絶望工場」(講談社)の中で、来日ベトナム人の悲惨な境遇とそれを生み出す構造について詳しく報告している。
同書は、ベトナム人を留学生として吸引する日本側の事情に注目している。深刻な労働力不足と、少子化による日本語学校や大学の学生数の減少がそれだ。今年、定員割れした私立大学は44.5%にも及ぶ。つまり、学生減に悩む私立学校が、出稼ぎ目的で来日したいベトナム人の受け皿になり、人手不足の労働現場に吸い込まれていくのだ。
出井さんは
「福岡県に本部を持つある大学は、東京都心に持つキャンパスの学生の9割以上が留学生です。少し前までは大半が中国人でしたが、この2-3年はベトナム人が急増しています。高い学費を稼ぐために、日本人がやらなくなったコンビニ弁当の製造、宅配便の仕分け、新聞配達といった夜勤の肉体労働現場に入ることになる。悪質な日本語学校や大学、それに人手不足の企業の食い物にされ、まるで『奴隷労働』のような状態です」
と説明する。
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ベトナムでは「日本に行けば一月20-30万稼げる」と勧誘する悪徳ブロ―カーがおり、留学の初期費用を150万円ほど借金してくるケースが多い。ビザを取るためには学校に通わねばならない。学校に通うためには学費をアルバイトで稼がなくてはならない。だが留学生の就業は法律で週28時間以内と決められている。この枠内で学費と生活費を稼いだ上に借金を返すのは困難である。このような環境の中、違法就業したり、学校から姿を消して不法滞在となったり、金銭を巡るトラブルで犯罪を起こしたりする者が出て来ても不思議ではない。
◆痛恨の体験
留学生に関しては私にも痛恨の体験がある。2000年前後、取材地の韓国・中国でお世話になった人たちから、日本で稼ぎたい、大学進学を目指したいという身内の留学の手助けをしばしば依頼され、保証人になったり手続きを手伝ったりするようになった。多くが吉林省や黒龍江省の裕福でない家庭の出身だった。
彼らの親には、年間50~80万円もする学費を出す経済力がないので、生活費を含めて当人が毎月12万~15万円をアルバイトで稼がなければならない。だが、どうしても授業後の晩の仕事になる。睡眠不足、疲労、学業不振、おまけに低賃金でお金はなかなかたまらない。日に日に顔色が悪くなっていくのが分かった。
そして多くが挫折して途中帰国、あるいは行方をくらまし不法滞在となった。窃盗などの犯罪に走る者も出てしまった。辛いバイトをやり抜いて大学まで卒業したのは半数にも満たなかった。安易に留学の手伝いをしたために、彼らの人生を誤らせたのではないか、と後悔している。現在のベトナム人の境遇と瓜二つである。
かつて出稼ぎ目的で来日するのは中国人が多かったが、経済成長によって収入が伸び、日本で留学費用を稼ぎながら働くのは割に合わなくなった。技術研修生も、低賃金の労働現場に魅力が薄れ、来日する中国人は減っている。代わって中国より一段貧しいベトナムやネパールの人々が、その穴埋めをするように留学して来ているのだ。
建設、町工場、農業、介護など多くの分野で人手不足が深刻になっている。だが、日本は移民や単純労働は受け入れない。貧しい国から来る留学生に、人手不足の労働現場を低賃金で穴埋めさせている現実を知りつつ、いやむしろあてにして、政府は「外国人留学生30万人計画」を進めている。同計画は安倍政権の「成長戦略」の一つで、2020年までに留学生を現在の約5万人増の30万人にする計画だ。
ベトナム人留学生の犯罪多発は、日本社会が構造的に生みだしている問題だといえる。
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※出井康博(いでい・やすひろ)さんは1965年岡山県出身のジャーナリスト。『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社)の一読をぜひお薦めしたい。
※2016年12月20日付け毎日新聞大阪版に掲載された拙稿に加筆修正したものです。