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教員志望からプロ野球選手になぜなれたのか──ヤクルト5位・並木秀尊の胸の内

木村公一スポーツライター・作家
写真=筆者撮影

『サニブラウンに勝った男に勝った男』

 表現はややこしいが、今、彼の惹句を記すとしたら、そういうことになる。

 並木秀尊、21歳。この秋、獨協大学からヤクルトのドラフト5位指名を受けた俊足の外野手だ。ちなみに獨協大学からのプロ野球選手は、創立56年にして彼が初となる。

 昨秋の大学日本代表候補合宿に参加した並木は、手動計測ながら50メートル走で5秒32を記録した。この数字は中央大学から日本ハムにドラフト2位で入団する五十幡亮汰外野手の5秒42を上回る好タイムだった。五十幡は中学時代とはいえ、陸上の大会でサニブラウンに100m、200mで勝ったことで知られる選手。そうした経緯から、並木はスポーツメディアで『サニブラウンに勝った男、に勝った男』と称されるようになった。とはいえ、本人はいささか食傷気味のようだ。

「そうですね(苦笑)。注目されるようになったときはまだしも、実際にサニブラウンとは競争して勝ったわけでもなく、タイムも手動なので真偽も定かではないですし。今はそうしたニックネームが払拭できるよう活躍していければと思っています」

 しかしプロ入りし、ユニフォームに袖を通す2月以降、本人の意とは別にしばらくは言われ続けることだろう。

 近年のプロ野球では「一芸に秀でた選手」が見直されている。一発長打の豪快な打者。バントや鉄壁の守備を誇る内野手。とくに“足のある選手”は、その中でも希少価値だ。昨秋、プレミア12の侍ジャパンで一躍脚光を浴びたソフトバンクの周東佑京内野手などはその筆頭である。ちなみにプロで一塁から二塁までの到達タイムは、速い選手で3.20秒を切るくらいとされる。周東に至っては3.05秒から早いときで2.90秒くらい。それを並木は3.17秒から「3.0秒代半ばのときもありました」というから、走るだけなら数字上、プロの世界ですぐにも通用することになる。もちろん、プロ野球は大卒とはいえ1年目のルーキーが、容易にダイヤモンドをかき回せるほど甘い世界ではない。それでも、並木の足には選ばれた者だけが抱ける“夢”がある。

足に勝るとも劣らない勝負強い打撃も魅力だ。写真:日刊スポーツ/アフロ
足に勝るとも劣らない勝負強い打撃も魅力だ。写真:日刊スポーツ/アフロ

野球人生を変えた転機

もともとプロなど考えてもいなかった。父親が長く教職に就いていたこともあり「高校時代は大学を経て社会人野球に行けたらいいなとは思っていましたが、将来的には教員も頭にあり、大学では教員免許も取りたいと思っていました」

 だから社会人も「“行けたらいいな”という感じで“絶対に行きたい”とまでの強い欲求はありませんでした」

 だからだろうか。選んだ大学も硬式野球は首都大学リーグ2部の獨協大学。決して同好会気分ではなかったものの「楽しくやりたい」という思いが強かった。

 そんな並木の俊足に着目した亀田晃広監督は、野球部の門を叩いて間もない1年生のとき、並木をどやしつけたという。

 打撃練習で、並木がまったく打てなかった打席のあと。監督は口を開いた。

「お前、このままなら4年間代走要員だぞっ」

 監督として、潜在能力がある者がそれを生かそうとしないもどかしさ。他の部員への影響もある。いずれにせよ並木は監督からの一言で、発憤した。

「言い方は悪いですが、監督さんを見返したいというような。そんな気持ちでやってやろうじゃないかと」

 転機は昨秋の大学全日本の候補合宿に推薦されたときだった。

 今年、楽天からドラフト1位の指名を受けた早稲田大の早川隆久投手、同じく阪神の1位指名を受けた近畿大の佐藤輝明内野手ら、粒ぞろいの選手たちの中に、並木も混じった。

「刺激になりました。上には上がいるんだなと。2部とはいえ良い投手はいます。でも1部のレベルはそれ以上でした。本当、今まで打席で感じたことがないような“球の威圧”を感じることが出来た。収穫でした」

 結果、コロナの影響で国際大会自体は中止となったが、並木にとっては大きな契機となった。蛇足ながら代表候補への推薦は、無論、監督によるものだ。「甘えを感じた並木でしたが、もうそろそろ代表候補として送り出しても失礼はないか」と認めたからだった。

 この合宿を機に、プロのスカウトたちが大学のグランドや試合のある球場に姿を見せるようになった。「いけたらいいな」と思っていた社会人の目標が、プロへと変わった。 

 10月26日、ドラフト会議でヤクルトから5位指名を受けた。

「楽しみたいの意味」

 並木の武器は、前述のように“足”だ。

 しかしプロで生き残っていくためには同等か、あるいはそれ以上に重要なものがある。言うまでもない、打撃だ。

 どれだけ足が速くとも、盗塁が巧くとも、まず塁に出なければ能力を発揮することは出来ない。代走屋という役割もあるが、それだけでは1軍に定着は難しい。

 その困難さを、並木は理解している。

「ピッチャーのレベルの高さ。球の速さに慣れること。足が速いからって当てるだけの打撃になれば、逆に打撃が小さくなってしまう。速さに対応しつつ、いかに自分のスイングが出来るか。いずれにしても、そう簡単に通用するとは思っていません。でも」

 並木はこう続けた。

「自分の信念みたいなものがあるとしたら、自分の可能性を信じて、コツコツ練習することが大事なんだと。失敗しても、なかなか通用しなくても、そこで立ち止まらないように。ダメならダメでも、その理由や原因はどこにあるのか、とことん考える。そうしていけば糸口は必ずあるんじゃないかと」

 自身のドラフト5位という評価も、冷静に受け止めている。たとえば前述の五十幡は日本ハムで2位指名。では自身の5位とはどのような差があるのか。

「例えば肩の強さ、バントの巧さ、ベースランニングなども、現時点では彼の方が上回っていると思います。そうしたひとつひとつが2位と5位の差になったのかなとも。でもプロに入ったら順位は関係ない。横一線だとも思っています。負けないようにやるだけです」

 そう思えるようになるためには、まずなにより野球を楽しみたい。楽しむからこそ、楽しめるからこそ、自身を見失わずにいられるのではないか。

 並木はそう考えている。

 本拠地である神宮球場の打席に立つ自分。カクテルライトを浴びながら、ヒットを放ち、一塁ベースに駆け込む。そして多くの観客が注視する中4歩のリードを取り、初球から勇気を持って思い切りスタートを仕掛ける。

「想像もつかないです(苦笑)、そんな環境で野球やること。きっと最初のうちは緊張すると思うんですけど、でも僕はその緊張を楽しみたいと思います。その方が、自ずと運もついてくるかなって(笑)」 

               ※

12月1日、並木は他の新人9名とともに入団記者会見に臨んだ4日前の11月27日には契約金は3300万円、年俸750万円(ともに推定)で仮契約も結んだ。背番号は0。ルーキーでのひとケタ台の背番号は、紛れもない期待の表れである。

 さあ、スタートだ。(敬称略)

ドラフト指名後。多くのチームメンバーから祝福を受ける。写真:獨協大学野球部提供
ドラフト指名後。多くのチームメンバーから祝福を受ける。写真:獨協大学野球部提供
スポーツライター・作家

獨協大学卒業後、フリーのスポーツライターに。以後、新聞、雑誌に野球企画を中心に寄稿する一方、漫画原作などもてがける。韓国、台湾などのプロ野球もフォローし、WBCなどの国際大会ではスポーツ専門チャンネルでコメンテイターも。でもここでは国内野球はもちろん、他ジャンルのスポーツも記していければと思っています。

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