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「土曜日、18時」の記者会見で総理が語ったこと

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:ロイター/アフロ)

 2月29日の夜に安倍総理が記者会見を行った。土曜日の18時からという通常の時間帯の外の記者会見で、この間、国民に向けた総理自身の言葉への関心が高まっていただけに、総理は何を語ったのか。記者会見と「その語り口」を中心に課題と評価できる点を簡潔に振り返ってみたい。

 なお、総理会見の全編動画と質疑含めた全文文字起こしはすでに首相官邸や報道各社がオンラインにアップしているので、未見の場合はそちらにも目を通してみてほしい。

令和2年2月29日 安倍内閣総理大臣記者会見 | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ

https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0229kaiken.html

感染拡大と終息の瀬戸際が「いま、現在」であるという現状認識の設定

 この記者会見は、「これから1、2週間が、急速な拡大に進むか、終息できるかの瀬戸際となる。こうした専門家の皆さんの意見を踏まえれば、今からの2週間程度、国内の感染拡大を防止するため、あらゆる手を尽くすべきである。そのように判断いたしました」という現状認識の設定からスタートする。世界的な感染の広がりがあり、中国、韓国、イタリアなどでの感染急増が認められるが、「我が国では、そこまでの拡大傾向にはない」という。したがって感染の急速な拡大と終息の瀬戸際はあくまで「いま、現在」であり、政府の対応は遅きに失したものではなく、同時に「判断に時間をかけているいとまはなかった」という論理が構築され、質疑応答含めて各所で繰り返されていく。

 木曜日の夕方に報じられ混乱を招いた、学校の全国一斉休校の「決定」と、その後のあくまで「要請」であるという二転三転して見える状況も、この瀬戸際が「いま、現在」であるという現状認識の設定のもと、「大きな責任を果たすため」「断腸の思い」でなされたという論理で語られる。このように瀬戸際が「いま、現在」だという現状認識の設定で会見は進行していくため、「政府の対応が後手に回っている」という認識に立つとすれば、両者はそもそも当初から噛み合わないことになる。

「責任」「敵」「勝利」「協力」

 記者会見において、質疑応答まで含めて7回「責任」という言葉が登場した。その一方で、その責任はどのように果たされ、もし責任が果たされなかったときに、どのように結果責任を負うのかという点については特段言及されることはない。また記者会見中、新型ウイルスは「勝利」すべき未知の「敵」になぞらえられる。その敵に「勝利」するためには、国民をはじめ、立法などにおいては野党の「協力」も必要であると語られる。したがって、ここでは国民と政府の間に友/敵関係の境界線が引かれるべきではなく、国民、政府、野党、民間が一丸となって協力しながら、敵=ウイルスとの戦いに勝利すべきだという構図が暗に示される。

記者会見全体の自己肯定的な論調

 記者会見中、随所に楽観的かつ自己肯定的な論調が見られた。冒頭の「我が国では、そこまでの拡大傾向にはない」という言明、そして質疑のなかの「船内での感染拡大防止が有効に行われていたという専門家の御指摘」や「IOCからは、日本の迅速な対応について評価を得ている」というあたりだろうか。この間の一連の主要な報道との認識の乖離は大きいように思われる。むしろ船内における感染拡大の可能性と対策の不手際についての指摘がなされていたわけだから、具体的な内容が気になるところだが、具体的な説明はなされず、疑問は残されたままとなる。

「不安」の抑制と「誤解」の払拭

 各地で見られる「マスクを買うための行列」(ウイルスが怖くてマスクを買うのだとして、なぜ近い距離での長蛇の列は許容できるのか…)や、トイレットペーパー買い占め等の発生を見ると、国民生活はすでに一定の「静かなパニック」状態にあるといっても過言ではないのではないか。そのような状況に対して、高齢者や基礎疾患を有する場合には重症化しうることを述べながらも、「日本国内で陽性と判定された方々のうち140名を超える皆さんが既に回復し、退院しておられます。このウイルスに感染しても、多くは軽症であるとともに、治癒する例も多い」ことに言及した。感染という「入口」ばかりが報道でも注目されがちだが、十分治癒しうることに言及することで治癒という「出口」を想起させたといえる。

 またマスクについては質疑のなかで「3月は1月の生産量の2倍を超える月6億枚以上、供給を確保します。例年の需要を十分に上回る供給を確保できる」という見通しを示すとともに、「冷静な購買活動をお願い」する。

 トイレットペーパーの不足についても「事実でない噂が飛び回っている」と述べながら、具体的に「ほぼ全量が国内生産でありまして、中国を始めとしたサプライチェーンの問題」とは関係がなく、「十分な供給量が、そして在庫が確保されている」とする。

 記者会見本体の論調とのギャップは大きいが、こうした具体的で論拠を伴う首相の公式の発言は「静かなパニック」に対して一定の説得力を持ちうるのではないか。

中小企業や正規・非正規問わない対応への言及

 全国一斉休校の「要請」を受けて広がった――その意味ではマッチポンプ的だが――、共働きやひとり親世帯の不安感、また医療、介護、中小の事業者の不安感に対して、中小企業や正規・非正規問わないとして、助成金の新設や、業種を限らない雇用調整助成金の遡及適用を含めて対応する旨の言明はやや具体性には欠くものの広く安心材料を提供しているともいえる。

全体所感

 土曜日の18時という時間帯に開催された記者会見としては前述のように幾つかの評価できる点はあるものの、新規の具体的対策の提案には事欠いていた。これまでの政府の取り組みを改めて説明し、総理自ら国民の理解を求めることに主眼が置かれたという印象が強い。また全国一斉休校の「要請」が広く具体化され、その評価が本格的に報じられるのが週明け月曜日からになることを踏まえ、総理自らが登場しながら予防線を張っておくといったところだろうか。総理自身の言葉は内外への影響が大きいだけに、そこで「何が語られるか」ということと同時に、「どのような語り口」で語られるかということにも引き続き注目したい。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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