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リバプール加入の南野拓実の移籍金はなぜ安かった?英記者が明かすザルツブルクの戦略

田嶋コウスケ英国在住ライター・翻訳家
今冬の移籍市場でリバプールに加入した南野拓実(写真:ロイター/アフロ)

英衛星放送スカイ・スポーツの情報番組で、リバプールに在籍する日本代表MF南野拓実の移籍金が話題になった。ユルゲン・クロップ監督率いるリバプールが支払った金額は、わずか725万ポンド(約10億円)。オーストリア1部ザルツブルクが設定していた違約金が、この金額だったのだ。同番組の司会者も「南野の違約金は非常に安かった。彼の市場価値はもっと高かったはず」と話していた。獲得当時、リバプールが見積もっていた南野の評価額は2000万ポンド(約28億円)だった。

では、なぜザルツブルクは違約金を安く設定していたのか。「まさにバーゲン価格」と語るのは、南野の「リバプール移籍」をスクープした英紙インディペンデントのメリッサ・レディ記者だ。「南野の評価」と「移籍の経緯」から説明を始めた。

「南野は日本代表の中心選手。ザルツブルクにいた彼の才能は、チャンピオンズリーグ1次リーグの対リバプール戦で誰もが目にした。相手MFとDFのライン間でプレーでき、視野も広い。ワークレートと技術水準も高い。ザルツブルク首脳陣にインタビューする機会があり、彼らからいろいろと話を聞いた。首脳陣によると、南野のサッカーに取り組む姿勢は、プロ選手の模範と呼べるものだった。

南野は、19歳から約5年にわたりザルツブルクに在籍した。ザルツブルクでは、FWアーリング・ハーランドに大きな注目が集まっていたが、首脳陣は南野も主軸として高く評価していた。他にも南野を追っていたクラブはあったが、ザルツブルクから移籍するかどうかは、南野次第だったようだ。移籍の決め手になったのは、リバプールとザルツブルクのつながりにあった。リバプールのトレーニング方法は、ザルツブルク・アカデミーの影響を大きく受けているからだ。こうした事情もあり、今冬の移籍市場で商談がまとまった」

ザルツブルクでは、今冬の市場でハーランドも移籍した。移籍先のドイツ1部ドルトムントが支払った金額は、1800万ポンド(約25億円)とされる。移籍当時の市場価値は8000万ポンド(約110億円)で、その4分の1にも満たない。しかも、ドルトムントでゴールを量産している今、市場価値はさらに跳ね上がっている。

つまり、ドルトムントは破格の値段で獲得したことになるが、安値の理由は、ザルツブルクの戦略にあるという。レディ記者は話を続ける。

「ザルツブルクの基本方針として、契約を解除できる違約金を市場価値よりも低い額に設定している。スポーツ・ディレクターによると、まず若手の有望株を獲得し、彼らをザルツブルクで成長させる。もちろん、ビジネスのためだ。選手が成長すれば、ビッグクラブから注目され売却することができる。

ただ、選手の移籍に『待った』をかけるようなことは、ほとんどしていない。そうすることが、選手とクラブの両方にとってメリットがあると考えているからだ。クラブとしては、『これほど優れたタレントを輩出している』と世界中にアピールすることができる。そして、選手に対しても、次のステップアップを阻まない。それゆえ、違約金を高い金額に設定していない」

選手の立場からすれば、欧州5大リーグ(イングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランス)に比べると、オーストリアリーグはどうしても魅力が落ちてしまう。そのため、これから羽ばたこうとする若手に十分な出場機会を与えることで、ザルツブルクは有能な選手を集めることに成功している。振り返れば、世界的名手に成長したFWサディオ・マネ(リバプール)も、14年に移籍金1100万ポンド(約15億円)でザルツブルクからサウサンプトンに移籍した。MFナビ・ケイタ(リバプール)も、16年に移籍金1200万ポンド(約16億円)でザルツブルクからライプツィヒに籍を移した。いずれも、市場価値を下回る金額だ。レディ記者は語る。

「将来有望な若手からすれば、ザルツブルクに大きな魅力を感じるはず。『ザルツブルクで成長すれば、ビッグクラブに進める』と、ステップアップの道が見えるからだ。クラブとしても、若手の有望株を集め、チーム力を高めることができる。ザルツブルクは、非常にうまくやっている」

今冬の移籍市場での例外は、韓国代表FWファン・ヒチャンだろう。プレミアリーグのウルバーハンプトンなど複数のクラブが獲得に動いていたが、ザルツブルクは首を縦に振らなかった。ハーランドと南野の売却でチーム力が大きく落ちた今、同時期にファン・ヒチャンも売ってしまえば、チームが崩壊しかねない。それゆえ、残留させたのだろう。夏に代わりの選手を獲得すれば、ファン・ヒチャンの売却にも応じるに違いない。

「725万ポンド」と安く設定された南野の移籍金。それは、ザルツブルクの長期戦略で決まったものだった。

英国在住ライター・翻訳家

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。中央大学卒。2001年より英国ロンドン在住。香川真司のマンチェスター・ユナイテッド移籍にあわせ、2012〜14年までは英国マンチェスター在住。ワールドサッカーダイジェスト(本誌)やスポーツナビ、Number、Goal.com、AERAdot. などでサッカーを中心に執筆と翻訳に精を出す。

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