「故郷の一次産業を守りたい」――コロナ禍で苦境の生産者を「自動販売機」が救うか
長引くコロナ禍、小売店や飲食店の営業自粛により、売り先を失った生産者は多い。静岡県浜松市出身の山本洋士さん(36歳)は、自動販売機を利用して、低価格・小ロットで地元の産品を香港に輸出している。感染予防の面では、人と接触せずに買えることも利点だ。「国内の販路が途絶えてしまった時、海外の販路に挑戦することが一次産業を守るきっかけになる」。地元生産者との取り組みを追った。
●自動販売機を起点に、より大きなマーケットへ
2014年、山本洋士さんは、衰退していく地元の一次産業をサポートしようとベンチャー企業プロダクトリングを立ち上げた。事業内容は、自動販売機を使った香港への輸出。人口約750万人、アジアを代表する大都市である香港は日本産の商品への関心が高い。中国本土や他国への販路拡大を見据えた市場としても重要だという。
販売費用は1商品ごとに月1万円程度からで、個人経営の生産者でも参加しやすい。商品が少ない、収量が安定しない場合、ロットや輸送料の関係でなかなか輸出は難しいが、自動販売機を利用することで、小ロットからの輸出を実現した。ビジネスモデルが生まれた経緯を山本さんはこう語る。
「日本のめずらしい商品を売りたいという現地のベンチャー企業と出会いました。小ロットで販売ができ、一番手っ取り早く、“売っている姿”を作れるのは自動販売機だと思った」
それまで、販売実績がないことや十分なロット数を確保できないことを理由に、海外のバイヤーとの商談がうまくいかないケースが多かった。自分たちで運営する自動販売機なら、どんな商品でも販売実績を作れる。自動販売機から得られる売り上げや客層のデータをもとに、商談成約の可能性を高め、事業を拡大していきたい考えだ。
「目的はあくまでも自動販売機を起点とした香港市場への参入。地元の商品が自動販売機を卒業して、より大きなマーケットに入っていくことがゴールです」
●コロナ禍で新たな販路として注目を集める
2020年、世界各地で新型コロナウイルスの感染が拡大した。現在香港では、集団での外出、外食などが制限されている。そんな中、人と接触せずに買い物ができる自動販売機はいっそう便利な存在だ。
日本企業の海外進出を支援するファンジャパンコミュニケーションズの荻田周介さんは、コロナ禍でプロダクトリングのビジネスモデルに注目した。百貨店をはじめとした小売店が休業し、出品していた生産者の新たな販路として自動販売機を考えた。荻田さんはこう言う。
「短期的な利益よりも、中長期的なインバウンド需要の獲得を目標としています」
昨今、百貨店や都市部の小売店にとって、アジア圏からのインバウンド需要は大きな柱だった。休業期間中、香港に日本の商品をPRできる自動販売機は新たな可能性となっている。
大手百貨店にも出品するROSE LABOは、埼玉県深谷市で自家栽培した食用バラを使った商品の開発・販売を行っている。昨年6月、コンフィチュールジャムを自動販売機で輸出し、完売。香港での新たな需要を獲得した。代表の田中綾華さんは「対面販売ではない方法で海外に挑戦できるのは、新たな可能性を感じる」と語る。
●故郷の一次産業を守りたい
山本さんの地元静岡県でも、多くの小売店が休業に追い込まれた。
静岡県下田にある西林商店は、家族経営でところてんを製造している。昔ながらの手作りにこだわり、東京へも出荷してきたが、大きな打撃を受けた。西川雅一郎さんは言う。
「下田は旅館、ホテルの観光客が全くいなくなった。そこからの卸はゼロになりました」
そんな折、昨年7月の商談会で声をかけてきたのが山本さんだった。「海外の『か』の字も考えたことなかった」という西林さんとともに知恵を絞り、今、香港の自動販売機でところてんの味を広めようとしている。
山本さんのビジネスの背景には、地元浜松への思いがある。祖父母が茶畑農家で、農業と自然に囲まれた環境に生まれた。アメリカの大学に留学し、卒業後に現地の日本料理店で経営を手伝ううち、ビジネスに興味を抱く。7年間のアメリカ生活を経て、故郷を誇りに思う気持ちに気づいた。日本に戻って気になったのが、故郷の一次産業の衰退だった。
「浜松の農作物のブランディングや販路拡大、農家の思いを伝えていくことを手伝いたいと思いました」
みかんや山椒など、地元商品の輸出を手伝うようになった。売れないこともあるが、生まれ育った地で、生産者との関係を丁寧に築いていく。起業当時から取引を続けてきた山椒農家の伊澤勝俊さんは、「売り先がないと生産しても仕方ない。山本さんが売るのであれば協力するし、励みになる」と言う。
そして今、山本さんの取り組みは少しずつ全国各地へと広がり始めている。
その一つが、長崎県の老舗菓子メーカー森長菓秀苑だ。主力商品は長崎名物のカステラ。海外輸出も積極的に行い、順調に売上を伸ばしていたが、昨年4月の緊急事態宣言直後は海外からの注文が全てキャンセルに。輸出を担当する若杉和哉さんが山本さんを知ったのはその時期だった。若杉さんは言う。
「自動販売機に出してから、香港で2000個の注文があった。人の目に触れる機会を増やすことが重要だと感じました」
山本さんはこう語る。
「国内の販路が途絶えてしまった時、海外の販路に挑戦することが一次産業を守る一つのきっかけになると考えています」
故郷への思いから始まった、地方ベンチャーの取り組み。ウィズコロナ時代、新たな販路開拓チャンネルとして成長している。挑戦は地元を超え、日本のものづくり現場に浸透しつつある。