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「テストに出る」はNG!不登校の生徒を引き込む授業レシピ

石井しこう不登校ジャーナリスト
小嶋陽さん(取材者提供)

不登校のこどもたちにとって学びやすい授業とはどのようなものでしょうか。じつは、不登校のこどもの多くは、週に数回は学校に通っていたり、通信制高校に進学したりと、授業を受けています。しかし、さまざまな背景や特性を抱えている彼らのニーズに対応していく授業が少ないのも現実です。

そこで累計10万人以上の不登校の生徒に授業をしてきた人気講師・小嶋陽さんに、「不登校のこどもが学びやすい授業レシピ」をうかがいました。小嶋さんの豊富な経験に基づいた、具体的な方法を紹介します。

授業づくりの前提は見通しと時間厳守

――不登校のこどもが学びやすい授業レシピがあると聞きました。それはどんなものなのでしょうか?

小嶋:まず前提となることが2つあります。


1つ目は「授業の見通しを最初に伝えること」です。授業の冒頭で、今日はどんなことを伝えるのか、その順序や構成を伝えます。予測が立たないことで不安になる生徒がいるためです。私は4つのパートに分けて授業を構成していました。

小嶋さんが実際に目安としている授業時間の構成(画像・取材者提供)
小嶋さんが実際に目安としている授業時間の構成(画像・取材者提供)


2つ目は「授業時間を守る」こと。「あと5分だけ」と時間を延ばす先生も多いですが、授業時間が終われば、もう聞く気がない生徒も多くいます。また予測できない動きをすることで不安になってしまう生徒もいます。授業時間の延長はダメ。また、もしも早く終わった場合は、授業時間内は教室にいて、時間がきたら退出するようにしていました(ただ、時間通りに終わるように常にタイムマネジメントは意識していました)。

こうした前提を守ったうえで学びやすい授業にするためのコツが3つあります。

授業のコツは3つ(画像・取材者提供)
授業のコツは3つ(画像・取材者提供)


それは、①動機付け、②エンタメ性、③心理的安全性、です。

――「動機付け」とは、具体的にどんなことをするのでしょうか?
小嶋
:この授業は「必要なんだ」ということを生徒自身に納得してもらうのが動機付けです。悪い典型例として有名なのが「ここはテストに出るからね~」と言って注意を引くことです。自戒を込めて言いますが「テストに出るよ」という安易な声がけでは真の動機にはつながりません。必要性はもっと深く説いていいんです。いま教育業界ではさかんに「探究学習」が注目を集めていますから、探究学習を例に動機付けの方法を説明します。

そもそも探究学習とは

①生徒自らが課題を設定し

②解決に向けて情報を収集、整理、分析し

③周囲の人と意見交換、協働していく学習
のことです。


上記の過程のなかで考える力や他者と協働するためのチームワーク力を身につけていくことが目的です。それこそいまの社会で必要とされている力であり、その力がどんな社会背景の移り変わりで必要とされてきたかを説明してきました。


また「チームワーク力」というのも、ただ、「必要だ」と言うだけでは動機付けができません。その説明には、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱したマズローの欲求5段階説を用いることもあれば、心理学者ジョセフ・ルフトらが唱えた「ジョハリの窓」を用いて説明することもありました。

たとえ学習自体の時間が短くなっても、きちんとその必要性や有効性を伝えることで、前向きな姿勢になっていくこどもたちをたくさん目にしてきました。

つい参加したくなるエンタメ性を

――前向きになるための授業のコツ、その2は「エンタメ性」をあげていました。エンタメ性とはどんなことなのでしょうか?

小嶋:エンタメ性とは「驚き」と「感動」を授業にもたらすことです。「ついやってしまいたくなる」というのがキーワードでしょうか。スライドをちょっと穴埋めにしたり、説明の順番を入れ替えるだけでもエンタメ性は出てきます。

たとえば万有引力の法則を伝える際、こんなふうに説明する先生が多いです。

「万有引力とは、物体どうしが引き合う力のことです。リンゴの実が木から落ちるのを見て、物理学者・ニュートンがその法則を発見したという逸話が有名です」

こうした説明のあと、先生が生徒に質問します。

「万有引力とは、どんな力ですか? 〇〇さん、答えてください」

こういう「答え合わせ」をする質問をいきなりすると生徒は嫌がります。生徒からすれば「正解」して当然、まちがえたら恥ずかしいと思うからです。とくに、早く正確に覚えることの苦手なこどもは劣等感を感じやすくなります。そこで、すこし話の順番を変えて説明してみます。


「リンゴの実が木から落ちるのを見て、みなさんは何を感じますか?」たぶん、最初は「何も感じない」が多いかなと思います。がんばっても「あっ、落ちた」くらいかなと。次に「何か不思議に感じることはありませんか?」と問い直してみます。


そう聞いてみるとこどもは瞬間的に考えます。「なぜ、下に落ちるんだろう?」だけではなく「上に上がらないのはなぜかなあ?」と考えるこどもも出てくるかもしれません。「そもそも落ちるのなら、畑の野菜みたいにできたほうがいいんじゃないか?」など発想は無限です。つい生徒も考えてしまいたくなる。このように「自分ごと化」してから、万有引力の法則を伝えると「なるほど」という気づきの喜びが生まれます。これを発見の疑似体験とも言います。生徒が正確に答えることよりも、知るときに驚きと感動があるほうが大切です。驚きと感動は、勉強本来の楽しさに気づくために欠かせないと思っています。


こうしたプロセスを踏んだ後に、「万有引力とは、どんな力ですか? 〇〇さん、答えてください」と、先ほどのような「答え合わせ」をしてみてください。できることとできないことの両方の体験があるため、苦手な部分に対して、劣等感ではなく助けを求めやすくなります。できることとできないこと、楽しいことと苦手なこと、両方あってこそ、自分の弱みに向き合えるのだと思います。

エンタメ性がある授業というのは「シーン」と静まり返った授業にはなりません。すこしザワつきますが、それぐらいのほうが私はいいと思ってます。授業の「音」にも注目してみてください。

安心して学べる場をつくる「心理的安全性」

――3つ目のコツは「心理的安全性」です。これはどういうことでしょうか?

小嶋:主体的に学ぶためには、その授業に対して安心感を覚えること、心理的安全性が確保されていることは必要条件です。私は説明を大事にしてきました。

たとえば授業中にみんなの前で生徒が成果発表をするとき。生徒としては緊張してドキドキしますし、「伝わったらいいなあ」というワクワクもあります。私はこのドキドキとワクワクは「どちらも大切です」と伝えてきました。もしもドキドキが大きくなりすぎてみんなの前では話せなくても、それでいいんです。「ドキドキした」という経験によって成長したからです。話せない自分は「ポンコツだ」と自己肯定感を下げる生徒も多いんですが、そうではありませんよと前もって説明します。

こんなふうに心構えを伝えることで、失敗という概念がなくなり、心理的安全性が保たれます。

平等より公平性を

心理的安全性を確保するためには、個別に配慮が必要なこどもへの対応も必要です。ところが教員としては「すべてのこどもに平等に接しなくていいのか」という悩みもあるはずです。結論から言えば平等に接するより、公平に接することが大事なんです。たとえば高いところにある物をとってもらおうとするとき、小さなこどもから大人まで平等に三脚を用意しても、公平な対応をしたことにはなりません。小さなこどもには大きな三脚を用意し、大人には小さな三脚で十分なわけです。

平等よりも公平性(個別最適化)が教育では重要
平等よりも公平性(個別最適化)が教育では重要


こうした支援を「個別最適化」と言います。具体的な例を挙げると、どうしても数学が苦手なこどもには教員がきちんと向き合うことが必要です。しかし、そうではないこども、教科書を開けば自分で閃いてしまうこどもならば一斉授業の必要性はそこまで高くありません。むしろ「みんなといっしょに」とそのこどもに合わせるよう強制しないことのほうが支援につながるでしょう。大量生産、大量消費時代には、多くの人が「同じ力」を持つことに一定程度、意味がありました。しかしニーズは多様に広がり、多くの仕事がAIや機械に代わっていくなかでは「同じ経験」が持つ意味合いは変わっていきます。教員としては、悪い意味で平等にこだわらないようにしたほうがいいかもしれません。

休み時間も授業のうち

――3つのコツをうかがってきましたが、このほかにも必要なことはあるのでしょうか?

小嶋:「休み時間をデザインする」という感覚を持っておいたほうがいいでしょう。とくに新年度の4月や5月は、生徒だけの空間をつくらずに教員が入るほうがいいです。どんな休み時間にすればよいかと言えば、それぞれに楽しむ時間や空間をつくること。ひとりで絵を描いているこども、寝ているこども、みんなで話しているこども、それぞれの姿でいいんです。ところが人間関係で傷ついてきたこどもほど、いっしょに休まないこどもに攻撃的に接してしまうことがあります。こうした行動は教員が近くにいると変わってきます。

小嶋陽さん(取材者提供)
小嶋陽さん(取材者提供)

また休み時間に個別で教員と生徒が話すのも、授業づくりという意味でも重要です。絵を描いてるこどもに「うまいね」とか、眠そうなこどもに「疲れていそうだね」と声をかけてみる。こうした声かけを授業中にすると「落書きを指摘された」と思われてしまいます。利害関係が発生しない会話はたがいの信頼関係を築くいい機会になります。授業は授業時間だけで完結するものではありません。休み時間のつくり方や、1on1(個別面談)も重要です。その点も注目されるといいかと思います。

授業づくりは、こどもたちの未来をつくる

――最後に「授業づくり」が、なぜ重要だと思うかをお聞きできますか?

小嶋:私自身は学生時代、勉強をするのは好きではなかったんです。いまのこどもたちも勉強することがきらいなほうが多いでしょう。一方で学校で過ごす時間で最も多いのは「授業時間」です。その授業時間が「つまらない」のならば、学校自体をつまらなく感じる時間は長くなります。ただ本来、学ぶということは楽しいことです。授業への工夫しだいで「授業は楽しい」と思い、ひいては「学校が楽しい」と思いやすくなるはずです。学校内の人間関係やトラブルにもいい方向で影響が出ていくことになるでしょう。まずは先生たちが「授業は楽しいものなんだ」「われわれのアプローチしだいで変わるんだ」と思って授業づくりに取り組んでもらえたらと思っています。

――ありがとうございました。

〇まとめ

小嶋さんが提案する「授業レシピ」は、以下の3つのポイントに集約されていました。

  1. 授業の冒頭で、その日の内容と流れを伝える
  2. 授業時間を厳守する
  3. 動機付け、エンタメ性、心理的安全性を意識した授業づくり

さらに、休み時間や個別面談を通して生徒との信頼関係を築くことも指摘されています。

私自身、小嶋さんの指導のもと授業を行った経験があります。講演で10代のこどもたちと接してきた私でも、小嶋さんの指摘によって授業内容が劇的に改善され、生徒の反応も向上しました。小嶋さんの提案は、不登校のこどもに限らず、多くの生徒にとって有効です。「分かりやすく」「興味深く」「安心できる授業」というのは普遍的な要素だからでしょう。

「授業はつまらないもの」と諦めるのではなく、小嶋さんの提案を参考に、生徒が主体的に学べる授業づくりにトライする方が増えることを願っています。

■小嶋陽(こじま・よう)さんプロフィール

鹿屋体育大学卒業後、工業高校で教員生活をスタート。その後、ニュージーランドへの留学、大手運送会社への勤務、ベンチャー企業の立ち上げを経たあとで、大手通信制高校に就職。キャンパス長に就きながら15年間で、累計10万人以上の生徒に授業を行なってきた。現在は学校教育を支援する「一般社団法人Fora」に所属し、全国で講演や授業支援を行なっている。講演、授業依頼・支援相談の問い合わせは「Fora」まで(https://fora.or.jp/inquiry/)。

不登校ジャーナリスト

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。NPO法人で、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なうほか、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者にも不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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