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俳優イ・ソンギュンさんの自死は「社会的な殺人」…捜査機関とメディアの共犯関係がもたらす韓国社会の病理

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
27日に亡くなった李善均(イ・ソンギュン)さん。(写真:ロイター/アフロ)

●李善均さんの死

 年の瀬の27日午前、韓国のトップ俳優、李善均(イ・ソンギュン、48)さんが亡くなった状態で発見されたという衝撃的なニュースが飛び込んできた。自死だったという。

 発見された場所がソウル市内の「臥龍公園」だったことを知り、苦い記憶が頭をよぎった。

 観光スポットとして知られる三清洞(サムチョンドン)の丘をさらに上ったところにある、ソウル市内とは思えないほど静かで景色の良い場所だ。

 20年7月に現役ソウル市長だった朴元淳(パク・ウォンスン)氏が同公園に隣接する山でやはり自死していた。夜通し山を行き来して取材した当時の苦い気分を思いだした。

 それと同時に、怒りがこみ上げてきた。李善均さんに?そうではない。同じ事を繰り返す捜査機関と言論メディアに対してだ。

李善均さんが発見された臥龍公園の入り口。20年7月9日、朴元淳市長が亡くなった日に筆者が撮影したもの。
李善均さんが発見された臥龍公園の入り口。20年7月9日、朴元淳市長が亡くなった日に筆者が撮影したもの。

●「被疑事実公表」は犯罪

 韓国の刑法126条には「被疑事実公表」を禁じる内容がある。全文はこうだ。

刑法126条:検察、警察その外に犯罪捜査に関する職務を遂行する者またはこれを監督したり補助する者がその職務を遂行しながら知った被疑事実を、公訴提起前に公表する場合には3年以下の懲役または5年以下の資格停止に処する。

 簡単に言うと、捜査中に被疑者情報を漏らすな、無罪推定の原則を守ろうよということだ。

 これによると、起訴されていない李善均さんの麻薬使用の疑いについて、事前に公表されること自体が大きな問題となる。

 それにもかかわらず、今回の事件は警察が内偵している段階で明らかになり、その後3度にわたる警察での捜査が公開で行われ、一から十まで警察とメディアによって悪い意味で「透明化」されてきた。

 李善均さんの女性関係や日々の生活といったプライバシーはもちろん、直近では「ストローで吸った」という真偽不明の具体的な内容まで、すべてが垂れ流しだった。

●捜査機関とメディアの共犯関係

 これは警察や検察がメディアに被疑情報をリークし、それをメディアがノーチェックで社会に「垂れ流し」にすることで生まれる現象だ。

 具体的な情報の流れとしては二通りがある。

 まず「報道資料」として捜査機関が記者クラブに情報を公開することがあり、次に「特ダネ」として個別の記者に捜査情報を流す場合がある。

 前者は何をもって「重大事件」とするかで捜査機関の恣意的な判断が入ることになるし、後者は「お手柄」という名で被疑事実公表という犯罪行為が糊塗されることになる。

 こうなると完全に被疑者は何もできなくなる。

 「事実」がなくなるばかりか、「疑い」が事実となっていくのだ。SNSやインターネット上のコミュニティがこれに輪をかけ、がんじがらめになり、最後には死をを選ぶことでしか逃れられなくなる。

 そんな意味で、李善均さんの死は「社会による殺人」と言う他にない。

●元大統領の死も...最高裁は「より慎重に」

 過去、こんな捜査機関と言論メディア(言論という言葉を使いたくないが)の結託によりたくさんの芸能人、政治家が亡くなってきた。

 その度に刑法にある「被疑事実公表」をどう受け止めるべきかという議論が生まれ、立ち消えになってきた。

 盧武鉉(ノ・ムヒョン、享年62)大統領が収賄報道に耐えきれず家の裏山から身を投げた09年にも、この件が話題となった。

 当時の『法律新聞』にはこの時に「被疑事実公表」についての韓国大法院(最高裁)の見解を記事にしている。

 記事によると、法務部の訓令である『人権保護捜査原則』は、国民の知る権利の保障、そして言論メディアの過当競争による「誤報防止」など重大な公益上の必要が認められる場合、最小限の範囲で公開できると規定しているという。

 一方で刑事訴訟で「被疑事実公表」が裁かれたことは一度もないとしながらも、民事訴訟では被疑者が検察などを名誉毀損で訴え、勝訴したことがあると、1999年のある判例を紹介している。

 大法院は当時、被疑事実を公表する行為は「公共の利益のためなら違法性はない」という過去の名誉毀損の成立余否についての判断から一歩踏み込んだという。

 「被疑事実の事前公表行為は、被疑者の人権保護という側面から一般的な名誉毀損の違法性阻却事由よりも厳格な要件が備わるべき」というもので(記事引用)、この判断を大法院はその後も維持しているという。

 慎重に慎重を重ねてやりなさい、ということだ。

●李善均さんの死が投げかけるもの...何をどう変えるか

 翻って李善均さんの件をふたたび考えてみると「被疑事実の公表とその消費」という悪循環を、一体どこから断ち切るべきだったのかという問題にぶち当たる。

 有罪を作るのが仕事である警察・検察は、捜査と裁判を有利に進めるために被疑事実を公表し続け、メディアはその情報で金儲けをする「Win-Winの関係(共犯関係)」にあることは明確だ。

 だとしたら、情報の受け取り手である市民の高いリテラシーに頼るしかないのだろうか?情報を拒否すれば済む問題なのか?そんなことが果たして可能なのか?

 今回の李善均さんの死は、こんな未解決の大きな課題をふたたび韓国社会に投げかけたといえる。

 だが賭けてもいい、何も解決しないだろう。李善均さんの冥福をお祈りする。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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