個人が日銀に口座を持つという発想
11月18日の日経新聞の経済教室は、岩田一政元日銀副総裁による「日銀の量的・質的緩和 継続可能はあと2年」はなかなか興味深いものであった。量的・質的緩和(QQE)がどこまで続けられるか。この場合は特に国債の買い入れがどこまで可能なのかは、状況により変化しうるため、仮定の上の推論にはなるが、現状の買入の継続としてもあと2年程度という見方に違和感はない。
いずれにしても日銀によるこれ以上の国債買入がかなり困難であることに間違いはない。黒田総裁はまだ買い入れる余地はあると言うが、それはあくまで数字上のものであり、いずれ頻繁に日銀の国債買入で未達が生じる可能性が強く、そうなるとテーパリングなどを検討せざるを得なくなる。
岩田氏はこのため、マイナス金利を検討すべきと説いている。これはつまりピーターパン構想から脱して、誘導目標を金利に変えた上で、追加緩和をすべきとの主張であろう。しかし、これはリフレ的な発想から抜け出す必要があるため、その修正に対しては今の日銀は躊躇せざるを得ない面もある。
それよりも興味深かったものは、1985年に米国の経済学者ジェームス・トービンが提唱した「現金通貨の預金通貨化」である。この意味を理解するためには中央銀行制度の仕組みを知る必要がある。
日本銀行など中央銀行は「銀行の銀行」とは呼ばれるが「庶民の銀行」ではない。つまり、我々個人や一般の事業会社は日銀に当座預金口座を持つことはできない。日銀に口座を持てるのは金融機関や政府などに限られる。
いわゆる準備預金制度があり、金融機関は一定残高を当座預金で維持しなければならない。さらに日銀は異次元緩和によって、一定額以上の金額を当座預金に残す政策をとっている。金融機関もその分には0.1%もの利子がつくので(最近の2年債の利回りはマイナス)、超過準備を増やしている。それが結果としてマネタリーベースを増加させている。マネタリーベースを増加させると何か起きるか(起きるはずであったか)については、日銀関係者の発言等で確認していただきたい。
ちなみにECBなどが課しているマイナス金利は主にこの超過準備のような部分の金利であり、一般個人の預金の利子がマイナスになっているわけではない。
トービンが提唱した「現金通貨の預金通貨化」とは、この中央銀行の口座を個人や企業も持てるようにした上で、その預金勘定にマイナス金利を付すことで、より短期金融市場金利のコントロールを容易にさせようとするもののようである。
もちろんこれは発想としては面白いが、あまり現実味はない。たしかに日銀に個人が口座を設けられれば、これほど安心な口座はない。日銀ネットにより相互決済も容易となる。しかし、これは民間銀行からの資金流出を招きかねないものであり、日銀が膨大な数の口座を現在の支店数で処理しきれるのかなどの問題もあり、あまり現実的ではない。しかし、個人が中央銀行に口座を持つということは発想そのものは面白いと思う。